使用人達の過去。
「私達の昔の話?」
複眼の怪訝そうな顔と共に出た言葉に、興味津々な様子でコクコクと頷く少女。
今は休憩でお茶の時間であり、女以外の使用人達は全員のんびりとしている。
他の使用人を抱える様な家がどうかは知らないが、この屋敷では何時もの事である。
その最中に少女がふと、皆に屋敷に来る前は何をしていたのかと訊ねたのだ。
ただしふと思いついたというには、少しばかり会話のタイミングがおかしい気がした。
普段なら少女はお茶の用意をして、席について、一口飲んでほへっと一息吐く。
それから皆が話すのを聞きながら、興味が出来た事に訊ねる。
基本的にそのパターンで少女は会話に混ざるのだが、今日の少女は少し違った。
席に着くなり真っ先に質問を口にしたのだ。
「何でそんな事を・・・って、まあ、解り切ってるか」
複眼は質問の理由を尋ね返そうとしたが、少女の視線ですぐに気が付いた。
これで良いよね? という様にチラチラと彼女に視線を向けているのだ。
完全に仕込みがバレバレである。
「うん、まあ、角っこちゃんには無理だって知ってた」
彼女の言葉にガーンとショックを受ける少女。自分ではちゃんと出来ていたつもりだった様だ。
み~と落ち込む声を漏らしながら、誤魔化す様にお茶をちみちみと口に含んでいる。
ナチュラルに膝に乗せている単眼が頭を撫でると、すぐにニパーっと笑顔に戻るのだが。
「何よ、今更何が聞きたいっての?」
「いや、今更っていうか、あたし達お互いの昔の話殆ど知らないじゃん」
「まあ、語る様な事でもないし。語る事もないもの」
「それは解らなくは無いんだけどさー、あたしだけ色々ばれてるって不公平じゃないー?」
「別にそれは態々聞いた訳じゃ無いし・・・そもそもアンタがちみっこに話したからじゃない」
「ぶーぶー、狡い狡いー」
「子供か」
つまりはそういう事だ。
彼女は少女を助けた件から、色々と過去の事がばれてしまっている。
元々はこういう性格ではなかった事も、もっと危険な生活をしていた事も。
本人的には語らなくて良いなら隠し通すつもりだった事が全てばれてしまった。
勿論銃の扱いが上手い、と言う事に関しては別に隠す気は無い。
世の中何が起こるか解らない物だし、荒事の時に躊躇する気も毛頭ない。
ただあの時の、少女を想って怒った時の自分は、余り好きではないのだ。
勿論少女の為の怒った事に後悔は無いし、少女の事は好きだから怒るのは当然だと思っている。
けどそれでも、もう少し昔の自分じゃない、今の自分に合う怒り方をしたかったのだ。
結果として少女の優しさに助けられたが、それでも彼女は昔の自分を見せてしまった事が今だ恥ずかしいらしい。
なので少しぐらい皆の恥ずかしい話を聞き出してやろうと考え、勿論その事は伏せた上で少女に「皆の昔の話興味ない?」と持ち掛けたのだ。
「前にも言った気がするけど、私は本当に特に語る事なんて無いんだけど」
「猟銃ナチュラルに使える人が語る事無いとか、あたし信じないからね! つーかアンタ射撃場に行った時、ライフルもマシンガンも組み立てたじゃん! あれ素人の動きじゃなかったし!」
「・・・ちょっと、色々経験があるだけ」
「その色々を聞きたいのー!」
「・・・はぁ」
彼女が本気で食い下がって来る事に溜め息を吐きつつ、複眼はとりあえずお茶を一杯口に含む。
そうしてちらっと少女の目を向けると、同じ様にキラキラした瞳で見つめていた。
羊角と単眼はといえば、仕方ないかなーという感じの表情で居る事にも気が付く。
これはもう話す空気だなと感じた複眼は、別に必死に隠す事でも無いし良いかと諦めた。
「大した事じゃないけど、単に従軍経験が有るってだけの話。猟銃は実家がそういう環境だったってだけよ。普通に狩りもする家ってだけ。料理は純粋に趣味」
「ああ、成程、だからあんた体術も使えるんだ」
「そういう事。でも大分鈍ってるけどね。銃使って狩りに行く事も余り無いし」
「でも今でも腹筋凄いよね、あんた」
「触んな。撫でるな」
なるほどーと合点がいった様子で複眼の腹を触る彼女。
ただ口で言っても触るのを止めない様子を見て、複眼はベチンと良い音を立てて手を払う。
かなりいい音が響いたので、少女はちょっとビクッとしてしまった。
「いった・・・暴力はんたーい」
「アンタは言っても止めないでしょうが」
「酷いよねー角っこちゃん。痛いから撫でてー」
「話聞きなさいよ・・・」
彼女が差し出して来た手を見て、結構赤くなっている事にワタワタする少女。
