威圧感。

今更語るまでも無い事ではあるが、少女は女の事が大好きだ。

女の態度は屋敷に来た頃から余り変わっていないが、それが女の性格なのだと受け入れている。

好意を見せるのが不器用な女と、それを解っていて慕う少女。

最早屋敷の住人にとっては当然なそれは、少女にとっても当然の事だ。


だから失念していた。女の事を、最初は自分も怖がっていたと。

付き合ってみないと解らない態度がとても怖かった事を完全に忘れていた。

その結果、ちょっとした悲劇が起こってしまう。


「漏らすほど怖がらずとも良いだろうに・・・」


少し気落ちしたような声音で、今まさに漏らした猫を見て呟く女。

猫は女に見つめられ、じっと見つめられ、ぶな~と悲し気に鳴きながらお漏らしをした。

しかも少女のベッドの上なので、中々に大変な事になってしまっている。


今まで猫はトイレでちゃんとしていたので、初めてのトイレ以外での粗相だ。

女も自分を怖がったが故と理解しているので、咎める事は出来ないでいる。


因みにトイレに関しては、何故か犬がワフワフと鳴きながら誘導したら覚えていた様だ。

本当にあの犬は犬なのだろうかと、少女は少し不思議に思い始めている。

トイレの際に砂を蹴る動作はするのだが上手く動かせておらず、空を蹴っている姿は単眼のお気に入りらしい。


「・・・取り敢えずこれは私が片付けておく」


そう言って女はベッドに手を伸ばすが、猫はあからさまにワタワタと少女の下へ逃げていく。

少女は少し困りながら猫を抱き上げ、女は無表情にシーツ類を丸めて抱える。

その間の女は表情を崩す事は無く、黙々と片付けていた。


「マットレスも後で取りに来るから、そのまま置いておけ」


そう言って女は部屋から去って行き、それが余計に申し訳なく感じる少女。

女がこういう時に表情を変えないのは気を遣わせない為でもある。

その証拠に女は少女の部屋から出た後、深めの溜め息を吐いていた。

少女は当然その事を理解しているので困っている訳だ。


とはいえ猫に、あの人は怖くないんだよ、と言っても理解は出来ないだろう。

良く解らないあの威圧感は理解出来ても、優しい所は長く接さないと解らない。

そもそも本能で生きる動物にとっては、女の気配は何だか怖く感じる様だ。

犬にもその気配が多少あり、元々良い子ではあるが女の前ではもっとピシッとしている。


腕の中で怖かったと言いたげにぶなぶな鳴く猫を撫でながら少女は頭を悩ませるが、こればっかりは時間が解決するしかない事だろう。

焦って何かをしようとしても、怖い物は怖いのだから。

少女だって沢山世話を焼いて貰ってようやく慣れた事を考えると、猫にはもっと時間が要るだろう。


そもそも最初に病院に連れていかれた恐怖が有るので、余計に怖がっている所も有る。

この後も何度か病院に連れて行く予定がある事を考えると早期の解決は無理だろう。

猫にとっては病院は良く解らない事をされる怖くて嫌な所で、女はそこに毎回連れて行く人なのだから。








「まあ、仕方ない。あいつ怖いから」


その事を少女に相談され、のんびりと酷い事を言いながら猫を撫でる男。

男は猫に怖がられる事など無く、むしろ既に懐いている様だ。

明らかに解決する気が無い発言であり、少女はもにゅっとした表情で困っている。


「焦っても仕方ないって。ウチの使用人達とだって、時間をかけて仲良くなっただろ?」


少女の表情が変な感じになっている事を察し、真面な返事をする男。

けどそれは確かにと言わざるを得ない物である。

彼女とは即座に仲良くなった気もするが、あれは例外としてカウントされていた。

男がそう言うならばどうしようもないかと、少女は猫を撫でながら諦めてぽてぽてと去って行く。


「怖がるねぇ・・・まあ怖がるだろ、あいつ無駄に威圧感有るし」

「無駄に威圧感の有る女で悪かったな」


男は去って行く少女を見ながら小さく呟いたのだが、いつの間にか女が背後を取っていた。

そして男が振り向く間もなく後ろからレバーにフックを叩き込む。

腰を落としてしっかりと踏み込んだ、回転の力もきっちりと加わっている一撃。

男は声も出せずに悶絶して崩れ落ち、女はそのまま男を放置して何処かへ去って行った。


「あ、あの女、完全な八つ当たりして行きやがった・・・!」


男の言葉通り、今回は完全な八つ当たりである。

そしてどうやらいつもより効いた様で、その日の男は食事がとれない状態になるのであった。

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