虎少年との夏。
そろそろ日差しが痛くなり、皆の衣服も薄着になる時期がやって来た。
少女も衣替えが進んでおり、使用人服も余り見た眼に変化は無いが薄めの物になっている。
そして私服は当然ながら、薄めの露出の多い物になりつつあった。
「・・・可愛いな」
薄手の服装でキャッキャと庭で犬と猫とじゃれる少女。
それを眺めている虎少年は無意識のうちにそう呟いていた。
何せ虎少年は薄手の服装の少女を写真で見ても、実際に見るのは初めてだったので。
因みに再度説明する程でもないと思うが、虎少年には一種のフィルターがかかっている。
それは恋する相手、憧れる相手だから可愛い、という類の物ではない。
いや、勿論そのフィルターも多少かかってはいるが、それだけではないのだ。
端的に言うと人間が犬猫の大半を可愛いと言ってしまう様な、そんな認識能力の問題。
見た目が違い過ぎる他種族には、大体の人間がそういう認識になる様だ。
勿論、見慣れている、という要素もある程度大事ではある。
複眼や単眼の様な容姿の人間は、やはり見慣れてないと驚く物だ。
だがその驚く部分を認識した上で、虎少年には皆普通に可愛らしく見えている。
以前複眼に言った「可愛い、美人」という類の誉め言葉はお世辞ではなく純粋な本心だ。
例えるなら複眼はシベリアンハスキーの様に可愛く凛々しい容姿に、単眼はグレートピレニーズの様に大きくおおらかに感じる容姿にと。
そういった自身と同じ種族で無いからこその可愛さ、という物が見えている。
因みに虎少年から見た少女を動物に例えると、大きいハムスターである。
勿論本人はそんな風に何かに例えるつもりは無いが、大体そんな認識という事だ。
つまり虎少年の目には大中小のコロコロした可愛い生き物がじゃれている様に見えている。
まあ猫は虎少年から見てもやはり不細工なのだが。
「君も混ざってくればいいのに」
「いや、今行ったら、多分、犬猫と同じ様にされるので・・・」
虎少年に声を掛けられて困った様に返す少年。
あの中に混ざりたくないという訳では無いが、混ざるには勇気が要る。
何せ最近の少女は以前にもまして少年に対するスキンシップが激しい。
犬猫と一緒に遊んでテンションが上がっている今近づけば、確実に抱き締められる。
そして抱き付かれるとあんなに力持ちとは思えない程柔らかく、そして良い匂いがするのだ。
抱きつかれている最中も頭が真っ白になるし、その夜は思い出して悶えてしまう。
拒否する様な動作を見せると悲しそうな顔をするし、無抵抗だと全然放してくれない。
向こうは一切意識していないだけに、余計に色々辛い少年である。
「そういえば、今回は本当に長い滞在ですが、お帰りにならずとも大丈夫なんですか?」
「うん、その気なら数年滞在出来る様に手続きして来たから」
「気合いを入れてますね」
「そうだね・・・でも、正直に言うと、ここに移住したいとも思ってるんだよね。あと数年すれば、その手続きも出来ない事も無い。お金も有るし、ね」
「彼女は、喜ぶでしょうね」
「喜んではくれるだろうね。けど・・・」
虎少年はその先の言葉を語らなかった。
そこから先は不安と否定の言葉が多分に含まれていたから。
少女はきっと喜んでくれる。それは間違いない。
だけどそれは大好きなお兄ちゃん、友人が傍に住むようになった事を喜ぶだけ。
勿論憧れと尊敬と感謝のある相手が喜んでくれる事は、それだけでとても嬉しい事だ。
だけど、はやり、心の何処かに小さなしこりは出来る。
意識しない様にと思っても、何処かに意識してしまう物が在る。
自分は少女の特別になれないのだろうかと。
少年もそれを察し、気になりはしても詳しくは聞かずに視線を少女に向ける。
「とはいえ、僕の稼いだ金は真っ当、とは言い難い所が有るからねぇ」
「犯罪を犯しておらず、資本金を元手に稼いだ。多額の税金も支払い、一部施設に寄付までしている。それが真っ当な稼ぎでは無いというならば、大半は犯罪組織ですよ」
「ふふっ、最初は運が良かっただけ、だけどね」
「運も実力のうちですよ」
虎少年は金を持っている。確かに多額の金を持っている。
