1999年7月20日 『軋む歯車』
昨晩は、カーテンを空け
星を見ながらいつのまにか寝ていた。 こないだ詩音君を認識してから、
何かがひっかかっている。
いよいよ
夏らしくなって来た雰囲気とは逆に
軽い胸騒ぎがあった。
軽めのランチを済ませ
『予感』のまま待機していた
私の勘が当たった。
サインである。
詩音君に逢ってからこちら、
シオン君を花音君の依頼とは別の角度で
見ていたいと思うようになった。
何か複雑な感情が胸でざわめく。
いつも通り早めに家を出て、
いつもの並木道に差し掛かったとき、
誰かに呼ばれた気がした。
辺りを見渡すが
それらしき挙動の人影はない。
ただ視線を感じてそちらを見上げたとき
微笑ましい光景を見つけた。
季節外れの花が咲いていたのだ。
なんともかわいらしい薄紅色の桜花・・・
一輪だけ蒼い二枚葉に
大切に守られるように
ひっそりと咲いていた。
この微笑ましい光景が
私の胸騒ぎを軽くぬぐい去ってくれた。
軽くなったココロを胸に、
いつもの公園のいつものベンチに着くと
花音君は座って池を眺めていた。
「お待たせしたかな・・・」
「10分程前ですかね・・・
ちょっと考え事をしたかったので・・・
おかげで解決しました
ちょっと仕事でトラブっちゃって・・・
どうぞ、お座りください」
「おや・・・お仕事で・・・
それは大変ですね」
「えぇ・・・
でも気持ちを切り替えることにしました」
「そうですか・・・
確かに、
どんな出来事も『自分次第』なとこは
少なからずありますからね
解決出来たのなら良かった」
「えぇ、有難うございます」
とその時不意に後ろから声がかかった。
「おにい・・・ちゃん・・・?」
それはユリアさんが言っていた、
花音君達の妹の恵梨守さんだった。
「恵梨・・・守・・・
どうしたんだい?
こんなとこで・・・」
「ん?
お散歩だよ
お休みの日は良く来るんだよ
おにいちゃんこそ・・・
どうしたの・・・」
「あぁ、ボクもたまに来るんだ」
「へぇ~そうなんだ
初めてだねここで逢うの」
「そうだね・・・」
「で・・・
こちらはお知り合いの方?」
「あっ・・・」
と花音君が少々困惑していたのがわかった。
「あぁ
私もここに良く散歩でくるんですよ
それで、たまに見かける花音君に
私から声を掛けたんです
若者が言うナンパってやつですかな」
「ナンパ?
ふふふっ」
と私の精一杯のジョークに
彼女は明るく笑ってくれた。
「あぁ・・・そうなんだ
こちらは山田晴雄さん」
クールなルックスの彼が
はじめてあたふたするのを見た。
「初めまして
山田晴雄と申します」
「初めまして
如月恵梨守です
花音の妹です
兄がお世話になってます」
明るく屈託の無い笑顔が好感をもてた。
なるほど・・・
花音君同様
よその国の血が混ざると、
こうも雰囲気が違うものか・・・
見かけもそうだが、
日本人にはない
独特な雰囲気がある。
きれいなお嬢さんだ。
その『お世話に・・・』という言葉に
私は勿論、
花音君も一瞬ドキッとした様子だった。
社交辞令とは言え、いやはやなんとも・・・
それにしても、なんとも微笑ましい。
このシチュエーションはともかくとして、
兄妹はいいとココロから感じた。
一瞬ではあったが、
和やかなムードに
本来の目的が頭から離れていたその瞬間
運命の悪戯のように『それ』が始まった。
いつものことだが
『始まった』と思った瞬間には
既に終わっていた。
「おにい・・・ちゃん・・・?
