戻りつつある姿。

日差しが強く照り注ぐ様になっても、少女は相変わらず元気である。

使用人服でスカートをはためかせながら、畑をパタパタと元気よく走り回っていた。


一度は山が崩れて駄目になってしまった畑。

だが最近では少女の懸命の復旧も有って、そこそこ以前の形を取り戻しつつある。

と言ってもビニールハウスは一旦完全撤去し、山の方は崩れて来ない様に固定するぐらいしか出来ていない。


綺麗で大きかった段々畑は無いし、全盛期に比べると可愛らしいもの。

だけどそれでも、ちゃんと畑になっている。畑の形に戻っている。

その事実に少女は嬉しくなり、今日も気合いを入れて畑を耕すのだ。


「凄いな、もうこんなになってるのか・・・」


その様子を見つめる男は、只々感心からそんな言葉が漏れていた。

男は以前少女に拗ねられて手伝って以降暫く顔を出しておらず、その変わり様に驚いている。

元々人力で開墾したにしては広範囲だった畑。

それがなくなった事に落ち込むのではなく、精力的に取り戻した結果に。


少女は男が畑の様子を見に来た事に気が付き、パァッと笑顔を輝かせて走り出す。

当然向かう先は男の下であり、辿り着くとニパーッと人懐っこい笑顔を向けた。


「ん、頑張ったなぁ」


男は心から少女を労うつもりで褒めると、少女は少しだけ照れ臭そうにはにかんだ。

両手を軽く握りながら口元にやり、にへへと可愛らしい笑い方である。

普段と違う様子に男は少し首を傾げ、だけどまあ良いかと少女の頭を優しく撫でる。


すると今度は何時も通り手にすり寄る様子を見せ、ん~と声を漏らす少女。

そして男の手を取るとキュッと胸に抱きしめてから顔を上げる。

とても嬉しそうな笑顔を向けてから片手を放し、こっちこっちと手を引いて歩き出した。


「お、おう」


男は少女に引かれるままについて行き、少々早足で駆けて行く。

到着した先は山が崩れてから一番最初に耕した場所。

そこにはまだ可愛らしい様子ではあったが、立派に野菜が育っていた。


「おお、出来てるな。良かったなぁ」


まだ収穫には少し早そうだが、それでもしっかりと実がなっている。

男は何故か自分の事のように嬉しく感じながら、野菜を見つめる少女の頭を撫でた。

本人は気が付いていないのだろうが、珍しく心底嬉しそうな笑顔で。


少女は目をぱちくりとして少しの時間呆けていたが、胸の奥からムズムズとした嬉しさが膨らみ、うきゅーと声を漏らしながら男に抱きついていた。

男の胸の中でスリスリを顔を擦り付け、その喜びを全力で伝えようと。


「お、おお。どうした、そんなに嬉しかったか?」


男も何時もより嬉しそうな少女を受け止め、その背中をポンポンと叩いて受け入れていた。

ただし少しテンションが上がり過ぎたのか抱き締める力が少し強い。

少女がご機嫌な為我慢しているが、男は少々鯖折りを食らっている気分だ。


ただ我慢出来ない程でもないので、少女が満足するまで何とか耐える男。

その後は少女の畑仕事を手伝おうとするも、先程のサバ折の影響か途中で腰に来てリタイヤ。

慌てた少女にお姫様抱っこされる男、という事態になる。


「い、痛、ちょ、もうちょっと、ゆっくり、歩いて」


慌てた少女の歩み、というか、少女の揺れる歩き方だと腰に来る様子の男。

ただ途中で他の使用人も居たのだが、気合いを入れて男を運ぼうとする少女と代わる者は居らず、というかニマニマされながら楽しまれて結局最後まで少女に運ばれてしまう。

当然看病も少女が引き受け、その日は男にべったりの少女であった。






因みにこの日、虎少年は手伝いに来ていない。

厨房で複眼と共にお茶を飲んでいた。


「手伝いに行かなくて良かったの?」

「ええ、邪魔はしたくないので」


複眼の問いに落ち着いた笑顔で応える虎少年。

手伝いに行かなかった理由は、単純に男と一緒に作業をする少女を邪魔したくなかったから。

少女が誰の為に畑を始め、そして続けているのか。

それを少女自身から説明された事が有る虎少年は、今日はあえて手伝わなかったのだ。


「久しぶりに大好きなお父さんが見に来るなら、自分だけ構って欲しいでしょうし」

「あははっ、そうね、確かに。あの子は何時お父さん離れするのかしら」

「どうなんでしょうね。もしかしたらしない可能性も有るかもしれません」

「・・・それは、君にとっては辛くない?」


少女がお父さん離れをしない。男の事が大好きだという事以外の感情を覚えない可能性。

それはつまり、少女は男に対して恋をする可能性も有るという事。

虎少年は自分にとって辛い結果になる想定を、ありえなくはないと口にしている。

複眼は心配気に虎少年にそう訊ね、だけど虎少年はふっと笑う。


「僕の願いは彼女が幸せになる事ですから」

「そっか・・・」


その笑顔は優しい物だった。確かに優しい笑顔だったが、何処か寂しさも含んでいる。

虎少年の優しさはどこまでも少女の為であり、だけど自分に向いていない。

だから本当なら気の利いた言葉をかけようとするのが、普段の複眼なのだろう。


だが複眼は「君も君の幸せを考えても良いと思うよ」という言葉をグッと飲み込んだ。

それはきっと、この状況で、目の前の男性に、自分が言って良い言葉ではないと。


例え少女が男に恋心は持たないだろうと考え、本心から虎少年を想っての事でもだ。

自分がその言葉を発するという事は、別の意味にも捉えられてしまうから。

ふりではなく、本当に私と恋人になってはどうかという意味にも。


「そうだ、美味しいハムが有るのよ。食べる?」

「おやつにしては豪勢ですね。お断りするのも失礼ですし、いただきます」

「ん、じゃあ切り分けるわね」


複眼は少し暗い雰囲気を消す様に立ちあがり、虎少年の頭をひと撫でしてからハムを取り出す。

何時もの調理作業をする事で、自分の心も落ち着ける為に。

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