来訪予告。

朗らかな日差しの日々が続くある日、そんな天気とは真逆な感情になる連絡が複眼に入る。

それは父親からの連絡であり、準備が整ったので三日後に来るという話であった。

こちらの事情など御構い無しに父親は通話を切り、複眼は完全に怒りで頭がいっぱいになりながらも、近くに少女が居て心配そうな顔をしていた事で何とか抑える。


「はぁ・・・取り敢えず旦那様と先輩、後は虎ちゃんにも報告しないといけないわね」


複眼は溜め息を吐きつつ、重い足取りで男の部屋へと向かう。

そんな複眼を放っておけず、トテトテとついて行って手を握る少女。

大丈夫だよ、一緒に付いてるよと、ニコッと笑いながら複眼を見上げている。

たったそれだけの事なのに、複眼は先程の苛々が消えてくのを感じていた。


「ちみっこは凄いね、ほんと」


複眼のその言葉は、思わず出た本心からの呟き。

少女は屋敷に来て、もう存在しなくてはならない人間に成っている。

客観的な見方だけの話ではなく、複眼自身がそう感じているのだ。


少女の存在がどれだけ屋敷の住人にとって大事で癒しになっているか。

そんな事を、複眼は今更ながらに自覚していた。

自分も彼女や羊角の事をあまり強くは言えないなと。


「それじゃ、一緒に旦那様の所に行こうか」


複眼の優しい笑みに、少女はコクコクと頷いて笑顔を見せる。

元気になった事が嬉しくて、少しばかりオーバーアクション気味に足を動かす少女。

ぽってぽってと足音が聞こえそうな歩みと、調子のズレた鼻歌を歌ってご機嫌である。

そんな様子をクスクスと笑いながら、複眼は何時もの静かな雰囲気に戻っていた。


男の部屋まで着くと、少女の手を離してからノックをする複眼。

流石に主人の部屋にノックなしで入るのは、女以外には出来ない。


「旦那様、失礼致します」

「ああ、開いてるからどうぞ」


部屋から聞こえた声に従い中に入ると、男以外にも虎少年もそこに居た。

ならば丁度良いと、複眼は先程来た連絡を二人に伝える。

すると何故か男はにやりと笑い、虎少年も挑戦的な目つきを見せた。


「そうか、ならしっかりとおもてなしさせて貰おうじゃないか」

「ええ、そうですね。僕も全力で恋人役を務めさせて頂きます」

「は、はい、ありがとうございます」


男と虎少年の気合いの入り様に、複眼は少し困惑していた。

元々ある程度乗り気であってくれたのは知っているが、ここまで気合いを入れる事だろうかと。

そんな中で複眼はふと、男の部屋にアタッシュケースが在る事に気が付く。


普段はこの部屋にそんな物を見かけた覚えはないし、何処かに出かける話も聞いていない。

あれはなんだろうかと思いつつも、複眼は意識を二人に戻した。

もしこれが彼女や単眼であれば聞いていたであろうが、複眼の性格上余計な詮索は余りしない。

何よりもそれが「自分に関係の無い事」と思っていれば尚更だ。


「では、父の来訪の間、大変ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します」


複眼は改めて深々と頭を下げ、今回の事をお願いする。

屋敷の中で一番迷惑をかけるであろう相手の二人に。

そうして顔を上げると、虎少年が複眼の真正面に移動していた。

複眼は少し驚いて一歩下がるが、その一歩を詰めて更に複眼の手を取る虎少年。


「絶対に、貴女にとって不幸な結果にはしないと約束します」


そう言うと、グイッと引き寄せて複眼を抱き締めた。

複眼の方が背が高いので包み込むようには出来ず、格好をつけ切れてはいない。

それでも、虎少年の本気の想いと優しさに、複眼は胸がいっぱいになっていた。

目の前の子供にではなく、自分を優しく抱きしめてくれる男性に。


複眼は恋人のふりをする相手であって、本当の恋人ではない。

虎少年の想いが誰に向いているかなんて、今更問うまでもない。

それでもこの子は、自分の為に本気で恋人をやろうとしている。

その思いが抱きしめて来る腕から伝わって来る様で、自然と複眼は抱きしめ返していた。


「うん・・・ありがとう」


きっと他にも言うべき事と見せるべき対応は有ったのかもしれない。

けど、それでも、その言葉と行動が、複眼にとって素直な気持ちだった。









因みにその頃の少年。


「最近影が薄い気がする・・・」


虎少年が来てからこっち、少年は何となく屋敷内での自分の影が更に薄くなったような気がして、溜め息を吐きながらそんな事を呟いていた。

残念ながらおそらく間違いないだろう。

地味に優秀がゆえに目立った失敗が無く、少女が絡まないと基本的にミスをしないのだ。

優秀が故に影が薄いとは皮肉な物である。


ただ実を言うと、少年は虎少年本人に色々と事情を話されている数少ない人間だったりする。

男と女の信頼も有り、使用人達も子供扱いはするものの一人前としての扱いだ。

居ても居なくても良い影の薄さ、ではなく、居るのが当然である影の薄さ。

本人は余り自覚が無いが、少女とは別ベクトルで屋敷の重要人物になりつつあるのであった。

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