過去 ある男の研究

過去 ある男の研究


 五年前、その男はとある製薬会社に勤めていた。もっとも、製薬会社といっても、あまり表沙汰に出来ないような薬の開発を請け負っている組織で、当然その名前が表に出てくることはない。

 密命を受けたその男は、人間を屍喰鬼グールと呼ばれる存在へと変える薬の開発を行っていた。

男の名前は月城龍児つきしろ りゅうじ

組織に忠実な研究者であり、世間のことをあまり気にしないという、この組織においてはありきたりの男だった。少なくとも、この時点では。

 最初は屍喰鬼などという物の存在を信じることの出来なかった月城龍児だが、運び込まれた屍喰鬼の死体を目にし、実際に触れたことで、否応無くその存在を認めることになる。そして、そのことをきっかけとして、もっとも熱心にこのプロジェクトへと関わるようになった。

 人間が屍喰鬼へと変わるメカニズムを探るため、医学書だけではなくオカルト的な分野の資料にまでも手を出すようになった月城龍児は、とある一冊の古書との出会いを果たす。

 その本は、一説によれば魔導書の一種であり、死者の肉を食うことで永遠の命を得ようとした邪教の教祖が、その教えを説く為に書き記したものだという。刊行後、すぐに焚書に処されたとされているが、月城龍児は幸運にも完全な状態の初版本を手に入れることに成功した。

 『屍王の書』と題されたその本には屍喰鬼の正体が何者であるか、明確に記されていた。『屍王の書』によれば、最初の人類とされるアダムとイヴは、地球の外から降り立った二つの種族、魔人と獣人の一族を指し示すものなのだという。そして、その二つの種族の交わりの末に生まれた吸血鬼という奇跡の存在についても記されていた。

 月城龍児が最初から『屍王の書』の内容を無条件に信じ切っていたわけではない。だが、『屍王の書』の記述をヒントに、捕らえられた屍喰鬼に対して医学的アプローチによる実験を繰り返し、その傍ら、世界中の伝承を調べ繋ぎ合わせていった結果、ある一つの結論へと達した。それは、世界中に伝わる神話や伝承の、その多くは極めて重要な真実を内包しており、それを読み解く鍵が『屍王の書』だ、というものだ。

 この時点で、月城龍児は、精神に少々の異常が生じていた可能性がある。その異常が取り憑かれたかの様に脇目もふらず屍喰鬼の研究を続けた過労からくるストレスによるものなのか、それとも『屍王の書』が内包するオカルト的な力による呪いの類なのか、はたまたそれらの両輪によるモノなのか、具体的な原因は定かではない。だが、彼が『屍王の書』の内容に対して信奉と言ってもいいような立場を取り始めていたことは確かである。

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