第一章 遭遇 四
四
現在時刻、六時三十分。
部活を終えた俺と響子は、肩を並べて下校していた。身長は俺の方が高いので文字通り『肩を並べて』というわけじゃないけど、『一緒に』という意味としては間違っていない。まあそれはともかくとして、相も変わらずバカな話をしながら駅へと向かい、俺と響子は電車に乗った。
この時間帯は家へ帰る学生やらサラリーマンやらのせいで一気に人が増える。
降りるときはさらにすごい。終点でありターミナル駅でもあるS駅は、ほとんどの人がこの駅で降り、乗る人、降りる人、乗り換える人で連絡通路はずいぶんとごった返している。ちなみに、俺と響子は乗り換える人だ。
連絡通路の窓からは、たくさんの人が信号待ちをしているスクランブル交差点が見える。テレビのニュースなんかでよく目にする光景だ。なぜあの様子をよく映すのか、この景色を見ればよくわかる。何人かはこの連絡通路で立ち止まり、外のそんな景色を見たりカメラを向けたりしている。
「ねえ明、この人ごみ、どうにかならない?」
「残念ながらどうにもならない。むしろ、どうにかできるなら既にやってる」
俺のそんな言葉に対して響子は、ニヤリ、と笑みを浮かべながら応じた。
「いや、どうにかできるよ、今の明ならこの人の波を割れるはず」
「一体どうやればいいんだ? ぜひとも教えてくれ」
この人の波を割ることが出来ると響子は言うのだ。果たして一体どんな名案があるというんだろうか。あんまり、いや、はっきり言って全然期待はしてないが、とりあえずは一応知りたいもんだ。
「まず、奇声を発しながら全力疾走します」
「誰が?」
「明が」
「俺なのか」
そうか、やっぱり俺なのか。
「間違いなく皆驚くよ、此処に居る人全員がね。「うわ、変な奴が来た。絶対に関わりたくない」ってね。そしたら、全力で明のことを避けようとするはず。例えどれほど混んでいようとも」
「そりゃ確かにそうだろうな」
驚くっていうか、引くっていうか、まあ確かにそうなるだろう。少なくとも、俺がそんな人を見たら間違いなく逃げる。
「そんな明の後ろを、私が悠々と歩いていくわけだ」
「俺の社会的地位が著しく損なわれるような気がするんだけど」
「私にとってはどうでもいいことだね」
でしょうねー。
「そんな明の様子を誰かが撮影して、動画投稿サイトにアップすれば、S駅で奇声を発する高校生として全世界にさらし者にされるだろうね」
「さらりと恐ろしいことを言わないでくれ」
「いやいや素晴らしいことだよ。一躍有名人の仲間入りだ。さあどうぞ」
響子はさも真面目そうな口調でそう言った。
「どうぞとか言われたってやらねーぞ、俺は」
「え?」
「『え?』じゃねーよ! 本当にやると思ってたのかよ!」
……冗談で言ってたんだよね?まさか俺のことを本気で貶めようとしてたわけじゃ。
「折角録画しようと思ってたのに」
「いや、やらないから。録画しなくていいから」
だからケータイを取り出さないでください。
「何だ、つまらない。名案だと思ったんだけどなー」
「本当に名案だと思ってたのかよ」
「いや、明が実行すれば間違いなく成功するわけじゃん。その点に関しては名案だと思うよ?」
「俺が絶対に実行しない時点で、名案でも何でもねーよ!」
さて、そんなどうでもいい話をしながら、いつも通りに込んだ連絡通路を歩き、もうすぐ改札に近づくというその時だ。
俺は、驚愕と共に足を止めた。迷惑そうにしながら隣を横切る人や、キョトンとした顔でこちらを見る響子のことなど、最早気に掛けるような余裕はなかった。
白銀の髪、深紅の瞳、そして何よりも圧倒的な威圧感。見えたのは一瞬だけで、すぐに人の波の中へと消えてしまったけど、確かにいた。
「すまん、響子。用事があるのを思い出した」
俺は響子へと、正面を見据えたまま、喉から絞り出すようにしてそう告げた。
「ん、そうなの?」
「ああ、また明日な」
「ふーん、わかった。じゃあまた明日」
そう言うと響子は、乗り継ぎの改札の方へと向かっていった。
響子が詮索してこなかったのが幸いだ。もし何の用事なのか聞かれでもしたら、どう答えればいいかなんて考えてなかった。俺は改札を抜けると、人の波をかき分けながら出口へと向けて足早に進んだ。部活で疲れてはいたけど、この奇妙な、昂揚感にも似た感覚によって掻き消えていた。
あの少女の姿は見えなくなっていたが、俺は足を止めなかった。自分がどこに行けばいいのかは直感的に理解できていた。駅から出ると、俺は一直線に目指すべき方向へと向かう。
あの工場だ。
金曜日にあの少女を見た、あの、廃墟となった工場で俺が見たものは、決して幻覚なんかじゃなかったんだ。
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