奮戦。
それは、運が悪かった、と言うしかなかったのだろう。
ほんの少しのすれ違いさえあれば、きっとその事態は起こらなかった。
だが起こってしまった。残念な事に起こってしまったのだ。
「見つけた」
そう小さく呟き、空から屋敷の庭に急降下する男性が居た。
のんびりと日向ぼっこをする為に、猫を抱えながら庭に出た少女の前に男性は降り立つ。
男性は遥かな上空から急降下して来たにも関わらず音もなく着地し、目の前で起きた複数の異常な出来事に少女は驚き固まってしまっている様だ。
男性の背中には蝙蝠のような羽が有り、少女をじっと見据えている。
それはずっと少女を捜していた蝙蝠男であり、とうとう少女を見つけてしまったのだ。
後少し蝙蝠男が現れるのが早ければ、他所に降り立ち見つけられなかった可能性が有った。
もしくは少女が屋敷から出て来るのがもう少し遅ければ見付けられなかったかもしれない。
そんな後少し、ほんの少しの差だが、だが今となってはどうしようもない間の悪さ。
蝙蝠男は少女を見つけ、庭に降り立ってしまった事は最早変えようがない。
「・・・間違いない、お前だ」
蝙蝠男は記憶との照合を済ませ、少女へと歩み寄って来る。
少女はそれに怯えて一瞬後ずさるが、けど何故か蝙蝠男の目を見て怖さが消えた。
その目からは害意らしい物を感じず、何かに縋るような気配を感じたからだ。
だが少女の胸元の猫はそうではなかった。
良く解らない存在に震えながら、怯えながら、それでもぶなー!と威嚇をしている。
全身で震えているので全く迫力は無いが、それが余計に猫の必死さを感じ取らせていた。
猫は自分が無力なのは解っているが、それでも懸命に少女に近付けまいとしている。
「・・・お前に用は無い」
蝙蝠男はいつの間にか目の前まで辿り着いており、少女はその事に気が付けなかった。
いや、近づく動作が認識できなかった。何故か気が付いたら目の前に居たのだ。
先程迄それなりに離れていた筈なのに、走った気配もなかったのに、もう手の届く距離にいる。
そしてその手が少女ではなく、何故か猫に伸びようとしていた。
少女は猫を守る為にキュッと抱え込み、身を丸めて自分を盾にしようとする。
蝙蝠男の考えが解らない以上、猫を守る為にはそれしかないと思ったらしい。
そんな少女に蝙蝠男は手を止め――――次の瞬間打撃音と呻き声が響く。
「ぐっ!」
蝙蝠男の苦しそうな声と、ゴロゴロと何かが転がるような音。
そして誰かが傍に立つ気配を感じ、少女は顔を上げてぱあっと顔を輝かせた。
「・・・貴様、この娘に何をするつもりだ!」
少女の視線の先に有ったのは、蝙蝠男に飛び蹴りを食らわせて、守る様に立つ女の背中だった。
武術の構えを取り、何時にない威圧感を放っている。
そんな女を警戒する様子も無く、のっそりと立ち上がって土を払う蝙蝠男。
少女は見ていなかったが、女の蹴りは男に直撃していた。
完全な不意打ちで急所に叩き込み、本来なら起き上がれるはずがない体重の乗った一撃。
人間の全体重が乗った蹴りを急所に受けて起き上がる男に、女は最大限の警戒をみせていた。
「―――邪魔だ」
また先程の様な、まるで時間が飛んだかと思う程に一瞬で距離を詰める蝙蝠男。
そしてそこから放たれる拳に女は対応しようとしていたが、速過ぎて反応しきれていない。
だが拳が女の腹を捉えようという瞬間、パンと乾いた音が鳴り蝙蝠男の体をブレさせた。
蝙蝠男は驚き動きを止め、その原因に視線を向ける。
そこには屋敷の窓から銃を構える彼女と、その隣で大型ライフルを構える複眼の姿があった。
「先輩、伏せて!」
窓から大声で叫ぶ彼女の声に、女は少女を抱えてその場から飛びのいた。
