辿り着いた真実。
先日少女にとってよく解らない事件が起きた。
少女には見知らぬ男性に「人殺し」と言われるという出来事が。
無論それには理由が有るのだが、今の少女だけを知っている者には絶対にありえない言葉だ。
当日のしょぼんとした様子の少女を見て、何かあった事に女以外の使用人達も気が付いている。
だが誰も、彼女ですら少女に詳しい話は聞けないでいた。
勿論「大丈夫?」や「何かあった?」程度の質問はされているが、少女が首を横に振ってしまった為にそれ以上は訊ねる事が出来ていない。
夜遅くに帰って来た男と女も多くは語らず、使用人達の心に不安なものが募っている。
つい先日までの、誰もが少女を可愛がっていた穏やかな環境が激変してしまったのだから。
男はその事に頭を抱えているが、少女の反応には更に頭を抱えている。
少女はあの出来事以降、食事や風呂などで女に呼ばれた時と、畑の面倒を見る以外では部屋から出ないのだ。
一日二日なら男も致し方ないと思っていた。だがそれが十日も続くと流石に焦り始めている。
事情を確かめに来るかと思っていたらそれも無く、ただただ部屋で大人しくしているのだ。
勿論女が呼べば応えるし、勉強も今まで通りやっている。
女以外の使用人が菓子や遊び道具も持って行けば笑顔で対応するのも変わっていない。
表面だけを見れば特に問題は無いが、問題が無いと言い切るには楽観的過ぎるだろう。
「マジでどうしたら良いんだろ・・・でもこっちから説明に行くのも気が重い・・・」
男は勿論先日の監査員の言葉の理由を知っている。
知っているからこそ少女を見に行って、知っているからこそ少女を買ったのだ。
少女が物心つく前に奴隷になった理由も、売れなかった理由も、奴隷商の少女の扱いが最低限範囲ギリギリだった事も、それを監査が咎めなかった事も。
全て理解しているからこそ、男は少女を手元に置いているのだ。
「ほんとクソ監査が。お前が死ねよクソが。あーもうイライラする・・・!」
「クソクソ汚いですね。何ですかいい歳して漏らしたんですか?」
「今は挑発に乗る余裕もねぇよ・・・」
「・・・本格的に煮詰まってますね」
頭を抱える男にいつも通り軽口を叩く女だったが、男は普段の様な反応を見せなかった。
机に突っ伏す様に体を投げ出して「うあぁあぁああ」と妙な声を出している。
その様子に女は大きな溜め息を吐いてしまう。
「・・・人殺し、か。本当に殺したのか正直怪しいと思うけどな、あの子の行動見てっとさ」
「今は当時とは違うかもしれません。ですが起こった事自体は事実なのでしょう」
男は今までの少女の行動を思い返し、監査員の言葉を否定する様に女に言った。
だが女はその言葉を更に否定し、監査員の言葉を肯定する。
「二桁単位の殺しとか、そんな事出来る様には全く見えねえのにさ」
「科学調査済みで、多数の証言もあります。どう足掻いても事実は覆せませんよ」
男は女がそう答えると解っていたのだが、それでも自分の言葉に同意して欲しかった。
とはいえそれは我が儘であり、証拠もある以上覆しようのない事実なのだ。
「クソみてーな法律とクソみてーな裁判官様のせいでな。情状酌量の余地が何でねーんだよ」
「それを考慮に入れた上での判決でしょう? でなければあの子はもっと重い罪ですし、だからこそ犯行内容だけを見た者は、何故死刑か終身刑になっていないのかと思っているのですから」
少女の殺人。それは紛れもない事実として記録に残っている。
それも大量殺人であり、実行犯は当時幼いはずの少女自身。
内容を文字にすると余りに理解出来ない出来事なせいで、世間には浸透していない事件。
何せニュースで流したとしても、記事を書いた人間は頭がおかしいと思われるレベルだ。
それは非合法の人身売買組織の人間を、たった一人の幼女が皆殺しにしたという事件だった。
鳴り続く発砲音に気が付いた誰かが通報し、現場に駆け付けた時には血の海だった。
赤くもどす黒くも見える血の海の中、少女はその中心で倒れていたのだ。