そして優しく彼女の手を持つと、痛いよねーと気遣う様になでなでしはじめた。
羊角はその様子を心底羨ましそうにガン見している。
「私も撫でられたいので叩いて」
「本格的に気持ち悪いから嫌」
複眼に手を出してお願いする羊角だったが、絶対零度の冷たさで断られた。当然だろう。
断られて渋々手を引っ込める羊角を見て単眼は苦笑している。
「で、私話したし、そっちの二人は?」
「んー・・・私は昔の話したら、多分引くよー?」
「大丈夫。もう引いてるから」
「酷いなぁ・・・でもこれ冗談じゃないよ?」
自分は話したのだからと、残りの二人にも話を振る複眼
だが羊角は少し躊躇う様に、いつもの様な緩やかな様子も少女を見つめる雰囲気も無く、少し影を落とす様子になっている。
「そうねぇ・・・詳しい事は避けるけど・・・夜のお仕事、してたのよねぇ」
「え、それは、バー的な?」
「いいえー、お風呂的なものねー」
「あー・・・成程」
羊角の色々誤魔化した発言に彼女が詳しく問うと、解る人には解る答えが返って来た。
曖昧に答えた理由は勿論少女がここに居るからだ。
少女に詳しく聞かせる話でもないだろうと、大人には解る言葉で終わらせた。
勿論少女は良く解らず、みるからに顔にハテナが浮かんでいる。
ただ少女の中では今の話は、お風呂屋さんの何が駄目なんだろうという疑問になっている様だ。
なのでもうちょっと詳しく教えてほしいなー、という気持ちで羊角を見つめている。
「天使ちゃんの気持ちには応えてあげたいんだど、これはまたもう少し大きくなってからね?」
羊角が優しい笑顔でそう言うと、じゃあしょうがないかと素直に頷く少女。
ただその際、彼女は少し気まずそうに顔を逸らしていた。
何故なら既にその手の知識を教えており、多分もう少し詳しく言えば少女は理解するからだ。
「じゃ、じゃあ、最後に締めをお願いします」
「え、あ、うん。良いけど・・・でも私は本当に何も無いんだけどなぁ、困ったなぁ」
彼女はこれ以上話を停滞させては不味いと、単眼に話を促す。
その時点で複眼はピンと来ていたが、面倒臭そうなので黙っておいた。
羊角は「約束ねー」と、どさくさに少女の手を握って話しているので気が付いていなかったが。
「私は皆みたいな経験とかなくて、普通に育って、普通に勉強して、流れでここに就職した感じだから・・・勿論別の仕事もしてみたけど、合う仕事って少なかったから」
「そう? 貴女なら力仕事は任されそうだと思うけど。事実ここでもそうだし」
「いや、まあ、うん・・・そうなんだけど」
単眼は複眼の問いに否定はしなかったが、恥ずかしそうに口をもごもごさせ始めた。
少女は大丈夫?と俯く単眼に向けて手を伸ばし、気が付いた単眼はその中に顔を持っていく。
そしてにへーっと笑い合い、そのせいで手を離された羊角は少し悔しそうに撮影していた。
「まあ、その、可愛い服でのお仕事憧れてたんだけど、出来なくてさ・・・街中に出ると私って珍しいし、私の種族ってあんまり都会で暮らす方じゃないから」
「ああ成程。確かに可愛い服とかは難しいでしょうね。その服もオーダーメイドだし」
「そ、そうなの。制服とかも基本私のサイズが無いから、どうしてもそうなっちゃうし、だから裏方に回されたり、結局力仕事させられたり・・・」
「だからってここの使用人服が可愛いか、っていうのも私には疑問だけど」
「そうかな? 私は可愛いと思うけど。それに職場としても良い所だと思うし」
複眼の言葉に応えながら、少女と一緒に「ねー?」と首を傾げる単眼。
ただ少女も使用人服は気に入ってはいるが、それは女の手で手直しされたというのも理由だ。
「良かったねー、角っこちゃん。色々聞けて」
「・・・うん、なんかもう面倒臭いからそれで良いわ」
あくまで少女が聞けたという事にする彼女の言葉に、複眼は最早何も言う気が起きなかった。
ただ少女も興味自体は有ったので、皆の事が少し知れて嬉しい様だ。
複眼は少女が楽しいならまあ良いかと、取り敢えずそれで納得するのであった。
「あれ、おかしいな。全然痛くない」
休憩が終わり仕事に戻った後、彼女は手の甲を見てふと気が付いた。
結構強めに叩かれたはずの手が全然痛くない事に。
赤くなっていた筈の手は、どう見ても綺麗な色に戻っている。
「あの感じならもう少しジンジンしててもおかしくないのに・・・ま、いっか」
彼女は少し疑問には思ったが、そこまで気にする必要も無いだろうと仕事に戻るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます