第5話 吹奏楽部編
吹奏楽部編
全てを知る。自らを高め、成長していく。限界を超えた先には何がある?
全ての楽器が奏でる音。それぞれが最高の音を出す。そしてそれぞれの音が混じり合う。その瞬間に酔いしれる。オーケストラは最高だ。目を閉じれば魚のように海の中を泳ぐ感覚も、鳥のように空を飛ぶ感覚も、人の希望も絶望も全て。耳から脳最もへと流れ込む。しかし、中根の考えは少し違っていた。確かに音楽は素晴らしい。ただ素晴らしいのはその音の全てを司る指揮者であると。
まただ、またズレた。
「ストップ」
中根は指揮棒を左右に振り、演奏を止めた。
「ペット{トランペット}、入りが遅い。サックス、ペットの入りのとき音が弱まってる。打楽器、そこメゾフォルテだろうが、何無視してる」
「相変わらずすごく熱入ってるね」
「そうですね」
「そこ、口を動かす前に音を鳴らせ」
「はい!」
「もう一度、11章節目から」
トランポリンの上を歩くかのような音楽が流れる。なぜだ。また遅れた。駄目だ。どんどんズレる。
「ストップ」
タクトを止める。
「今日の全体練はここまでにしよう。各自パート練だ」
そういって中根は一旦音楽室から出る。演奏が悪いわけではない。音楽など突き詰めようと思えばいくらでも指導できる。ただ何かが足りないんだ。こう、肝心な何かが。
「中根くーん」
「なに、ああ、南方か」
「せいかーい、今日も絶好調だねー」
「好調じゃねえよ」
「嘘だぁ。結構乗ってたじゃないか」
「わからないんだ。音もよくなってる。でも違うんだ。何か足りない」
「足りないってなに?」
「わからない。けど、なにかなんだ」
「音楽なんだから、それって仕方ないんじゃないかな?」
「そうとも言える。でも、音楽で一番大事なのは指揮者だ。ぼくが違和感を感じる。でも同時に、演奏は悪いと思ってない。この意味が解るかい?」
「なに?」
中根は大きく息を吸い込む。
「力不足だ。ぼくの...」
「中根君はよくやってるじゃん。そんなにならなくても」
「さっきも言ったじゃないか。問題なのは音を出す人じゃない。音を操る人だ」
中根はその場を立ち去って行った南方にとってその言葉重くあった。あとを追いかけることはできなかった。
続く
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