初めての街。
男の屋敷は田舎町に有った。故に屋敷から出ても、隣の家が百メートル先は当然。
下手をすれば、山向こうが隣などという事も有った。
だからこそ、少女は今の光景に感動している。
敷き詰める様に並び立ついくつもの建物。首が疲れる程見上げないと上が見えない大きなビル。
そして何よりも、今日何かが有るのかと思う位に大量に居る、沢山の人。
勿論少女は、モニターで人が沢山いるのは知っていた。
けど実際に目で見ると、やはり感じるものは違った様だ。
「楽しいのは良いが、迷子になってくれるなよ」
女のドスのきいた声にも、満面の笑みでコクコクと頷く少女。
それを見て一層険しい顔をする女。だが今日の少女は強かった。
怖いよりも、楽しいが勝っていた。
故に少女は女の手を取って歩き出す。
男から言われた事をちゃんと聞き、一人で歩かない為だ。
今日の少女は、普段あまり被らない帽子をかぶっている。
女がいつもの調子で服を選び、セットで帽子をかぶせた物だ。
少女は普段しない帽子がなんだか特別な感じがして、余計にテンションが上がっている。
「まったく・・・」
女は文句を呟きながら、険しい顔で少女の横を歩く。
だがその歩みは女が出す雰囲気とは正反対に、少女の歩幅に完璧に合わせている。
少女の手を握る力も、離さない様に、けど痛くない様に力加減をしている。
だが傍から見れば、我儘お嬢様にいやいや付き従っている使用人にしか見えなかった。
とはいえ女は内心、少女自ら自分の手を取り、楽し気にしていることにテンションが上がりっぱなしである。
これもやはり、傍から見て分かる人間は屋敷の人間に限られてしまうのだが。
「美味いか?」
女の問いかけに、口に食べかすを付けながらコクコクと頷く少女。
その顔は甘いお菓子を食べた喜びで蕩けている。
屋台で売っていたベビーカステラを食べながらご満悦だ。
暫く食べて、少女はとある事にはっと気が付いたような顔をした。
少女はすぐに袋に入っているカステラを一個取り出し、女の口の方に手を伸ばす。
「なんだ、食べればいいのか?」
女の問いに頷き、さらに腕を伸ばす少女。
そんなに伸ばさなくても届くのだが、少女は早く早くという感じで女に差し出す。
女は方眉を上げながらそれを口に入れると、少女は嬉しそうに笑う。
そんな少女を見て、女は眼光で人が殺せそうな程に目が険しくなった。
内心は『何だこいつ可愛い過ぎる。ああもう、抱きしめてやろうか』などと考えているのだが。
幸いは、少女がまた一つ食べる為に下を向いた事だろう。女の表情を全く見ていなかった。
一つ食べて、女にまた一つあげてを繰り返し、少女も女も楽し気に街を歩いていた。
無論、傍から見れば女は不機嫌の塊にしか見えないのだが。
「そろそろ帰るぞ?」
女の言葉に、意気消沈した面持ちで頷く少女。
今日一日街を歩いたが、ついぞ少女と同じ角を持つ人を見つける事は出来なかった。
「そう落ち込むな。帰ったら美味い物を作ってやる」
女は少女の頭を撫でながら慰める。
少女はその手をぎゅっと握り、体を預け、落ち込んだ表情のまま家路につく事となった
ここで少女が顔を上げなかった事も幸いだったのだろう。
初めて体を自ら預けてくれた事に、女の表情は見た事もない物になっていた。
その日、女は夜遅くまで、いかに少女が可愛かったかを男に聞かせていた。
男はそんな女をに対し、良いから寝かせてと願うが、叶う事は無かった。
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