アウトサイダーズ
タジ
第一章 遭遇 一
第一章 遭遇
一
「そういえば響子、最近妙に多いと思わないか」
俺、
現在時刻八時三分。当然だが、朝の教室は閑散としている。というか、俺たちのクラスは俺と響子しかまだ登校していない。まあ、いつものことだけど。
俺の唐突な質問に対して、人の机の上へと勝手に腰掛けながらケータイをいじっていた響子は、顔を上げて振り返りながら言った。
「ん? 何が?」
「人身事故」
先週の金曜日に足止めを食らったことが、その後の出来事のせいもあって妙に印象に残っていた。だけど実際に増えているような気がする。
どうやら響子は合点がいったらしく、俺の質問に応じてくれた。
「あー、確かにね。でもあれって、事故っていうよりは、ほとんどの場合自殺だけどね」
人身事故。
正式には鉄道人身障害事故。
電車への接触やホームからの転落、駆け込み乗車や線路内への立ち入りなど、その内容は様々だが、飛び込み自殺という印象が強い。
「そういえばそうか。そう考えると怖いな。毎日のように身近な場所で人が死んでるわけだから」
「確かにそうだね。まあ私としては、自殺するのはその人の勝手だけど、他人に迷惑をかけるような死に方はやめてほしいかな」
突き放したような考え方だけど、同感ではある。
「迷惑か。電車への飛び込み自殺だと、それによって生じた損失は遺族が、万が一死ねなかった場合は本人が支払うんだっけ?」
「それってデマじゃなかった? あんまりにも飛び込み自殺が多いから、その数を減らすために電車会社が流したっていう話をどっかで聞いたけど」
「マジで?」
「いや、私もよく覚えてないんだけどね」
しかし、自分から話を振っておいてなんだが、朝っぱらから人身事故がどうだの自殺がどうだのと、いかんせん暗すぎるような気がしないでもない。心の奥で、うっすらとそんなことを危惧していると、響子が唐突に話題を変えた。
「そういえばさ、どっかで聞いた話ついでなんだけど、明は吸血鬼の噂って聞いたことある?」
話題を変えたのも唐突だったけど、その内容自体も唐突だった。
「吸血鬼って、人間の血を吸ったり、コウモリに変身して空を飛んだり、棺桶の中で眠ってたりする、あの吸血鬼か?」
「そう、その吸血鬼」
吸血鬼、か。俺の感覚としては、ツチノコや雪男が見つかったとでも言われた方が、いくらか現実味があるようなきがする。
「その吸血鬼が、まさかこのあたりに現れて人を襲ったとか、そんな類の話か?」
「そんな類の話だよ。聞いたことない?」
「いや、さすがにないけど、響子はどっかで聞いたのか? 吸血鬼が現れたなんて話を」
「まあいろんなところでちょこちょことね。いきなり背後から抱きつかれて首筋から血を抜かれたとか、急に貧血で倒れて、気が付いたら首に小さな傷が出来ていたとか、空を飛ぶ人間を見たとか」
「今はじめて聞いた話だな」
その類のオカルトじみた話は大好物だけど、俺のアンテナには引っかかっていなかった。
現実的なところとしては、空飛ぶ人間はともかくとして、前者二つは吸血鬼というよりも通り魔と言った方がいいんじゃないだろうか。本当に吸血鬼が現れたというより、吸血鬼の仕業であるかのように見せかけた、愉快犯的な通り魔の犯行だと考えた方が合理的だ。例え吸血鬼のやったことであれ、通り魔のやったことであれ、その噂が本当なら実際に被害が出ていることに変わりはないけど。
「何の前触れもなく行方不明になっていた人が、全身の血を抜かれた変死体で見つかったとかは?」
「吸血鬼かどうかはともかくとして、ずいぶんと物騒な話だな」
さすがにそんなことが起これば警察が動くだろうし、ニュースのなかなかいいネタになるはずだ。でも、どこのテレビでも新聞でも、そんな事件は報道されていない。ただの噂話に尾ひれがついて大げさな話になっている、というのが実際のところだろう
「後は」
「まだあるのかよ」
「返り血で真っ赤になった服を着た、銀髪の女の子を見た、とか」
――響子のその言葉を聞いた瞬間、全ての五感が、ほんの一瞬だけ氷結した。
正直に言えば『吸血鬼』という単語を響子が発した時、予感じみたものはあったけど、その感覚はあえて無視していた。
俺は、確かに『ソレ』を見ている。
もしかしたら見間違いとか目の錯覚とか、そういう類のモノじゃないかとすら思っていた。
でも、響子の口から出たその言葉は、あの少女を見た者が他にもいるということ、すなわち、あれが現実だったということを証明している。そして、あの少女が吸血鬼だというのなら、それも確かに納得が出来る。
あの圧倒的異質感は、人間のものじゃ無かった。
都市伝説、民間伝承、陰謀論……。
数多あるそれらの中に、ただ一つも真実が存在しないと断言することは出来ない。吸血鬼という存在を完全に否定することは出来ない。あの少女が吸血鬼だということは、確かに有り得ることではある。
ただ問題は、どうして響子がその話を知っているのか、ということだ。今の響子の無邪気な表情から考えると、何かを知っていて探りを入れているっていうわけじゃなさそうだし、なら、答え方は一つしかない。
「いや、見たことも聞いたこともないな」
「そっかー、明なら何か知ってると思ったんだけどなー」
「
「ああ、確かに。部活の時に時間があったら訊いてみようかな」
俺と響子がそんな話をしていると、教室のドアが開いた。
「おはよう、相変わらず二人とも早いね」
「おっ! おはよー、イインチョー」
底抜けに明るい声で応じた響子は、俺の机から飛び降り、イインチョーの方へとパタパタ走っていく。相変わらず元気なヤツだ。
「狗井さん、前から言ってることだけど」
「机に乗るなとか、教室で走るなとか?」
「それはもう諦めました」
「うん、いい心がけだ」
「……はぁ」
「ん? どしたのイインチョー、ため息付いてると幸せが逃げるよ?」
「いえ、何でもありません。そうじゃなくて、私には
「えー、でもイインチョーはイインチョーだし。一番しっくりくるじゃん」
「そう思ってるのは狗井さんだけです」
「でもみんなそうやって呼んでるよ?」
「狗井さんがそうやって呼ぶからです」
「じゃあイインチョーって呼ばれるの、嫌い?」
「それは、まあ、別に、嫌いじゃないですけど」
「じゃあ別にいいじゃん、イインチョーはイインチョーで。それよりもさ、吸血鬼の噂って聞いたことある?」
響子とイインチョーのやり取りをぼんやりと眺めながら思う。
俺は今まで超常の存在との遭遇に憧れていた。宇宙人、未来人、超能力者、魔術師、幽霊、妖怪、UMA……。もしそんな存在が本当にいるのなら、今すぐ自分の前に現れてほしいと、まるでどこかのライトノベルのヒロインみたいに考えていた。なのに、今になって躊躇していた。
最初は言うつもりだったのだ。
『俺は昨日、返り血で真っ赤になった服を着て、ナイフを持った、銀髪で紅い瞳の女の子を見た』と。
なのに俺は口を閉ざしている。もしかしたら本能的に、それを響子へと話しちゃいけないと思ったのかもしれない。確かにそのことを響子に話せば、彼女が一人であの場所に向かい、そして襲われてしまう危険性もある。だとすれば、やはり話さなかったことは正解だったんだろう。
そう、アレは三日前、つまり金曜日。学校から帰る途中のことだった。
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