泥汚れ。

ある日、犬が泥だらけになって散歩から帰って来た。

犬はショボーンとした様子であり、足運びもどこか重たげだ。

体は元の色が全く解らい程に泥まみれになっており、少女は驚いた様子で犬の傍にかけ寄る。


「あ、待って待って角っこちゃん。泥がついちゃう」


少女が犬を心配して手を伸ばそうとするが、彼女がそれを途中で制した。

それも仕方のない事で、犬の汚れは水気も含んだ泥状態になっている。

泥汚れ自体簡単に移ってしまうのに、水気が有れば尚の事だ。

それに今の少女は使用人服では無かったので、彼女は余計に気を遣ったらしい。


少女それに気が付いて足を止め、少し離れた所から心配げに犬を見つめる。

すると犬は大丈夫だよと言うかのように小さくわふっと鳴くが、やはり元気が無さげで余計に心配になってしまった。

なのでどうしたのかと問う様に視線を彼女に向ける。


「あー、この子転んじゃってね。ほら、昨日の夜雨降ってたでしょ。ぬかるんだところに足突っ込んでころーんて。すぐ起き上がれば良かったんだろうけど、焦ってじたばたしたらこの通り」


理由を聞けば何の事はない。ただちょっと転んでしまっただけである。

ぬかるんだ地面であり、柔らかい土の上だったので怪我も特にない。

だた全身泥まみれなだけで、それ以外は問題はない。


問題は無いのだが、犬にとっては大問題であった。

転んだ上に泥まみれ、という自分の状態を情けないと思っているらしい。

失態をしてしまった事に落ち込む様子は、何処か少女が落ち込む姿に似ている気配が有った。


だからだろうか。少女はどうにか犬を元気づけてあげられないかと悩み始める。

そして頭を捻り出すと、物理的に体が傾いて行く少女。

その様子に少しふふっと笑いながら彼女が口を開く。


「ま、すぐに洗ってあげるから大丈夫大丈夫。んじゃ、あんまり濡れたままだと風邪ひいちゃうし、また後でねー」


彼女は手が汚れているので頭を撫でるのを諦め、少女に手を振って横を通って行く。

だがその言葉で少女ははっとした顔を見せ、彼女の服をキュッと掴んで止めた。


「ん、どうし―――」


彼女はどうかしたのかと問おうとしたが、その表情を見てすぐに理解した。

キラキラした瞳で顔に「私が洗う」と書いているのが見えたのだ。


「角っこちゃんが洗ってあげるの? 泥だらけだから念入りにする必要が有るよ?」


彼女はクスクスと笑いながら問うと、少女はふんすと気合いを入れながらコクコクと頷く。

その気合いの入れように余計におかしくなりながらも、ならばと考えを巡らせる彼女。


「それじゃーあたしはこの子をお風呂まで連れて行くから、角っこちゃんはお風呂掃除仕様に着替えてお風呂場へ来る事!」


彼女がピシッと指を差して指示をすると、少女はハイッと手を上げて応え、パタパタと着替えに走って行く。

彼女はそれをクスクスと笑いながら見送り、言った通り犬を連れて風呂に向かう。

犬はそれにやはり少し重い足取りで、顔は常に地面を見つめながらぽてぽてと付いて行く。





犬と彼女が風呂に着くと、犬はシャワーの傍に自ら向って待機していた。

今からする事を理解している様だ。

相変わらず賢い犬だねー、と思いながら彼女は少女の到着を待つ。

すると然程時間も経たずにパタパタと足音が聞こえ、浴室に少女が入ってきた。


「お、来たねー。それじゃー角っこちゃん、先ずは全身シャワーで流してあげてねー」


彼女は少女が入って来たのを確認してから蛇口をひねり、シャワーノズルを少女に渡す。

少女はふんすと鼻息荒めにノズルを受け取りに向かい、キュポキュッポと音を鳴らしながら犬に近寄る。

そして先ずはお尻の方から優しく手で撫でながらシャワーをかけ、丁寧に泥を落として行く。


犬は洗われる事はそこまで苦手ではなく、大人しくされるがままになっていた。

寒い中帰って来たので暖かいシャワーも気持ち良い様だ。

その様子をちゃんと確認しつつ、頭の方も耳に水が入らない様に気を付けてお湯をかけて行く。

彼女が少し手でカバーして手伝っているが、それでも上手くやれている方だろう。


「ん、上手上手。上手いね角っこちゃん」


彼女に褒められ、えへへと嬉しそうに笑う少女。

だが犬の表情がまだどこか暗いのを感じ取り、すぐに笑顔が消えてしまう。

だがそれは悲しげな顔ではなく、気合いを入れた顔で犬を見つめていた。

大丈夫だよと言う様に優しく頭を撫でながら犬を洗っていく。


「よしよし、大体泥は取れたかな。じゃあ次はシャンプーだー。良ーく泡立たせてねん」


犬は少し毛が多いので時間がかかったが、何とか見える泥は全部流し切れた様だ。

今度は犬用のシャンプーを手に取り、軽く泡立ててから犬をわしゃわしゃと洗い出す。

彼女に言われた通りしっかり泡立さえながら、犬の全身を真剣な表情で洗う少女。

犬はされるがままになっており、じっと動かずに立っている。


「本当に君は物分かりが良いよねー。普通の犬なら暴れそうなものなのにさ」


彼女も少女と一緒にわしゃわしゃと洗いながら言うが、犬も自分の状況は理解している。

あんな状態で帰ってくれば当然だろうと。

もし嫌な事だったとしても、自分のせいなのだから受け入れる覚悟の様だ。

本当に犬なのかと思う思考回路である。


「んじゃ流そっか」


全身アワアワ状態になったので、今度はわしゃわしゃしながら泡を流す少女。

小柄な少女には中々大変な作業だが、流し損ねがないようにと一生懸命頑張っている。

その様子に犬は何となく落ち込んだ気分が良くなっているのを感じていた。


「はい、タオル持って来たよー」


泡を洗い流し終わったところで彼女がタオルを持って来て、二人がかりでわしゃわしゃと犬を拭いて行く。

ただ当然それだけでは乾かず、そのままにすると結局風邪を引く可能性が有る。

なのでドライヤーで乾かす訳だが、またこれが大変な作業だ。


犬の全身を乾かさなければならず、そうなると結構な時間がかかる。

それでも少女は根気よく毛を手で動かしながら温風を当て、犬が火傷しないように気を付けて乾かして行った。


「おー、ふかふかだねー。お疲れ、角っこちゃん。頑張ったね」


乾いた犬は全身ふかふかであり、犬自身も心地良い状態に感じている。

全てが終わった少女は額の汗を拭くと、しゃがんで犬の前で首を傾げた。

それはご機嫌は直ったかと問う様な優しい笑顔で、犬は嬉しそうにわふっと鳴いて応える。

もう先程迄の落ち込んだ様子は無くなった様だ。


その返事に少女はにこーっと満面の笑みになり、嬉しそうにギューッと犬に抱きつく。

当然犬も嬉しそうに尻尾をブンブンと振りながら少女にすり寄っている。

彼女はその様子を「仲良いなぁー」と思いながら、クスクスと笑いながら眺めるのであった。






尚、少女はそれにより少し濡れていた服が毛だらけになり、顔も毛だらけになったので、彼女に洗われる事になってしまう。少々詰めが甘かった様だ。

彼女が少女のプニプニ素肌を堪能しながら洗った事はここだけの内緒である。

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