ゲームの始まり2





会場に入ったら、

すぐに温子が声をかけてくるのでは――


そんな僅かな希望を抱いていた二人だったが、

残念ながら、そう都合のいいことはなかった。


部屋にいたのは三人。


それぞれから向けられる視線に驚き、

羽犬塚がさっと那美の陰に隠れる。


そんな羽犬塚を撫でて宥めていると、

見たことのある顔が二人の前へとやってきた。


「佐倉さんも、

こちらの会場に来ていたんですね」


「あっ、森本先輩……」


生徒会の元副会長――森本聖。


彼女の持つ裏の顔のことを、

那美は何となく温子から聞いていた。


あまり深入りしないようにしようと思いつつ、

それでも表に出さないように笑顔を作る。


「先輩って、

もう他の人とは会いましたか?」


「いえ、ここにいる人だけですねー。

通路では誰とも会わなかったので」


では、もしかすると温子は、

こちらの会場ではないのだろうか。


「――あー、新顔のお二人も、

お嬢さんのお友達かな?」


と、温子のことを話そうとしたところで、

部屋の奥から声が飛んできた。


「もしよければ、お互いに自己紹介なんぞできると、

とてもありがたいんだが」


「……友達というほどではありませんよ。

ただ、同じ学園で共通の知り合いがいるだけです」


「うーむ、最近の女の子のガードはまるで鉄壁だ。

そろそろ年の差婚は諦める時が来たかな」


男が苦笑いを浮かべ、

大袈裟に肩を竦めてみせる。


「それでも、

少しばかり天の岩戸を開いてもらえるとありがたい」


「なに、別に言い寄ろうってわけじゃない。

ただ単純に名前を聞きたいだけなんだよ」


「もちろん、君たちだけじゃない。

そこで壁に寄りかかってる伊達男にもだ」


男が目を向けると、壁際から『あぁ?』という

威嚇じみた声が聞こえてきた。


「同じゲームに参加するわけだし、

お互いに呼び名くらいは分からないと不便だろう?」


『ねっ?』と首を室内にぐるり回して、

男が歯を見せて笑いかける。


「……まあ、そうですね」


やむなくといった感じで頷く聖

/それに進んで追従する那美/羽犬塚。


「これはこれは、僥倖だな。

こんな素直な子たちと巡り会えるとは」


「ではでは、まずはこの幸運に感謝して、

私から自己紹介していこうか」


襟を正して、

男が咳払いを一つ。


「私の名前は田西成輝。見ての通り、

君たちの人生を二回半分くらい過ごしている」


「言うまでもなく、

今日はその人生の中でとびきり最悪の日だ」


「いつの間にかこの場所に連れてこられて、

妙なゲームに参加しろと強要されてるんだからな」


「何とも不運な話だが、

こんな状況じゃ嘆いても仕方ない」


「とにかく生還さえできれば万々歳というつもりで、

何とかここから出ようと思う」


「まだゲームの内容がよく分からないが、

もし可能なら、みんなで協力して脱出しよう」



田西の自己紹介に、

羽犬塚がぱちぱちと手を叩く。


その、場違いなほど暢気な行為に、

しばしその場の全員が目を丸くした。


「あれ……私、何か間違った……?」


「あー……いやいや、ありがとう。

私にとっては万雷の拍手も同然だよ」


田西が歯を剥いて、

羽犬塚へと満面の笑みを見せる。


「それじゃあ、次はこの親切な天使さんに

自己紹介をお願いしようか」


「あ、はいっ。

えっと……羽犬塚ののかです」


「趣味は……多分みかんの皮むきで、

あと、編み物とかもちょっとやってます」


「なるほど、これはまた素敵な趣味だ。

手先が器用になりそうだな」


「それで、君はどんな理由で、

このゲームに参加することになったんだ?」


「あの、多分ですけど、田西さんと同じです。

私も目が覚めたらここにいました」


「でも、地下迷宮について調べてたら眠くなったんで、

多分ですけど、それが原因じゃないかなって……」


「ということは、我々が今居るここは、

その地下迷宮ということになるのかな?」


「そうだと思います。

……って、佐倉さんが」


『ねっ?』と同意を求めてくる羽犬塚に、

那美が曖昧に頷き返す。


「たまたま調べていたものが、地獄の入り口か。

羽犬塚さんも負けず劣らず不運だな」


「まあ、同気相求めると言うし、

似たもの同士仲良くしていくとしよう」


「あ、はい。

よろしくお願いします」


頭を下げる羽犬塚へ、

先ほどの返礼とばかりに田西が拍手を返す。


そうして、自己紹介は次の那美へ――

と田西が顔を向けたところで、部屋の扉が開いた。


そこには、那美たちと同じ年頃の少女が、

不機嫌そうな顔をして立っていた。


「……おや、君が説明会の幹事かな?」


「参加者だけど」


「だとすると、これはいいタイミングだ。

今、ちょうど参加者同士の自己紹介をやっていてね」


「私は田西成輝。せっかくだから、

君も一つ自己紹介をしてくれないか?」


「須藤由香里」


それだけ言って、須藤は田西や那美たちの横を抜け、

部屋の隅へとどっかり腰を下ろした。


「なるほど素敵な名前だ。次は是非、

名前以外のことも教えてもらえるよう努力しよう」


「さて、それでは改めて、

羽犬塚さんのお知り合いにお願いしようか」


『君、お願いね』と目を向けられて、

那美が背筋を伸ばす/深呼吸する。


それから、ちゃんと聞いてもらえるようにと、

室内の全員の顔を見回した。


「佐倉那美です。ここへ連れて来られたのは、

先週のABYSSのゲームで生き残ったからです」


「ほう……」


「……」


「んだとぉ?」


「ABYSS……というと、

都市伝説で噂のあれでいいのかな?」


那美が頷き返すと、

田西は目を見開き、口元を手で覆った。


「いやいや……まさか実在していたとは。

このゲームもABYSSが主催と見るべきかね」


「私はそう聞かされています」


「なるほど。ということは、

気を引き締めなければいけないわけだ」


「ただ、地獄で仏だな。

ゲームの勝者と、こんな序盤で知り合えるとは」


「あっ、いえ。違います。

私はそのゲームでもほとんど役に立ってなくて……」


「友達がもう一人、巻き込まれたんですが、

その友達のおかげで勝ったようなものなんです」


「それはそれは、

随分と優秀なお友達だ」


「はい……なので、ここでもその友達を探して、

一緒にクリアできるように頑張りたいと思ってます」


「“プレイヤー”か?」


「えっ?」


「だから、その友達っつーのは、

“プレイヤー”かどうか聞いてんだよ」


「……その“プレイヤー”っていうのは、

何でしょうか?」


本気で言っている意味が分からず、

那美が首を傾げる。


と、壁際の男は那美を睨み付けた後、

舌打ちをして目を逸らした。


「……ま、何かよく分からんですが、

とりあえず仲良くしましょう」


「気を取り直して、

最後の一人――お願いできますか?」


場を和ませるようにと笑みを浮かべながら、

田西が次の聖へと目を向ける。


「森本聖です」


――瞬間、壁に寄りかかっていた男が、

音が鳴るほどの勢いで体を起こした。


それから、眼球を弾けんばかりに見開いて、

火の出る勢いで聖の顔を睨み付ける。


「女ぁ……テメェが森本聖か!」


「……そうですが?」


いきなり因縁を付けられたことで、

聖が眉をひそめる。


しかし、男はそんなことに一切構わず、

唾液で糸の引く口を捕食の前動作のように開いた。


「いいか、俺様は藤崎朋久だ……よく覚えておけ。

テメェをブッ殺す人間だ」


「知らない人にいきなり殺すと言われても、

困るんですが……」


「うるせぇんだよ糞女!

女の分際で人間様に口答えしてんじゃねぇ!」


怒鳴り散らす藤崎

/対処に困ったとばかりに口をへの字に曲げる聖。


そんな二人のやり取りを見て、

那美は、藤崎が恐らくABYSSなのだと悟った。


同時に生まれる疑問。


ABYSSである藤崎と聖が、

もしも自分たちと同じ参加者だとしたなら――


このゲームは、ABYSSと生け贄の勝負ではなく、

どちらも平等に何かを目指す形式になるのだろうか?


