一歩 踏み出そうかな

雪城藍良

第1話 小さな後悔


 雨の降る夜、僕はひとり、街路樹の下で佇んでいた。

     そのとき、「きゃー!」という女性の悲鳴が響いた。


 僕はポツリと呟いた。どうしたんだろう、と。

だけど僕は動かなかった。助けに行くべきか。いや、面倒くさい。それに恥ずかしいし。何があったのかな、程度にしか感じない。僕は野次馬か。野次馬だ。うん。

 心の中のわずかな葛藤(?)が続く。

そのとき。

「ぅわっ!?」

するりとすべり込んできた影に一瞬たじろいだ。雨でぬれた地面に片膝をついてしまう。

そして僕の横で男がひとり、盛大に転ぶ。ズドン!となかなかハデな音が聞こえる。

 ちょうどそこには水たまりが。

 跳ねた泥水が僕にかかる。とっさに袖で顔は隠したものの、地面に近い服ほど茶色いシミが目立つ。

何が起きたのかと顔を上げる。すると小柄な少年がたたずんでいた。手には高そうな鞄が抱えられていた。駆け寄ってきた女性がお礼を言いながら鞄を受け取る。その嬉しそうな姿を見て、僕の中では靄にも似た不快感が生まれた。

「すみません、大丈夫ですか?」

はっとして気づく。心配そうにのぞき込む少年にとっさに笑顔を向けた。

「いいえ、大丈夫です。……というか、子供がこんな夜更けに危ないですよ?」

「お兄さんも例外ではないでしょう」

高い声だ。声変わりもまだなのだろうか。

「いや、僕は童顔なだけですよ……」

僕は苦笑いを浮かべた。こんな子供に張り合ってどうする。

「では、失礼します。お兄さんも気を付けてねっ」

無邪気な笑顔で夜の街を駆けていく。

「お、どうした?」

僕が待っていた友達が腕を振って走ってきて、ついでにと気絶していたひったくり犯を通りすがりのおまわりさんに押し付けて帰った。おまわりさんにお礼を言われてもやっぱりうれしさなんてなかった。

 小雨の中、少年に傘を差しだせなかった自分の気遣いのなさを少なからず悔やんでいた。

ふと、ぽつりと僕は呟いていた。


「僕も、誰かをカッコよく助けてみたいよ……」 

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