第44話:父への鎮魂歌(レクイエム)

 龍崎 仁の葬儀が執り行われていた。

祭壇には、大きな遺影が飾られてあった。


 喪主は長男の光輝が務(つと)め

、あたし、レンら叔父夫婦も

参列していた。


 ミラの姿はなかった。ミラは、すでに海外へ旅立ったと聞く。


 司会者の進行で、葬儀も滞りなく過ぎていった。


「・・・・」

あたしは、この日までずっと考えてきた。


 そして、今日・・・・

あたしは、この場で告白しよう。


 全員の前で・・・・・


 あたしは、司会者に歩み寄り、耳打ちをした。


「私に・・・父への挨拶をさせて下さい。」


司会者は少し気色ばったが、

「はい・・・」と応え、

「え~、皆様にお伝えします。

これより、お嬢様が皆様にご挨拶がしたいと

おっしゃられました。

では・・どうぞ・・・」

とマイクを譲ってくれた。


 場内がザワついた。


 一斉に、全員の視線があたしに注がれた。

事故以来、あたしは、これまで

公式の場ではしゃべった事がない。


 胸が締め付けられるほど高鳴った。


 あたしは大きく深呼吸をし、

マイクの前に立った。


「皆様・・・お忙しい中、この度(たび)は父、龍崎仁の葬儀にいらっしゃって戴きありがとうございます。」

頭を下げた。


 また場内がザワついた。


そこかしこで、

「声が出るようになったんだね・・・」と囁いていた。


「え~・・・、私から・・・亡き父に最後のプレゼントを送りたいと思います・・・・」


「え・・何だ。」「何・・・」と全員が顔を見合わせた。


「この場には相応(ふさわ)しくないかもしれません・・・

ですが・・・

私の演奏で父・・・

龍崎仁を送りたいと思います。」

あたしは、また礼をし、祭壇の前に置かれた大きなグランドピアノの前に立った。


 今朝、業者に頼んで用意してもらったモノだ。


 会場内がザワついた中、

あたしは、ゆっくりと黒い手袋を外した。


 手にはまだ大きな絆創膏が貼ってあった。


 光輝は、はにかんだような笑顔で、レンは、不敵に笑みを浮かべ胸を親指で差した。


 そう、あたしには、レイラの

ように、上手く華麗に繊細な

演奏は出来ない。


 だから魂の全てをぶつけよう。


 あたしからの最初で最後の贈り物・・・・


 父へのレクイエム。


 あたしは、席に着き、もう一度

、大きく深呼吸した。

「生前、父が、もっとも好き

だった曲・・・・

ショパン。英雄、ポロネーゼ。」

そう言って、あたしは、鍵盤に魂を乗せた。


 叩きつけるような勇壮なメロディ。

 滑(なめ)らかに、指が鍵盤の上を踊っていく。


 この観衆の中でプロの演奏家で本物のレイラの演奏を聞いた事のある人なら即座に違いがわかったであろう。


 だが、今のあたしには、これしか出来ない。


 父への鎮魂歌・・・・・


 技量で言えば、本物のレイラには太刀打ち出来ない。


 だが、魂なら別だ。

あたしの全てを注ごう。


 あたしの思いの全てを・・・・













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