「まあまあ、ひとまず落ち着こう。

ここは暴力行為も禁止されているんだから」


今にも火を噴きそうな藤崎に苦笑いを浮かべつつ、

田西が聖と藤崎の間に入る。


「何があるのかは分からないが、

とにかく、私は無事に脱出したいんだ」


「説明会が終わるまでは、

何とか平和にやってくれないだろうか?」


お願いするよ――と、

田西が二人に頭を下げる。


その年上の[遜'へりくだ]った態度を見て、

聖は一歩下がり、藤崎は舌打ちして壁へと戻った。


「いやいや、ありがとう。

それで、自己紹介の続きだったかな?」


「ああ……そうですね。

でも、もう名前は言っちゃいましたが」


「それじゃあ、意気込みでも何でもいいから語ってくれ。

目的があるならそれでもいい」


「……私も、みんなで脱出するのが目的ですよ。

そのために、人を探そうと思っています」


「ということは、

佐倉さんと同じというわけか」


聖が『そんな感じですね』と頷き返す。


誰を探すのか、那美は少し気になったが、

聖にそれを話す気配はなかった。


「さて、これで全員ぶんの自己紹介が終わったし、

後はのんびりと説明会の開始を待つとしようか」


田西がスマートフォンへ目をやり、

つられて、那美も時間を確認する。


開始まではあと十分。


この微妙に空いた時間で、

もう少しコミュニケーションを取っておくべきか――


那美がそう考えていたところで、

後ろにいたはずの羽犬塚が、那美の袖を引いた。


「どうしたの? 何かあった?」


「あのね……似てると思って」


似てるとは一体何の話か?


聞き返す那美に、羽犬塚は答えるより先に、

おずおずと歩き出した。


それも――藤崎朋久の待つ壁際に。


「……あ? 何だチビ?」


須藤をずっと睨み付けていた目を、

傍に寄ってきた羽犬塚へと向ける藤崎。


「えっと、

どこかで会ったことありませんか?」


「はぁ?」


藤崎が未知の言語を聞いたかのように、

理解不能を表情で表す。


それでも羽犬塚はめげずに、

踵を浮かせて藤崎の顔を覗き込む。


「あの、皆木志村っていうところの、

ゆらぎの家にいませんでしたか?」


「……うるせぇんだよ。

どっか行け」


「でも、ともくんじゃ……」


「……」


「名前も同じだし、目元もそのままだし、

ともくんだよね?」


「おい……殺すぞ?

邪魔だっつってんだよ」


「でも……」


「うるせぇっつってんのが分かんねぇのか

このクソ女がよぉおおォ!!」


藤崎が羽犬塚の胸ぐらを掴み、

勢いよく吊し上げる。


「羽犬塚さん!」


那美が悲鳴じみた声を上げ、

羽犬塚の元へと向かう。


それより一瞬遅れて、

聖と田西が那美の後に続く。


が、藤崎は誰が来るよりも早く、

持ち上げた羽犬塚の体を壁に押しつけた。


そして、その恐怖に引きつる顔を目がけて、

大きく右の拳を振りかぶり――



藤崎の体が、跳ねた。


藤崎が呻きながら、もんどり打って倒れる

/仰け反らせた体をびくびくと痙攣させる。


何が起きたのか、

那美には全く分からなかった。


聖や田西、掴まれていた羽犬塚さえも、

わけが分からず顔を見合わせていた。


が――


「暴力禁止に抵触したんじゃないの?」


一人、騒ぎの外にいた須藤だけは、

何が起きたのかを理解していた。


「首輪の辺りに青い光が一瞬見えたし、

暴力行為ってことで電気流されたんでしょ」


「……なるほど、そういうことか。

これはとんでもないペナルティだな」


田西の嘆息――首の辺りを押さえ、

獣のような声で呻く藤崎を見下ろしながら。


と、その視界の中に、

羽犬塚の小さな体が割り込んできた。


「あの、大丈夫……?

怪我とかしてない?」


「くっ……うっせ!

触んじゃねぇよ!」


介抱しようとする羽犬塚の手を払い除け、

藤崎が無理矢理立ち上がる。


が、すぐに膝を折り、

忌々しげに『クソが』と呟いた。


「ともくん……」


その様子を、

小さな少女は心配そうに見つめていた。








那美たちの会場の面々が、

暴力禁止の意味を理解していた頃――


もう一つの会場でも、

ルールに抵触しようとしている二人がいた。


「何ですってぇ!?

もう一度言ってみなさいよ!」


「おうおう、何度でも言ってやるよ。

『お零れでクリアした分際で偉そうだなぁオイ』」


「朱雀学園のABYSSとまともに勝負してたら、

お前ぜってーブッ殺されて終わりだったぜ?」


「ABYSSでもプレイヤーでもない人間が、

随分と吹いてくれるじゃない」


「何なら、今ここで試してみましょうか?

私がお零れでしかクリアできなかったかどうか」


「おーいいじゃん上等じゃん?

かかってこいよオラ」


中指を立てて『来いよ』と挑発する高槻

/それに対してナイフを抜こうとする幽。


そして、二人の間に入り、

まあまあと宥める知らない女性参加者。


そんな開始前から立ちこめるトラブルの予感に、

朝霧温子は頭を抱えていた。


どうしてこう、説明会の一つくらい

大人しく待つことができないのか。


もう一つの会場も、

これくらい殺伐としているんだろうか。


「早く、佐倉さんを見つけないな……」



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