心の形。
少年は最近、自分の胸の気持ちに向き合い始めていた。
元々自分が女性に対して免疫が無い、という事は本人も自覚している。
だからこそ少年は、余りにも懐への踏み込みの早い少女に戸惑っていた。
最初はただ単に、あの距離感の近さに慣れていないのだと、そう思っていたのだ。
実際慣れていない事は間違いないし、他の女性陣に同じ事をされても戸惑うだろう。
だがその上で少年は少女に対し、他とは少し違う感情を持つ事を自覚し始めている。
大きなきっかけは、虎少年が来た事で間違いない。
少女が虎少年に向ける笑顔や、虎少年が少女に向ける感情。
そして何よりもストレートな、少女を引き取りたいという言葉と意思。
少年はそれらを見て聞いて、確かな焦りを胸の内に感じていた。
『彼に、取られるのでは』
別に少女が自分の物などと思った事はない。そんな失礼な事は考えた事は無い。
だけど、そう思ってしまったのだ。
連れて行かれてしまうと。取られてしまうと。
少年の中に言いようのない焦りが生まれてしまったのだ。
そこからの少年は自分でも驚くぐらい、制御出来ない感情のままに動いている。
少女との距離をもっと近付けようと、自分をもっと少女に認識して貰おうとしている。
相変わらず余り距離を近づけすぎると上手く話せない。
だけどそれは嫌な物ではなく、だからこそ余計に自分は動けなくなる。
上手く出来ないと解っている。近づきたくても近づききれないと解っている。
自分の行動が、自分で良く解っていない事も、良く解っている。
解っていても少年は、行動しなければいけない様な焦りに突き動かされている。
そんな毎日を過ごして暫く、少年はこの胸に有るものが、恋心なのではと認識し始めていた。
「だからって、どうなる訳じゃないけど」
独り言を呟きながら、ボスンとベットに倒れる少年。
たとえ自分のこの気持ちが恋心だったとして、だからどうするというのだと。
少なくとも特別な何かを感じている事は間違いなくとも、未だ『なのでは』程度の認識だ。
今自分が感じている物を態々言葉にするなら、きっとそうなのだろうなというだけ。
何よりも問題なのは、だから自分がどうしたいんだという事だ。
少年は自分の気持ちを多少自覚はしたが、その先の事は何も頭に無い。
勿論少女が居なくなる事は嫌だ、という感情は確かに有る。けど、それだけ。
少女が屋敷で笑っていれば、それで良いと思う自分が居るのも確かなのだ。
「彼女が笑っていれば、幸せそうなら・・・それで良い、んだよな」
屋敷で過ごしていれば、当然少女とよく顔を合わせる。
一緒に居る時間を作ろうとせずとも、同じ空間で仕事をしている以上当たり前の事。
そしてその最中にふと見かける少女の笑顔。
思わず見ほれる時が有る自分を自覚しつつ、あの笑顔を見ると素直に感じる物が有る。
あの笑顔が誰に向いていようと構わない。笑顔であってくれる事が嬉しいと。
おそらくそれは少女の過去を多少なりとも聞いた事が原因なのかもしれない。
それに少年の胸に一番に願う気持ちは、自分の傍に居て欲しいと願う物ではない。
ただ少女が幸せに、笑顔であって欲しいと、そんな気持ちの方が強くあった。
それは一般的な認識としての「恋心」とは違うのではないかと、少年は思っている。
「あー・・・頭痛くなってきた」
普通なら素直に好きだと、恋だと、そう感じても不思議ではない。
けど少年は年齢にしてはなまじ頭も良く理性も強い。
それ故に自分の感情から来るものを冷静に分析し、これは本当にそういう感情なのかと頭を抱える結果になっている。
「可愛いは・・・当然可愛いと思ってるけど・・・はぁ・・・」
少年は端末に写る満面の笑みで笑う少女の写真を見ながら、訳の解らない自分自身に大きな溜め息吐くのであった。
笑顔であれば良いという気持ちの出どころが、少女の笑顔を「見られるから」という事には未だ気が付かずに。
だが少年の心を他人がはっきりと名づけるのは、きっと無粋な事なのだろう。
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