頼み。

『やあ、変わりない?』


正面に有るタブレット端末から聞こえてきたその声に、嬉しそうな顔でコクコクと頷く少女。

そして元気だよーと見せる様に、両腕をバーッと開く。

ハグを待ち構えている様子にも見えて微笑ましく、傍に居る者達も笑顔になっている。


『あははっ、変わり無さそうで良かった』


端末からとても安心したと解る声音が帰って来たので、えへへーと笑顔で返す少女。

屋敷のどの人間に対する態度とも違い、少し照れが入っている様に見える。

それも全て、少女の目の前に置いてある端末に写る人物が要因だ。


「トラちゃんも元気そうじゃん」

『ええ、おかげさまで。心配事も消えて平和に暮らしてますよ』


彼女が付けたあだ名で話しかけた事から察せられると思うが、端末に写る人物は虎少年だ。

相変わらず何処か猫の様な雰囲気のままの、可愛らしい様子の虎少年。

今は虎顔でも解る程の笑顔なせいか、余計に年齢が低く見える。

実は虎少年は、屋敷の者達に連絡先を渡していたのだ。


「今は本当に良い時代だよねぇ。こうやってよその国に居てもフツーに顔見て話せるんだから」

『皆さんの頃は違ったんですか?』

「・・・この発言、凄い世代差を感じる」


単眼は何気なく呟いた言葉だったのだが、返された言葉に少しへこんでしまった。

何だか少し、自分がとっても老けたような気分になってしまった様だ

とはいえ単眼は別にそこまで老けている訳でもなく、育った環境の理由もある。

今住んでいる土地よりも電子文化が少なめな土地で幼少期を過ごした為、今の様なネット環境はそこそこ年を取ってから触れたせいもあったりするのだ。


とはいえそれでもやはり年齢の差は、それだけ常識の差にもなる。

今の環境を幼少期から当然としている虎少年の言葉は、実は単眼以外にも少し刺さっていた。

少なくとも複眼と羊角は「今の子ってそういうの自体知らないのかぁ」と感じている。


しょぼんと頭を下げる単眼に元気を出して貰おうと、少女は単眼の膝を優しく撫でる。

本当は頭を撫でてあげたかったのだが、一瞬手を伸ばして届かない事にハッと気が付き、そのまま膝に降ろしたらしい。

そのおかげで単眼はすぐに気を取り直し、少女を膝に乗せてえへへーと笑い合っている。

少女は自分を抱える単眼の手をナデナデし続けているので、むしろご機嫌になっている様だ。


「昔は国外との連絡には結構お金がかかったのよ。国際電話なんてこんなにのんびり話してたら目が飛び出る様な額だもの。まあ長電話だと、国内も同じかもしれないけどね」

『ああ、でも国際電話は今でも同じじゃないですか?』

「うん、だからそうしなくても、こうやってネットで普通に話せるの凄いなって話なのよ。昔はネット回線も普通に電話回線と一緒だったのよ?」

『へぇ・・・』


羊角が単眼の代わりに説明すると、虎少年は興味深そうに声を漏らす。

とはいえ今の説明では省いたが、羊角達は別に電話線時代の人間ではない。

丁度別回線でのネット普及が急激に上がり始めた世代の子供なので、単眼とは少し事情が違う。

でも今それを言うと、単眼がまたにへこむと思い口にしなかった様だ。


「・・・私、もうおばちゃんなのかなぁ」

「いやー、まあ、おばちゃんでしょ、あたし達皆、若い子からしたら」

「そうね、それは否定のしようがないわ。全員もう30前後なんだし」

「うっ・・・そ、それはそうなんだけど・・・」


ふと年齢の事を少し悲し気に呟く単眼であったが、彼女と複眼は特に気にした様子は無い。

という事も無く、少々不服感はやはりある様だ。

実際にもし誰かにおばちゃんと言われれば、少なくとも彼女イラッとする事だろう。

大体普段少女に接する時に「おねーさん」と言うのだから、おばちゃんと自称したくはないに決まっている。


「私は17さいですぅー。あはっ♪」

「え、何、頭の角もいで欲しいって?」

「私のこぎり取って来ようか」

「流石に痛い」

「ちょっと反応が厳し過ぎない!? 良くある冗談でしょ!?」


羊角がふざけてウインクしながらがっつり年齢にサバを読むと、彼女と複眼が少しイラッとした様子で角をガッと掴んだ。

単眼すら冷たいを向けており、少女は突然の事にオロオロしている。


「というか、貴女は偶に似た様な事言うのに何で怒るのよぉ」

「いや、なんか、あんたが言うと、凄くイラッとする」

「理不尽! それは流石に酷くないかしら!?」


羊角は口を尖らせて抗議するが、彼女は理屈じゃないんだよという感じで応えた。

彼女も似た様な事を確かに口にするが、普段の態度のせいか許される傾向が有る。

そして羊角は一応見た目は色香の有るお姉さんなので、明らかに狙ってる感じの雰囲気が皆かんに触ったらしい。


『あはは、相変わらず仲が良いなぁ』

「これ見て仲が良いって言うのもどうなんでしょう・・・いや、仲が良いからなのかな」


虎少年はギャーギャーとじゃれついている使用人達を見て楽しそうに笑う。

少女がワタワタしているのも見えているが、それを含めて仲が良さそうだと感じている様だ。

ただそれを聞いた少年は、何とも言えない表情で眺めているのだが。


『君も、元気そうだね』

「ええ、特に変わりは有りません」

『そっか・・・僕はこうやって話せても、話せるだけだ。だから、頼むね』

「・・・はい」


虎少年の頼みの言葉を聞き、少年は胸の内では色々と返したい言葉が有った。

けど画面に映る寂しげな様子と、余りにも解り易い声音に、ただ応えるだけしか出来なかった。


虎少年がどれだけ少女の事を想っていても、傍に居る事は出来ない。手助けする事は出来ない。

何か事情が変われば別だろうが、少なくとも今の虎少年にはそれが出来ないから自国に帰った。

そして何よりも自分は、彼にその事をはっきりと突き付けた人間なのだからと。


『あはは、ごめんね、ちょっと我が儘だね。自分が出来ないだけだっていうのに』

「いえ・・・任せて下さい」

『・・・うん、ありがとう』


画面越しに顔を合わせる二人には、確かな友情が見えた。

それは少女が居る事が前提では有りはしたが、それでも少年達の想いは通じている。

あの子の笑顔を、健やかに生きられる場所を守ってあげたいと。



当の少女は少年達のそんな思いは知る由もなく、ワタワタと皆の機嫌を収めようと足元をチョロチョロしているのであった。

羊角が天使の言う事をきかない訳が無いので、当然問題無く収まった訳だが。

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