皆の準備。

「今空港を出たそうです」


イラッとした声音で複眼が皆に告げ、屋敷の住人全員が頷いて応えていた。

普段は余りこういう事に絡まなそうな老爺も混ざっており、本当に全員揃っている。

少女は解っているのか解っていないのか若干不安だが、フンスフンスと気合だけは入っている。

流石にそこまで気合いを入れる必要は無いのではと思う複眼では有ったが、皆の気持ちを好意として受け止めておく事にした様だ。


「今空港なら、到着は昼頃になるのかな・・・うん、十分時間あるね」

「ふふっ、最近使い所の無かった技術を見せてあげるわ」


したのだが、彼女と羊角の発言により物凄く不安が押し寄せて来た。

二人とも怪しげににやりと笑うと、手をわきわきさせながら複眼に歩を詰めていく。

何をするつもりだこいつらと思いながら一歩下がる複眼だったが、単眼にガッと掴まれて持ち上げられてしまった。


「え、な、何、何する気?」

「これから親御さんに恋人会わせるんでしょ。なら普段通りの使用人服は無いよね。着飾ってお化粧して、ちゃーんと可愛い恋人しないと。普段のパンツ姿も駄目だよ?」

「は、ちょ、まっ、ふざけた事言って―――――」


そしてそのまま単眼に抱えられ、使用人四人はその場を去って行ってしまう。

放せえええ!という、複眼にしては珍しい叫び声が響いていたが、誰も助ける暇はなかった。

というか、助ける気がなかった。何せ最初から複眼以外は知っているので。


「なんか、流石に悪い事した気分になるな、あそこまで嫌がられると」

「あ、あはは」


提案したのは使用人達ではあるが、男と虎少年も乗り気でOKしていた。

ただ流石にあそこまで嫌がるとは思わず、少々気まずい顔をしている。


「あの娘は直前にやらなければ化粧を落とすでしょうし、服装も着飾る事は拒否するでしょう。多少無理矢理でもこれが正解です。では、私は彼女の代わりに台所にこもりますので」


だが女は揺ぎ無い様子でそう口にして、自身もその場を離れてゆく。

今日は台所の主が不在なので、代わりに彼女が腕を振るう気なのだ。

既に仕込みの類は済ませており、複眼は昨日から台所に入る事を許されていない。


「では、私は庭木の手入れを適当にしていましょうかねぇ」


老爺は何を考えているのか窺い知れない様子で、だけど何時もの緩やかな笑顔で庭へ向かった。

いの一番に客人を見る位置に陣取る為に。


「じゃあ俺達も着替えて来るか。あのスーツ成金じみてて嫌いなんだよなぁ・・・」

「あはは、解ります。物は良いんですけど、お金着て歩いてる気分ですよね」


そして男と虎少年も、複眼の用意が終わる前に着替えに部屋に戻って行く。

男はこういう時の為に用意してあるブランドスーツに着替えに、虎少年も同じくこの為に取り寄せたスーツに着替える為に。

先の言動から緩い様に見えはするが、二人とも既に気合いが入っている。









皆がそれぞれやる事を決め、それぞれ動き出した。

そんな中、少女はキョロキョロと周囲を見回して、あれ?と首を傾げている。

両手の指を合わせてムニムニしながら、何かがおかしいなと体ごと傾けて。

少女は今更気が付いたのだ。自分のやる事がこれといってない事に。


はわわと慌てだす少女であるが、慌てた所でどうしようもない。

今から急に何か出来る事を思いつけるはずもなく、なので同じく移動を始めない少年に縋るような視線を向けた。

少年は上目使いで見つめられた為に一瞬ドキッとするが、心を落ち着けてから口を開く。


「僕達は何時も通りにしていましょう。無理に何かする必要は無いですよ」


少年の比較的落ち着いた言葉に頷きつつも、ちょこっとだけショボーンとする少女。

自分も何かしたかったなぁと思い、だけどすぐに顔を上げてフンスと気合を入れた。

こうなったら皆が自由に動けるように、普段のお仕事は自分が全部やろうと

皆が複眼と、そして今回の事に集中できるように。


「あ、あの、そんなに気合いを入れない方が、多分良いと思うんですけど・・・あ、ま、待って下さい! ちょ、本気で走られると追いつけないから!」


少年の小さな提案は残念ながら少女の耳には届いていなかった。

少女は思いついたら即行動とパタパタと走り出し、少年は慌てて追いかけてゆく。

実はこうなる事を予測していた男が少年を少女に付けていたのだが、大正解だった様である。

こうしてまたいつも通り、相変わらず役得なのか何なのか良く解らない仕事をさせられる少年であった。




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少女、角の力開放時のラフイラスト。

https://twitter.com/kskq89466/status/1092817067034591233

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