死神の戦い
片山順一
山へ
僕の人生は、くそ以外のなにものでもない。
あくまで僕にとって、だけれど。
なにが悲しくて、毎日深夜まで勉強してきた公務員試験の面接で落ちた日。
三年間もつるんできた友人だと思っていた奴が、密かに好きだった女の子と付き合っていて。婚約までしてることを知らなきゃならないんだ。しかも僕より成績の悪いはずのそいつが、地方公務員に受かってやがる。
ああ、くそったれ、くそったれ。
みんな真っ暗だ。なんとなく乗ってしまった最終の鈍行列車から見える外の景色みたいに。
僕がまだ二十二歳だって。これから長い人生があるだって。公務員になれなくても、ほかに仕事はたくさんあるだって。ああ、その通りだ。一般的には。
でも僕に限っては。
少なくとも、何事もそつなくこなして、人とはぶつからずやってきて、勉強もそこそこで、怖すぎて女性経験がない僕にとっては。
精神の安定が壊れることは、即死を意味する。
いや、僕にとってだけじゃないかも知れない。
人手不足、空前の売り手市場とかいいながら、憧れの会社に入った美しい女子大生が苦しみ抜いた挙句に自殺してしまうこの世で。
安定から外れることは、即孤独死を意味するのだ。
就職といっても今からじゃ、名前も業態も意味不明な中小の落穂拾いを待つばかり。来年をにらんで就職浪人してしまえば、新卒の鱗は剥がれ、怠惰な既卒へと落ちる。
公務員試験の面接にすら浮かれない僕が、そのハンデを背負って成功できる可能性なんて、限りなく低いのだ。
――これでどうだろう。なかなかに、積んでるじゃないか。
かたん、ことん、電車が進む。窓の外は真っ暗闇。僕以外、車両には誰もいない。
首都に、こんな田舎があるなんて知らなかった。大学のある駅から西へ二駅進み、少し大きな駅で乗り換える。十一時過ぎに発つ終電にさえ、疲れた顔の乗客がたくさん居たが、みんな途中の駅で降りた。
無人駅の改札に、持っていた切符を放り込み、歩き出す。
少し行くと、街頭の下に、傾斜のキツいコンクリートの道が続いている。暗くて分からないけど、人家はなく、草ぼうぼうの元段々畑がそこらじゅうにあるばかり。
腕時計で確認すると、時刻は午前十二時を過ぎたところだった。
「行くか……」
持ってきた懐中電灯を取り出すと、ため息と共に、ハイキングコースへと入っていく。地図アプリ上だと、三年前の画像だったが、ちゃんと道は存在していた
運動不足で息を荒げながら、足の痛みをこらえてのぼる。やぶは素手でかき分ける。普通の自殺者なら、このあたりで疲れて我に返るらしいけど、あいにく僕はそんな軟弱ものではない。
ただ歩けば、いずれ着く。成功は保障されている。
そういう確実さを持っているものには、自信がある。
人けはもちろんなく、けだもの一匹の気配すらない。こんなときに限って、邪魔なんか入らないのだ。
「――着いたな」
眼下に、電車で来た小さな町。たどっていくと、ずっと向こう。僕一人死んでも、痛くもかゆくもないであろう首都の豪勢な明かりが見える丘の上だ。
地図アプリの画像で見た通り、僕の腕で一抱え、二抱え、いや、はるかにそれ以上はありそうなでっかい樫の木だ。
バッグを背負うと、幹のこぶに足をかけ、一気に最初の枝まで登る。足元は暗いが、梢を伝って先に進むこと一メートルほど。
頭上には、人の首ほどの太さの枝が張り出している。地上から数メートルの場所で、僕は梢に座った。
背負ってきた旅行用のバッグを開き、手探りで、必要なものを引きずり出す。
勢いで調べてしまった自殺の方法。それに従い買ってしまった丈夫なロープ。
動画サイトで調べた、解けにくい結び方のプリントアウトを参考に、結んでいく。
暗闇でロープを触りながら、今日一日を振り返る。
ネットで試験の結果を見たのが、昼前。学食に出て、二人と会ったのが昼過ぎ。卒論で忙しい二人を置いて逃げ帰り、夕方から深夜まで、自殺について調べまくってるうちに暮れた。
首吊りの腐乱死体、糞尿を垂れ流したグロ画像。ウジ虫が湧いてでろでろに崩れる死骸などは思い出せるけれど、だからって手は止めない。失敗して植物以下の障害者になって人に迷惑をかけることとかも、苦痛じゃない。
なんかもう、どうでもいい。僕以外のことは。
何度か間違えながらも、冷静に結び続けて。
結び目が、完成した。
頭上の枝にくくった方は、思い切り引っ張っても外れない。首を通す輪は、締まれば抜けることはないだろう。
ものはそろった。やるか。
「あ、遺書忘れた……まあいいか」
輪に首を通すと、地上めがけて飛び降りる。
僕の全体重で、首が締まって気絶してそのまま死ぬ。
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