違いが解る。

少女は台所で火鉢をじっと見つめていた。

正確には火鉢に置いた五徳、その更に上にある鉄瓶をニコニコしながら見つめている。

沸騰するお湯によって蓋がカタカタと動く音を聞き、頭をゆらゆらと揺らしながらズレた鼻歌を歌っていてご機嫌な事が解る。


「鉄瓶ってこうやって下準備をするんだね。知らなかった」


そんな少女の隣に居る虎少年は、鉄瓶と少女を見ながら感心した様子でそう口にしていた。

鉄瓶は良くある台所用品の様に扱うと簡単に錆びてしまう。

錆びさせない為にはどうすれば良いのか。それは内部に湯垢を付ける事。


一応鉄瓶にも錆止めの加工は成されているが、使っているうちに剥げてしまう。

その代わり湯垢を付ける事でそれが錆止めになり、沸騰させた時のお湯も優しい味になる。

因みに多少錆びても体に害は無いが、味が変わるので錆びないに越した事はない。

虎少年は複眼にそう説明して貰い、興味深そうに並んで見つめているのだ。


そしてそれは少女も同じなのでコクコクと頷き、ねーっと首を傾けて虎少年に笑顔を向ける。

虎少年は少女の反応が可愛くて、ふふっと笑い返して頭を撫でていた。


ただこの場は台所。二人の後ろには複眼が居る。

虎少年は少女が可愛いと思っているが、複眼にすればセットで可愛らしい。

二人の様子に和みながらお茶を飲む複眼だが、ふと少女の様子に気になる物を見つけた。


「ちみっこ、ちょっと離れなさい。汗だくになってるじゃない」


先程まではそうでもなかったのだが、長時間火鉢の前に居た事で大分温まっていた少女。

本人はご機嫌で全然気が付かなかったが、衣服の中が汗だくになっていた。

顔や首の露出した部分は余り汗をかいていないので、複眼も気が付くのが遅れた様だ。

寒い時期ならともかく外で寝れるぐらいの陽気の中、火鉢のすぐ傍はそれは暑いだろう。


少女も複眼に言われて気が付き、肌着が汗でべったりと張り付いている事を確認。

その際首元を引っ張って中を見た為、虎少年は慌てて目を逸らしていた。


「火鉢って結構周囲の熱が上がるから、もう少し離れなさい。虎ちゃんもね」


少女は素直に言われた通り距離を取るが、すでに汗だくな衣服は余り気にしていない。

かなり汗をかいているので先ず複眼は水を軽くのませ、呑み終わったら着替えに行く様に伝えると、少女は水を口に含んだままコクリと頷く。

そして水を飲み込むとパタパタと自室に着替えに戻った。


虎少年は先程来た所なので大丈夫そうだが、汗臭い様なら水でも被ろうかと悩んでいる様だ。

複眼はその事に気が付いた様子で虎少年の手を取り、そのまま椅子に座らせてから頭を撫でる。

虎少年は気を遣って貰った事にすぐ気が付き、素直に従って笑顔を見せていた。


「虎ちゃん、これで沸かしたお湯でお茶飲んでみる?」

「良いんですか?」

「次の分の沸騰は試しに使うつもりだから、ちみっこが味見に入れてくれると思うわよ」

「なら、彼女が入れてくれそうなら遠慮なく」


そんな風に世間話をしながら、二人は穏やかな様子で少女を待つ。

何処か時間が弛緩したような空気が有り、二人ともそれを心地よく感じている。

それは少女がパタパタと戻って来てもあまり変わらず、むしろもっとふんわりとした、何とも言えない穏やかな空気感が有る様にも感じていた。


当の少女はそんな事を余り気にする事も無く、鉄瓶特有の音をさせて沸騰するお湯を見て、複眼に嬉しそうな目を向ける。

お茶を入れても良いよね、と首を傾げながらの笑顔に、複眼は苦笑しながら頷いていた。

少女はにぱーっと満面の笑みを見せると、いそいそと三人分のお茶の用意をしはじめる。

それは当然だが複眼と自分、そして一緒に居る虎少年の分だ。


「ありがとう」


虎少年は素直な嬉しさを口にすると、少女もえへへーと嬉しそうに笑う。

そして初めて鉄瓶で入れたお茶を三人で味見し、普段と少し違う味わいに少女はほえーっと声を漏らしながら感動するのであった。







因みにその後これならもう使えると判断し、少女は再度鉄瓶でお湯を沸かす。

何の為か。当然男と女に飲んでもらう為である。

汗だくにならない様に今度は距離を取り、椅子に座って足をピコピコ動かしながら待つ少女。


そうして出来たお茶を男と女の下へ持って行くと、女は口にしてすぐに違いに気が付いた。


「何時もと少し違うな。早速あの鉄瓶で入れたのか?」


気がついてくれた事が嬉しくて、少女は心底嬉しいという笑顔でコクコクと勢い良く頷く。

更に感極まって女の腰にキューっと抱きつき、女は眉間の皺を深くしていた。

内心では「お茶を飲むだけで喜ぶなら幾らでも飲んでやる」と思っているが、その考えが間違っている事には一応冷静な思考が働いて解っているので大丈夫だろう。


「・・・なんか、違う?」


ただそんな幸せな時間は、男の首を傾げながらの言葉に打ち破られた。

少女はええーっととても残念そうな顔をし、女は絶対零度の目で男を見ている。

何時もの睨む様な目ではなく、生ゴミでも見る様な目に男は少し怯んでいた。


少女はショボンとした様子で頭を落とし、解らなかったか―、と悲しそうに唇を尖らせている。

ただ文句などは言わずにぺこりと頭を下げ、トボトボと二人の下を去って行った。


「・・・だから貴様は使えんのだ」


視線と同じく底冷えする様な声音で吐き捨て、その場を去る女。

何時もなら反論する男だが、少女の反応もあって去って行く女に何も言い返せなかった。

腑に落ちない部分はあるが、きっと自分に落ち度が有るのだろう。

そう思いながら何とも言えない気分でお茶を啜る男。


「美味いん、だけど、それだけじゃ駄目なのか・・・」


むしろ素直にその「美味い」と言っていれば良かっただけであろう。

少女は男が美味しいと呑んでくれただけで、それだけでわーいと喜んでいた事は間違いない。

仕事や大事な事柄はともかく、私生活では本当にポンコツな男であった。

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