人ごみであふれる夏祭りの屋台通り。私の隣にはサンタクロース。スマートフォンのカレンダーは3月33日に変わっていた。多分、スマートフォンも、そして世界も、私に嘘をついているのだ。

 私の記憶が正しければ、今日は3月33日ではないし、少なくとも夏祭りが行われるような季節でもない。それなのに、通りに掲げられているのぼりの中では「夏祭り」という文字が大きく自己主張をしてるし、スマートフォンは日付を3月33日と表示している。すれ違う人々は「夏祭り」に対して違和感を感じていないし、今日の日付なんて気にしていないように見える。見えるだけかもしれない。違和感を感じつつも、この状況に甘んじている私と同じかもしれない。もしくは、純粋に夏祭りを楽しんでいるだけなのかもしれない。だって楽しいし、夏祭り。


 私はゆるりと歩いていった。隣にはサンタクロース。起きたら私の部屋にいたサンタ。別に連れてきたわけじゃない。勝手に付いてきているだけ。

 通りの両脇に並ぶ屋台を目でなぞっていると、その中の一つが無性に私の興味を惹いた。りんご飴、焼きそば、お好み焼きと並んだその次の屋台。羽毛布団。羽毛布団?そう、羽毛布団。

 私達がまだ知らないだけで、否応無く心を惹かれる狂気的な魔力を持ったものが、この世の中には数多存在します。羽毛布団もその一つ。私は今朝、ようやくそれを発見しました。あなたは羽毛布団をかじったことがありますか?羽毛布団の味を知っていますか?


 私はその魔力に従い、羽毛布団の屋台へと足を運ぶ。一欠片500円。私は中年くらいの、余計な世話を焼くのが好きそうなおじさんに「一欠片ください」と声をかける。おじさんは羽毛布団をその場でちぎり、私の顔の大きさくらいの塊を手渡してくれた。美味しそう。私は500円硬貨を一枚渡して屋台を後にする。おじさんは特に余計なお世話を焼いてくれなかった。

 比較的人混みの少ない通りに入った私は、節操なくその一欠片を大きく頬張った。ふわふわした感触が口の中で膨らんで消えていく。羽毛布団って、わたあめみたいでとっても美味しいんです。それなら、わたあめを食べればいいじゃないかって?違います。羽毛布団はわたあめとは違います。芳醇な違和感の味がするのです。あなたは違和感の味を知っていますか?


 私は羽毛布団の一欠片をさらに半分にちぎる。

 一欠片を半分にしたら、それは「二分の一」欠片になるのだろうか、という疑問が頭の中に湧いてくる。おそらく、体細胞分裂して二つに別れたアメーバは「二分の一」匹と呼ばれることはなくそれぞれが個別の「一」匹と呼ばれるから、一欠片からさらにちぎられた羽毛布団を「二分の一」欠片と言うのはきっと間違いなのだろう。ただ、私には羽毛布団とアメーバを同列に語ることが正しいかどうか分からない。

ちぎられた一欠片だか二分の一欠片だかを、つまり私の顔の大きさの半分くらいの大きさになった羽毛布団の欠片を、私は隣に立つサンタクロースに差し出した。

「食べますか?」

 サンタは無言のまま首を傾げた。かわいこぶっているのかしら。全然かわいくない。

 要らないのならと、私は差し出した手を引っ込める。サンタには違和感の味は早かったみたいです。お子様ですね。


 そうやって私は夏祭りを満喫していた。世界が壊れていたところで、夏祭りが楽しいことには変わりはなかった。隣にはサンタクロース。彼は夏祭りとクリスマスを勘違いしたわけじゃない。ハロウィンと間違えてコスプレをしてきたわけじゃない。

すると突然、空の中心で燦々と輝いていた太陽がふっと照明を落としたように消え失せて、真昼は夜へと模様を変えた。後方でなにかが弾ける大きな音がして私は振り返る。花火が上がったのだ。それをきっかけに、次々に花火は空に打ち上がり、暗闇の中で鮮やかに火花を散らした。その一つ一つが酷く幻想的で、私は思わず見惚れてしまう。花火もまた、私達の心を掴んで離さない魔力を持ち合わせているのでしょう。

 今度は急に雨が降ってきた。けれど身体は濡れなかった。多分この世界では雨とはそういうものなのだ。周りの誰も傘を差すことはしない。花火は雨など意にも介さず打ち上がり続ける。私は雨に打たれながら花火に見惚れ続ける。

 可笑しな話ですね。


 きっと世界は私に嘘をついているのでしょう。


 3月33日という日付があることも、夏以外の季節に夏祭りを行うことも、急に真昼が夜へと変わるのも、雨が降っても傘を差さないことも、起きたら私の部屋にサンタクロースがいたことも、羽毛布団をかじることも、本当は現実に当たり前に起こり得ることで、そこには何の違和感も存在しないのかもしれない。勝手に科学がどうこう言って、そんなことはあり得ないと決めつけていただけかもしれない。これは夢じゃなくて、現実なのかもしれない。


 きっと世界は私に嘘をついているのです。


 中にはそれを残酷だと言う人もいるかもしれないけど、私はそうは思わない。

 

 大人が子供に「サンタクロースはいるんだよ」と教えるのと同じように。

 

 世界は私に嘘をついてくれているのです。優しい、嘘を。

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