次の約束。

皆が食堂で楽しくワイワイとやっている間、少年は別の場所に居た。

正確に言うならば最初は皆と共に居たのだが、暫くしてからその場を離れた様だ。

少年は手に持った端末に何かを打ちこみ、何処かにデータを送信している。

送信し終わり相手に届いたのを確認すると、少年は大きく溜め息を吐いて蹲った。


「・・・はぁ」


少年は少女が元気に過ごし始めてから、この屋敷にやって来た。

だから少女の最初の頃の様子など知らなかったし、買われてすぐの事など当然知らない。

過去に多少写真を見せて貰った事も有ったが、それも最初期の頃の物では無かった。

けど、今日見てしまった。屋敷に来たばかりの、不安でしょうがなさそうな少女の顔を。


少年は見ただけで解ってしまうのだ。奴隷商の下で少女が良い扱いをけていなかった事が。

明らかに細い腕。髪で誤魔化していても解る肉のついていない頬。

何よりも、今の無邪気で全てを信じる様な目とはかけ離れた、全てに怯える目。

あの目を見てしまった少年は胸を締め付けられるような気持になり、食堂にそのまま居られなくなってしまったのだ。


「っと、反応早い」


蹲って溜め息を吐いていた少年だが、手に持つ端末に着信が入り顔を上げる。

画面を見ると、その相手は虎少年。ただこれは、虎少年にしてみれば返事をする為の連絡だ。

なにせ先程少年が連絡を取った相手が、今端末を鳴らしている虎少年なのだから。

少年は端末を操作し、虎少年との通話を繋げる。


「どうも・・・見ましたか?」

『うん、見たよ。ありがとう、見せてくれて。知れて・・・良かった』

「それは、同じ気持ちかもしれません。僕も、知りませんでしたので」

『そうなんだ』

「はい・・・僕がこの屋敷に来たのは、彼女より後でしたので」

『・・・そっか』


少年達はお互いに声が重い。それはお互いに、自分の思っている事が理解出来る故でも有る。

二人は幸せな少女の様子しか知らなかった。虎少年は当然だが、少年も知らなかったのだ。

当然二人は馬鹿じゃない。奴隷商で長く居たという時点で、ある程度は理解している。


だけど、それでも、少女のあの様子から読み取れるものが有るのだ。

きっと少女は、本来受けるべき権利を受け取れていない。

奴隷商の所に長く居たのだとしても、そこの居る間の当然の権利を享受出来ていなのだと。

もしきちんと奴隷として扱われていたならば、政府の管理が行き届いていたならば、少女があんなに怯える筈はないのだ。


『この頃に会えていれば、すぐにでも引き取ったのに・・・いや、違うな。少しでも早く引き取られて、今の様に笑える様になった事を喜ぶべきか』

「ええ、僕も、そう思います」


虎少年は一度は納得した後悔を思い出す様に呟くが、それは駄目だと思い直す。

その考えをする事は、今の少女の笑顔を否定する事になる。

少女は男に買われ、ここで皆と過ごし、そのおかげで無垢な笑顔を見せる様になった。

そこに『もしも』は無い。要らない。屋敷の住人達だからこその笑顔なのだと。


少年も虎少年の気持ちを察し、多くは語らずに頷いた。

当然思う所は有るし、痛ましい気持ちも有る。

けどそれを今表に出して、少女に同情を向けるのは違うと感じているからだ。


自分が知っている少女は、既に笑顔で可愛い少女。

そんな少女との時間を過ごして来たのだから。

今更知らない時の痛ましい事の少女を知ったからと知って、態度を変えるのは違うんだと。

少年はその想いは有るが、だけどそれでも表情を保てずに食堂から出て来たのだ。


『あ』

「へ?」


少年が拳を握り締めながら自分を納得させていると、虎少年が何か気が付いた様に声を上げる。

それで顔を上げると、端末に映った虎少年が少年の後ろをちょいちょと指さしていた。

何かと思い振り向くと、少年の背中からの端末を覗き込む少女の姿が。


「ひゃはわ!?」

『おお!? だ、大丈夫!?』


少年は驚いてすっころび、端末先の映像がぶれた事とこけた音で虎少年も驚いてしまう。

少女もビクッと驚いてしまうが、しょうがないなぁいう様子で、ちょっと嬉しそうに少年の手を取って起こしてあげていた。

少し先輩面出来た事が嬉しいらしい。ムフーととても満足気だ。


「す、すみません。ありがとうございます。大丈夫です」

『そ、そっか、怪我がないなら良かった』


少年は心配をかけた事と起こしてくれた事に応えて起き上がると、また少女は端末を覗き込む。

そして映っているのが虎少年だと確認し、嬉しそうにぶんぶんと手を振った。

虎少年も笑顔で手を振って応えると、少女は尚の事嬉しそうにニコーッと笑う。


『うん、やっぱり君は笑顔が良いね・・・あ、いや、ごめん。何でも無いんだ。そうだ、ついでの報告になってしまうけど、そう遠くない内にまた会いに行けそうなんだ』


思わず呟いた言葉に少女がキョトンとした顔で首を傾げ、そこで失敗したと慌てて謝る虎少年。

だがそれを誤魔化す様に来訪の旨を告げた事で、少女はパアッと笑顔になった。

次に会えるのはもっと先だと思っていたので、わーいわーいと飛び跳ねて喜ぶ少女。

それを見た虎少年はとても優しい笑みを向け、隣に居る少年はとても複雑な気分であった。







その後少女はその事を男と女に報告に行くが、実は先に二人には連絡が行っている。

家主はこちらなのだから当然なのだが、少女はちょっと残念な様子であった。

自分が一番に教えて貰ったと思っていたらしい。

でも嬉しいのは嬉しいので、楽しみな気持ちが腕から漏れ出てピコピコ動いていた。


「随分嬉しそうだねぇ・・・あの虎っ子とうちの執事見習い、どっちがくっつくと思う?」

「さあ。私としてはあの子を幸せにしてくれるならばどちらでも。ただ嫁にはやりませんが」

「うわー、嫌われるタイプの姑で母親だー。年増はこれだから考え方が固いんだよ」

「何ですか、娘に甘くて最終的に嫌がられるタイプの父親。そういえば思考と同じだけ腹もだるんだるんになりつつありますよね」

「「・・・あ?」」


一瞬の睨み合いの後に交差する拳と、男の部屋に炸裂する打撃音。

女の拳は綺麗に男に突き刺さり、男の拳は完全に空を切っている。

男はそのままずるずると崩れ落ち、今日も今日とて女の大勝利で終わったのであった。


「誰に何を言われようと、絶対に嫁にはやりませんよ」


拳を掲げながら宣言する女。どうやら先程の言葉はかなりマジな様である。

女も羊角の事を大概言えない気がするのは気のせいではないだろう。

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