当然その場には重火器もあり、様々な人種が居り、近接戦闘に強い人種も居た。
だがその悉くがたった一人の子供に、小さな女の子に皆殺しにされたのだ。
逃げようとする人間も全て、いや、逃げる人間こそ優先的に。
その際に助けられた子供達の証言や、少女の爪や口の中に残っていた血肉などから犯行の事実は覆せないものとなる。
最初は保護された形ではあったが、少女の犯行内容と証言、その被害人数、少女も攫われた一人だろうという予想や年齢など、諸々を加味した判決が少女の奴隷としての立場であった。
完全な犯罪者としての扱いではなく、あくまで飼い主に生活を保障される奴隷身分に。
幼かったが故に自己弁護も出来ず、その上碌な弁護士もつけられず、少女の身は物心つく前から奴隷となってしまったのだ。
「あの奴隷商も馬鹿だよなー。でもあの馬鹿が買ってくれたおかげで俺も知れたんだけど」
「危ない角付き奴隷を売ろうとしてるって、結構有名になってましかたらね」
少女を買った奴隷商はその事情を確認せず、幼女が安く買えると政府から仕入れる事となる。
奴隷商は買ってから危険性を知り、慌てて特別分厚い格子の中に枷をつけて少女を閉じ込めた。
少女はけして格子から出して貰う事は出来ず、弱っても医者は呼ばれず食事を出されるだけ。
そんな日々が、そこから何年も続く事になる。
そして栄養が足りず、やせ細ってかなり弱り始めていた頃に男がやって来た。
奴隷商はあの時点でも少女を出す事が少し怖かったが、それでもやっと手放せる上に金が入り、売れてしまえば何か問題が起こっても全て男のせいに出来ると、急いで男に手渡したのだ。
奴隷の生活を保障するという事は、奴隷の行った事による罪も飼い主が被るのだから。
男は奴隷商の魂胆を全て理解した上で、無知な人間のふりをして安い奴隷を買おうとしたのだ。
そして思惑通り少女を買い、屋敷に連れて帰り、そこからは皆の知る所である。
男に買われた事は少女にとって幸運だったが、奴隷商が政府から買わなければ政府の義務として奴隷商の店よりはもう少しまともな生活を出来ていただろう。
どちらが幸運だったのかは今となっては解らない。
「あーもう、あのクソ野郎。クビになれクビにー! せっかく色々上手く行ってたのによー!」
男は少女を家に連れて来てからのあれこれを思い返し、また監査員に怒りが湧いて来た様だ。
わめく男に女はまた溜め息を吐きながら声をかける。
「殴り飛ばした事が不問になっただけ良かったじゃないですか。それなりに税金納めている事が上手く働いてよかったですね。まあ、彼の暴言を録音していたおかげでもありますが」
「本当に用意周到だよな、お前」
女は監査員の言動を全て録音していた。勿論証拠となる様に監査員の同意を得た上でだ。
実はあの監査員は、男や女との会話でも幾つか失言をしていた。
その上少女の前ではそういった事はけして言ってくれるなと、念を押した末でのあの発言だ。
男と契約している顧問弁護士の活躍もあり、今回の男の暴行は無かった事になっている。
「実際、どんな感じ? 俺は食事時ぐらいしか殆ど顔合わせれてねえけど」
「表面上はいつも通りですよ。明るく可愛い素直な子です」
「んな事は解ってるさ」
少女の受け答えは変わらず普段通りだ。
普段通りだからこそ心配なんだと男は思っている。
落ち込んだり悩んだりしている方が、よっぽど解り易いし接し易い。
そこに、コンコンとノックの音が響いた。
「入って良いぞー?」
男が応えると扉が開き、扉に少し体を隠す様に少女が顔を見せる。
二人の顔を確認するとおずおずといった様子で部屋に入り、ぺこりと頭を下げた。
頭を下げる少女の手には紙束がある。
だが男は少女が部屋に訊ねてきた事に驚き、そちらに視線が行っていなかった。
「あー、えっと、大丈夫か?」
男は何を言えば良いかと悩んだ末、今聞くべきでない事を聞いてしまう。
聞いてからしまったと男は思ったのだが、最早口に出してしまった以上手遅れだ。
だが少女はその言葉を聞いて、ふんすと気合を入れる様子を見せて紙束を男に差し出す。
「ん、何こ―――うっそ」
