第5話 絶望のはじまり
在りし日のこと。
「俺は将来王国聖騎士になる!そんで国王と村のみんなを魔物から守るんだ!」
「ハルトならきっとなれるよ」
ノートは本心からそう思う反面、少しだけ、ハルトに嫉妬していた。幼いころ、よくハルトとその妹メリル、村の幼友達で聖騎士ごっこをしたものだった。魔物を討伐し、国民の尊敬を集める王国聖騎士は、子どもたちのヒーローであり、将来なりたい職業番付で魔法動画配信者を抑え、不動の一位の存在だった。幼いノートにとっても、それは例外ではなかった。
「ノートは将来何になりたいんだ?」
「俺は……」
生まれつき体の弱いノートは、答えが出せず、うつむいてしまった。ハルトは、しまった、と思った。弟分にそんな顔をさせてしまう質問をしてしまったことを。
「ノート。お前は頭が抜群に良い。年上の俺よりもだ」
「ありがとう…」
でも、頭が良くても聖騎士にはなれない。ノートの顔は晴れなかった。
「この前、村に来てた吟遊詩人さんが居たろ」
「ハルトの家に泊めてた人?」
「そう。その詩人さんから聞いたんだ。神学者って職業を。神式という魔法陣を使って魔物を浄化するらしい。魔物との戦闘なら、騎士よりも強いらしい」
「へえ、そうなんだ」
「ノート。神学者を目指すのはどうだ。そんで、俺とノートで王国中、いや、世界中の魔物をこらしめてやろうぜ!」
その日、まだ少年だったノートの将来の夢が決まった。
─────
雨。
一晩にわたって王都を焼いた炎を消火する恵みの雨。
その雨に頬を突かれ、ノートは長い眠りから目を覚ました。一瞬、今まで見ていた夢のことと現実を錯誤し、追って気を失う前のことを思い出していった。
王都への侵略、自分の敗北、そして、王を助けに行った親友のこと。
瞬間、ぼんやりしていたノートの脳が覚醒する。「呪氷に氷漬けにされた」友の名を叫ぶ。
『ハルト!』
ノートは立ち上がり、王の寝室へ向かおうとする。
ずでん!
ノートは無様に転んだ。足が思ったように動かない。寝起きだからまだ体がついて行っていないのだろう、ノートはそう結論付けて、再度立ち上がり、歩き出す。
ずでん!
そして、また転ぶ。首をひねりながら、再度立ち上がる。妙に視点が低い。奇妙に思って自分の手を見る。
目に映ったのは、十八年毎日目にしていた自分の手ではなかった。いや、人間の手ですらなかった。
黒い羽毛に覆われた手羽先。最弱の魔物、ペンギラーのものだ。一瞬の混乱の後、ノートは理解し、思い出した。「気を失う直前、魔女にペンギラーに変えられたこと」を。
ノートは最低限の冷静さを取り戻し、足元に注意しながらも、できる限り急いで、無残にもところどころ崩れ落ちている王宮の中に歩みを進める。思い通りに動かない体をじれったく思いながらも、やっとの思いで国王の寝室にたどり着き、ノートは見た。王の部屋の中央に鎮座する巨大な蒼氷の塊の中に閉じ込められている王国聖騎士ハルトの姿を。
ノートは巨大な氷の塊にたどたどしく歩み寄り、また、別のモノを見た。薄暗い外の光を鈍く反射する氷の塊は、周囲の国王の寝室の豪華に飾られた調度品を映し出し、きらきらしていた。ノートの目の前の氷には国王の寝室には到底映るはずのないモノが映し出されている。
魔獣ペンギラー。
氷に映るペンギラーは、ノートが右手を上げると、向かって右の手羽先を上げ、ノートが左手を上げると、向かって左の手羽先を上げ、手を振ると、愛らしく手を振ってこたえて見せた。
ノートは両手を氷につき、わずかに逡巡した後、現実を受け入れた。これが今のお前の姿なのだ、神学者ノート…と。
ノートは顔を上げ氷漬けの友を見る。ハルトはまだ生きているはずだ。呪いの氷であれば、自分の神式で邪気を祓い、浄化をすれば助けられる可能性は、十分にある。
『神式を展開…!』
バチン!
ノートがいつもやっているように右手から神式を展開しようとした瞬間、ノートの右手に雷が落ちたような激痛が走った。
『なんだ…これは…神式を、展開…!』
バチン!
同じように、激痛が走る。そして、理解した。
“神式を付与した武器の一撃は邪な者には雷精の精霊魔術を食らうような感覚らしい。もっとも、人間の身でその感覚を味わうことはできないがな”
今の自分は魔獣ペンギラー。魔獣が、邪な者を浄化する神式を展開すればどうなるのか。その答えがこれだ。
『くそっ!』
ノートは目の前の氷を、左手羽先で強烈に打ち据える。氷はわずかに欠け、そして欠けた部分はすぐに元通りになった。今度は鈍くとがった嘴で氷を打ち付ける。しかし、結果は同じ。
無駄を悟ったノートは先ほどと同じ行為を繰り返す。
『神式を、展開…!』
手に激痛が走る。しかし、何度も繰り返す。ハルトを助ける手立ては、これ以外には思い浮かばない。何度も何度も。手羽先が腫れ、やがて、ノートの手羽先の皮膚が破け鮮血がほとばしった。それでもなおノートは繰り返す。
流した血と、涙が、国王の寝室の床に大きな水たまりを作り、両手が上がらなくなったところで、ノートはようやく諦めた。
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