記憶か夢か。

少女は以前見た夢をまた見ていた。最近よく見る、悲しい結末の夢を。

ただいつもと違うのは、その前に見ていた幸せな夢が無かった。

唐突に視界が赤く染まり、そうして――――――目が覚めずに視界が回転する。


少女を幸せそうに呼んでいた男性は、口から血を吐いて倒れていた。

胸には複数の穴が開いていて、その上背中に刃物が付きたてられている。


少女を抱き締めていた女性は髪を引っ張られ、そのまま喉を裂かれて床に捨てられた。

女性の喉から噴き出た血が少女の目を更に赤く染める。

唐突に幸せな時間に乱入して来た悪漢達によって、部屋は赤く染まって行く。


そして少女自身も赤く、口から、胸から赤く、手にもべっとりと赤く染まる。

何が起こったのか解らず呆けているうちに、胸に大きな刃物が突き刺さっていて。

引き抜かれると同時に床に崩れ落ち、段々と体に力が入らなく、眠く、なって――――。


『―――――』


少女を呼ぶ声がする。空気の抜ける様な声で少女の名を呼ぶ声が。

薄れる意識の中で暖かな物を感じ、顔を上げれば血を吐きながら女性が手を握って叫んでいる。


いや、口の動きは叫んでいるが、それは叫びになどなっていない。

だけどそれでも、少女には叫んでいる様に見えた。

自身も酷い状態でありながら、今にも死にそうな状態でありながら、少女を想う叫びを。

そしてその女性は―――――――背中に大きな太い刃物を突き立てられた。


『――――っ!?』


悪漢はゲラゲラと笑いながら背中に刃物を押し込み、女性は声なき声で叫んでいた。

だけど女性は少女の手を離さない。苦しみ叫びながらも愛する者の手を掴み続ける

悪漢はそれを面白そうに笑いながら、そのまま分厚い刃物を女性の中でねじりはじめた。


女性は声にならない声で叫びを上げ続け、そしてとうとう動かなくなってしまう。

だけど最後まで、最後までその手は愛する者の手を離さなかった。


『―――――』


それに少女は何を思ったのだろう。何を呟いたのだろう。

少女が発したその言葉は自分でも聞き取れておらず、だけどこの瞬間が原初の想い。

それが、今の少女の、全ての始まり。


どす黒い何かが、その純粋な想いに集まり、形と成してゆく。

力無き少女の怨嗟に応える様に、まるで別の世界から這い出て来る様に纏わりつく。

何処から生まれたのか解らない。だけど明らかなこの世界に在ってはいけない禍々しい物が。


それは父の血肉を、母の血肉を、どす黒い力に変えて、少女は力と混ざり合う。

もう取り戻せない幸せな時間を奪った者達を、只々許せないと。


『―――――――――――!!』


少女は立ち上がり、人の物とは思えない咆哮を上げる。

目は正気を保っておらず、その周囲には少女にしか見えない力を纏って。

そしてゆっくりと、ゆっくりと少女の額に、角が形成されてゆく。


角に宿るは自分を心から愛してくれた両親の血肉と想い。

そして少女の、少女自身の、幸せを奪った者達への恨み。

優しさと愛情と慈しみと同じだけの怨恨を詰めた、異形の呪いの角。


少女が次に咆哮を上げる頃には、もう家の中に生きている人間は居なかった。

悪漢は人の形を留めておらず、更には残っている肉片を集めても人体には到底足りない。

残っているのは少しの肉塊と骨の欠片。両親の体はその一切が残っていない。

少女が、否、少女の角がその命を食ってしまったが為に。









そこで、少女はガバッと跳ね起きた。

荒い息をしながら慌てて周囲を確認すると、そこはもう見慣れた自室。

それでも不安で暫くキョロキョロしていたが、現実だと認識するとほっと溜息を吐く少女。


だけど未だに心臓はバクバクと強く鳴り、心も全く落ち着いてはいない。

少女は今まで悲しい夢、辛い夢を見た様な記憶は有る。

だけどそれは結局夢で、ただの夢でしかないと思っていた。

なのにあの夢は余りにも生々しく、そして現実感を覚えている。


夢の内容を思い出して行けば行くほど、少女は怖くて堪らなくなっていた。

咆哮を上げていた自分。人を容易く肉塊に変えていた自分。

何よりも、両親の血肉を取り込み、角の力に変えていた自分が、とても恐ろしく感じて。

この角が、人を食らう物だと、自分は人を食らう化け物だと、そう言われたような気がして。


そこにノックの音が響く。きっと女が起こしに来たのだろう。

だけど少女は返事も寝たふりも出来ず、ビクッとして扉を凝視したまま動けなかった。

少女が返事をしない以上、女は寝ているものと思いそっと扉を開ける。


「・・・なんだ、起きているのか。返事が無いから寝ていると思ったのに」


何時もの鋭い目を少女に向け、ほんの少しだけ残念そうに口にする女。

それが今はとても嬉しくて――――――怖い。

少女は何時も通り差し伸べて来る女の手から、無意識に後ずさって逃げてしまった。

その手をもし取ってしまえば、女も夢で見た様に壊してしまいそうで。


「っ・・・どうした、何か有ったか?」


女は出来るだけ表情を変えず、静かに少女に問いかける。

少女はそこでハッとし、女から逃げた事に気が付いた。

大好きな女から、無意識とはいえ逃げてしまった事に、また逃げてしまった事に。


だけどどうして良いのか解らず、ただ違うのだと、涙目で首を横にフルフルと振る少女。

何が違うのかも自分で良く解らず、だけど今のは違うのだと。


「・・・気に食わなかったら、振り払え」


少女の様子は明らかにおかしい。

女はそう判断して、だけど少女を強引に抱き締めた。

前の様に固まったりはせず、自分自身から無理矢理にでも手を伸ばした。

嫌だったら振りほどいて良いと伝えて、今後少女に嫌われる覚悟も持って。


少女はそんな女を一瞬付き飛ばそうとして、でも出来なかった。

出来るはずがない。大好きな女を突き飛ばすなんて。

こんなに暖かくて心地い所から、離れるなんて出来るはずがない。

それが嬉しくて、でも何故か情けなくて、でも心地良くて縋ってしまう。


少女はもう、自分でも良く解らなくなりながら、女に縋りついて泣いていた。





「また嫌な夢を見たのか」


暫くして泣き止んだ少女は、女の問いにコクコクと頷いて返していた。

ただ夢の内容にはコテンと首を傾げ、女も覚えていないなら別に良いかと気にしていない。


それは、少女が珍しく吐いた嘘だった。今回の夢は良く覚えている。

だけどその事を話してしまうと、何か嫌な事が起こる気がして口に出来なかった。

いや、違う。口にしたくなかったのだ。

だって口にしたら、まるであれが、自分のやった事の様に思えて、それが怖くて。


まるで自分は、人の命を食って、力を蓄える化け物の様で。


「取り敢えず朝食をとりに行くぞ。空腹だと余計に気が滅入るからな」


だから今は何も考えず、女の言葉に従ってキュッと抱きつく。

この暖かさと安らぎを絶対に手放さない様にと想いながら。

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