書かれている内容を見て、男は驚きで言葉を失う。
紙束に書かれている内容は少女が起こした事件の概要のプリントアウトされた物。
少女はあの出来事の後、自分が奴隷になった経緯を調べていたのだ。
もしかしたら自分は何か大きな事件を起こしたのかと、それで奴隷になったのではないかと。
女に叩き込まれた知識や少女が今までの学習した事から、端末を使って調べ上げていた。
ここ数日少女が部屋から殆ど出なかったのはこれが理由であった。
そして見つけた。自分らしき子供が、額に角のある子供が起こした事件を。
画像をどれだけ探しても、モニターに映る街の映像を見ても、どうやっても見つける事の叶わなかった特徴のある角をもつ人間を。
渡された紙束には、少女にそれが自分だと確信するに至る為の情報が散見していた。
そして最後に、少女の字で書かれた紙が有った。
『全部知った上で買ってくれてありがとうございます。先日は心配させてごめんなさい。私はこの事を気にしません。覚えていないので気にする事は出来ません。だから気にしないで下さい。そんな事よりも私の為にしてくれた事の恩を返したいです。私はここに来れて幸せです』
可愛らしい字で、そう書かれた手紙が、あった。
それを読み終わってから少女に眼を向けると、少女はにっこりとした笑顔を男に向ける。
まるで男に対し元気が出ましたか? と問いかける様に。
少女は確かに悩んでいた。困っていた。監査員に言われた事が不安だった。
だがそんな事よりも、自分の事で男が悩んでいる事実の方が少女にとっては大事な事で、男に元気になって貰う事こそが一番優先すべき事だった。
自分を幸せにしてくれた人が悲しい顔をしている。それが嫌だった。
男の心配と少女の反応の順番は逆なのだ。男が悲しい顔を見せるから少女は引き籠った。
少女がどう振舞っても悲しい顔を男は見せるから、自分の為にそんな顔をさせたくはなくて。
だから少女は男に悲しい顔をさせない為に、余り顔を合わせないようにした。
そして原因を突き止めて、気にしないで大丈夫だとこちらから言える様にしたのだ。
「は・・・はは・・・あはは。あー、何だよもう。俺ばっかみてえ」
「ええ、大馬鹿者ですね。全く」
「お前、知ってたろ」
「当然でしょう、何度部屋を出入りしたと思っているのですか」
女は少女が何をしているのか知っていた。知っていて男に黙っていたのだ。
その事に男は抗議の目を向けるが、女は一切を意に介す様子は無かった。
「はぁ、気を遣わせてごめんな。ありがとう。心配してるつもりで心配されてちゃ世話ねえな」
男は礼と謝罪を両方述べて、少女の頭を優しく撫でた。
少女は男の顔を暫くじっと見て、もう大丈夫だという様子でコクコク頷く。
そしてぺこりと頭を下げ、満面の笑みで部屋を去って行った。
「つーか、マジでよく調べ上げたな。簡単に見つかんねぇ情報も有るぞ。お前手伝ったの?」
「私が気が付いた頃にはほぼ真実に辿り着いていました」
「まじかよ・・・」
男は少女の能力の驚きながら紙束を眺める。
ついこの間まで文字の読み書きも碌に出来なかった人間が、ここまで出来るものなのかと。
「ただ、当然ですが角の事は解っておりません」
「・・・まあ、そりゃ、そうだろう。余りにオカルトじみてるからな」
少女が調べたものは、少女の身の上の真実だ。
だがそれでも、たった一つ、少女にも見つけられない真実がある。
少女の角が出来るに至った理由も、角の力も、少女はまだ真実に辿り着いていない。
だがそれでも、今暫くは平和な時間が過ごせるのは間違いない。
男はその事実に息を吐き、今回の失態に身悶えするのであった。
「子供に心配される大人って何だよ!」
「まさしく貴方じゃないですか」
「わーってんよ! あー恥ずかしい!」
「因みに使用人も皆貴方の方を心配してましたからね」
「言えよ! 頼むから!」
実はあの事件後も、屋敷は案外平和だった。
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