だがその最初の一手は完全な運による物だった。
それは宝くじの類の物であり、一等ではなかったがかなりの高額当選。
それは人ひとりの人生を変える程、というには少々足りない額ではあった。
一生を真っ当に生きればもっと稼げる額では有るし、遊んで暮らせる程の額でもない。
つつましやかに生活していたとしても、家庭を持てば確実に一生には足りない程度の額。
だがそれでも高額当選という事は、周囲の反応を変えるに充分であった。
当選金を受けとった当時の事は、虎少年にとっては腸が煮えくり返る出来事が複数ある。
それを他者に詳しく語る気は殆どないが、ただ不快な物だったという事だけは通じるだろう。
様々な事に嫌気がさした虎少年は、手に入れた金を使って身辺を軽く整理した。
ただその中でも数の少ない、切り離す必要が無いと思った人間も数人居る。
その中の一人が、虎少年に残った金で稼ぐ手段を叩き込んでくれたのだ。
何故ならその人物も虎少年と似た経験があり、その不信感に共感しての同情が有った為に。
そうして自力で稼ぐ手段を手に入れた虎少年は、才能と運もあり多額の金を稼ぐに至った。
今では一番稼いでいた時の様な稼ぎ方はしておらず、減らさない様に維持する程度だが。
「君だって出来ると思う、というか、君の方が出来ると思うけどね。資本金が有れば」
「残念ながら僕は人の上に立つとか誰かを使うとか、その手の感性を持ち合わせていませんので無理でしょう。この屋敷で働き続けて後輩が出来たら教えてあげる。その程度が身分相応です」
「どうかなぁ・・・」
虎少年は男が少年に対しどういう風に見ているのか、何となく感づいている。
少年自身にその気は一切無いが、男は少年を何時か自分の仕事に深く関わらせるつもりだと。
本人は無意識に有能なせいで自己評価が低いが、女ですら出来れば手放すのは嫌だと言う程の人間が少年である。
最早屋敷に来た当時の怯えも無く、初々しさは何故かまだ残っているが、それでも何事もそつなくこなす。
最近の少年が屋敷で困る事と言えば、少女の距離感と先輩達の悪戯ぐらいの物だ。
「・・・彼女が誰を選んでも、僕は彼女に一生かけて返す恩が有る。だから、それで良い。今でもそう思ってる。君はどうなんだい?」
「・・・正直に言うと未だに良く解らないんですよね。彼女に好意が有るのは確かです。だけどそれ以上の気持ちは、自分でもいまいち良く解らない。でもあの子が悲しむ姿は、見たくない」
「そうだね。それは僕も同じだよ。彼女には幸せであって欲しい」
少女を見守る二人の様子は、とても恋敵とは思えない程に穏やかだ。
それはお互いがお互いに認め合い、その関係は「恋敵」とは少し違う物だからだろう。
二人の視線にふと気が付いた少女は、優しい目線に笑顔で手を振ってパタパタと走り出した。
そしてどーんと飛びついて抱きつくと二人ともしっかりと受け止め、少女はにヘヘ―と笑ってすりつきだす。
優しいお兄ちゃんは頭を撫でてくれるし、可愛い弟は照れくさそうに受け止めている。
ただそれだけで少女はご機嫌で、好きな相手に好かれていると解って嬉しい様だ。
二人の反応を堪能すると、少女は立ち上がって二人の手を引いた。
そんな所で見てないで一緒に遊ぼうと。
直接誘われては断る訳もないと立ち上がる虎少年と、少し困りつつも付いて行く少年。
今後の事など全く解らないが、それでも三人が仲が良いという事だけは、きっと確かであろう。
「可愛いね、おチビちゃんたち」
「うん、確かに。角っ子ちゃんが気が付いてないのがなー」
「天使ちゃんが一番可愛い」
「はいはい解った解った」
因みにその様子は使用人全員が見ており、微妙な関係の三人に和んでいた。
男と女も居るのだが、女は凄まじい形相で眺めているので男は見ないふりをしている。
歯を食いしばり過ぎてギリィっと音がする程集中しており、邪魔をしたら何をされるか解った物ではないと。
「全く、甘酸っぱいねぇ」
三人は三人だが、自分達とは大違いだと苦笑するしかない男であった。
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