おにいちゃんっ大丈夫?」
ほんの一瞬の後、
いつもの『彼』がそこにはいた。
「えっ・・・だれ・・・」
彼女の表情が強張り
半歩下がり無意識に身構えた。
当たり前である、
一瞬で兄が別人になってしまったのだから、
その反応が普通だ。
ましてや男性恐怖症、
身内がいきなり他人になったのだから、
その程度の反応で済んだのが不思議な位だ。
花音君の病気を知ってても、
『それ』に遭遇はしたことない様子だった。
「大丈夫ですよ・・・
あなたもご存知の通り
彼がもう一つの人格『シオン』君です
怖がらなくても大丈夫ですよ」
私が言い終わる前に
「ほぉ~
今日はかわいいお嬢さんも一緒かい?
シオンだ」
と彼女の方を向き
優しい眼差しで彼女を見つめた。
彼が『振り向くという行動以外』
体を微動だにさせなかったのは、
彼女に不安を与えない為にと
直感的にとった
本能による行動なのだろうと私は感じた。
しかし、
私は彼が彼女に話しかける前に
一瞬硬直したのがわかった。
ほんの一瞬。
あれは・・・と違和感を憶える中、
彼は今度は私の方に振り向きこう続けた
「なぁ
今日はこのお嬢さんも立ち会うのかい?」
お互い一瞬で訪れた初対面の空気。
互いにどういう立ち位置か
説明するのは私の方が都合が良いだろう。
そう思い、
私から軽く説明をした。
「シオン君、
実は彼女は花音君の妹です。
キミの主人格のね。
偶然ここに居合わせたのだよ。
そして、恵梨守さん、
彼は花音君の別人格『シオン』君です。
花音君がそういう病気なのは
知っておりましたでしょ。
こういうことなんです」
シオン君は平然と聞いていた。
さらに、私は混乱を避けるために
敢えて『カムイ』君の存在は伏せた。
そういえば、私は、
花音君にシオン君のことを報告しているが、
シオン君に花音君のことを教えたことはない。
シオン君も聞いてこないと言うより
そういうことには興味がなさそうだからだ。
まあ、主人格のことは分かっているのだろう。
聞かずもがなということだろうか。
「妹か・・・」
と彼は自己完結させこう続けた
「そうか
なら名残惜しいが、
今日はこれでお別れだ。
時間もないしな。
近々兄貴を還すから
待っててくれ」
そう彼女に微笑んでから
「それじゃ~行こうか」
と私に促した。
「待って・・・ください。
あのぉ・・・
お兄ちゃんは・・・
花音はどこに・・・」
恵梨守さんの不安げな表情を察して
「ココだ・・・
ここにいる。
俺も直接逢った事はないが
ちゃんとここに居る」
と彼は自分の胸を
トントンッと中指で軽く叩いた。
やはり主人格として認識できているようだ。
「大丈夫だ。
傷つけたりしないさ。
それに・・・
さっきも言ったが
もうすぐだ
もうじき終わる・・・」
その言葉に私の胸騒ぎは
鼓動と共に加速した。
その時、怖くて聞けなかった私の代わりに
恵梨守さんが口を開いた。
「終わる・・・って
何が・・・ですか・・・」
「・・・全てさ・・・
全てが終わるのさ・・・
今は
そうとしか言えない」
彼の言葉に、
彼の目的成就が近いことがわかった。
恵梨守さんも、困惑していた為か
それとも瞬時に全てを察したのか
それ以上は聞かなかった。
私とシオン君は
暫く湖を眺めたいと言う
恵梨守さんに別れを告げ
彼の目的地へと向かった。
いつものように迷いも無く
目当ての女性を見つけ出し
瞬時にコンタクトを終えると
いつもと明らかに違う
物憂げな表情を浮かべ聞いてきた。
「じいさん、
今日のあれは偶然か?」
「勿論」
「そうか」
彼はそれだけ確かめると
いつものように街中へと消えた。
もうじき・・・終わる・・・
本当に終わるのだろうか・・・
ただ、終わろうが終わるまいが、
皆にとって・・・
本当にこの件に関わる皆にとって
よい結果になることを
切に願うばかりだ・・・
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