それと同時に経口の大きい銃弾の音が鳴り響き、その音と共に男が吹き飛んでいく。
放たれた銃弾は男の肩に当たり、衝撃に負けて転がって行った様だ。
「シャア、直撃ぃ! 良い腕してんね!」
「あー、緊張した・・・!」
良い笑顔でぐっと親指を立て複眼に賛辞を送る彼女。
複眼はじっとりと嫌な汗をかきながら、ふーっと息を吐いている。
傍に女と少女が居る事で、かなりの緊張感を持ちながら放った一発だった様だ。
猪の時と違い距離も離れ気味で角度も悪かったので、尚の事緊張感が増していたのだろう。
「―――まって、おかしい」
「へ?」
複眼は息を吐いた後庭を見て、異様な光景に気が付く。
そしてそれは当然女も気が付いており、最大の警戒を持って蝙蝠男を見つめていた。
蝙蝠男は二発の銃弾に晒されたはずだ。それも片方は大口径のライフル銃。
だというのに、庭の何処にも、血が飛び散っていない。明らかに異常な光景。
「ぐぅ、つう・・・!」
だがそれでも多少痛む様子を見せながら蝙蝠男は立ち上がると、視線を彼女達に向ける。
その目は確かな怒りを孕んでおり、距離が離れているにも拘らず何故か二人は悪寒を感じた。
蝙蝠男は二人に向けて手を翳し、ゆっくりと口を開く。
「お前らは邪魔だ」
「まずっ!」
「きゃあ!」
先に反応したのは彼女であり、複眼は押し倒される形で飛び退いて伏せる。
彼女の行動はただの勘でしかなかったが、その勘は正しかった。
二人が伏せた直後、先程迄立っていた周囲が重機で破壊されたかのように吹き飛んだ。
どうやったのかは解らない。だが間違いなく蝙蝠男がやったのだろう事だけは解る。
「なっ――――貴様ぁ!」
女はその瞬間、怒りで枷を解いた。角を顕現して怒りのままに力を纏う。
目の前の存在を、明らかに異常な存在を殺す為に。
どす黒い力が、異形の力が、女の体に纏わりついて行く。
「そうか、お前もなのか。なら、話は変わる」
蝙蝠男は女の角を見た瞬間、少し嬉しそうな顔をした。
だが女はそれには気が付かず、全力で踏み込んで蝙蝠男に殴りかかる。
それは明らかに人間では反応不可能な速度で、振るわれる拳は致命の一撃だっただろう。
蝙蝠男はその一撃を胸に受け、だが先程とまでと違いびくともしなかった。
「・・・残念だ。弱いな」
蝙蝠男はそう小さく呟くと、軽く片手を薙いだ。
ただそれだけで何故か女は吹き飛び地面を転がっていく。
「ぐっ!」
だが女はすぐに手で地面を叩き、体勢を立て直して殴り掛かる。
その動きは最早人間の目では捉えられる動きでは無いが、だが蝙蝠男には関係が無かった。
女の攻撃を全て躱さずに受け、平然と立っている。一撃も効いている様子は無い。
「それで全力か」
「舐めるなぁ!」
蝙蝠男は見下す様に女に問うと、女は今までで一番と言える程の一撃を放った。
その一撃は蝙蝠男に届いたらしく、ぐっと呻き声を漏らしながら後ずさる。
効いた事を確信した女は畳み込むならば今だと拳に更に力を籠め、だがその一撃は放てずに目を見開いていた。
「そうだ、それで良い、もっとだ、もっと来い」
男は笑いながら禍々しい力を、どす黒く圧力の有る何かを垂れ流しながら、額に角を顕現する。
その圧力に、そして何よりも角持つ存在という事に、女は驚きで動きを止めてしまったのだ。
「さあ、ここからが本番だぞ、女。気張らなければここに居る連中が全員死ぬぞ。俺が殺す」
「――――殺す」
だが蝙蝠男の言葉に、驚きよりも怒りが女の体を満たす。
そして人外同士の戦いが、否、殺し合いが始まった。
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