魔法少女2





「――で、あいつらは何者だったんだ?」


「いや、それが全然」


「くそっ……

一匹目をちゃんと仕留めとけばよかった」


ぎしりとソファを軋ませて、

琴子が不機嫌そうに口元を締める。


いや……今は琴子じゃなくて、

ミコだったか。


未だに信じられないけれど、

目の前で見せつけられた以上は信じるしかない。



――先の秘密基地で黒ずくめの男を仕留めた後、

僕らは混乱のままにミコへと質問をぶつけた。


琴子じゃないのか。

どうしてそんな格好をしているのか。


そして、何故そんなに強いのか。


そうこうしている間に、

初撃で宙を飛んだ男が復活――


ミコに完全にKOされた男を抱えて、

窓からあっという間に逃げ去ってしまった。


追いかけようにも、尾行と同様、

相手の高レベルな気配遮断を前に敢えなく断念。


結局、龍一の秘密基地の撤収を手伝って、

家まで戻ってきた。


そうして今――ソファでふんぞり返っている、

ミコと向かい合っている。


「何だよ、人の顔をじろじろ見て」


「いや……まさかミコっていうのが、

琴子と同一人物だとは思ってなくて」


「ちなみに、

今は琴子ってどうなってるの?」


「ボクの中で眠ってる」


「じゃあ、琴子がメインで出てる時は、

ミコは琴子の中で眠ってる感じなんだ」


「仮眠だから、

強く起こされれば起きるけどな」


「じゃあ、片方が起きてる間の記憶って、

もう片方にもあったりするの?」


「ない。起きてる間のことを

覚えてるだけだ」


「だから、ボクと琴子の間では、

ノートに書いてその日の出来事を教え合ってる」


ああ……あのノートって、

そういうことだったのか。


じゃあ、琴子は

ミコのことを知っているんだな。


「なるほどね……

それでやっと納得できたよ」


最近、琴子の様子がおかしかったのは、

ミコが表に出てたから――と。


ミコって友達が別にいるのかと思ってたんだけれど、

まさか同一人物だったとは……。


「さっきから聞いてる感じだと、

お前、ボクのことを覚えていないのか?」


「逆に聞きたいんだけれど、

僕とミコはどこで会ったことがあるの?」


「は? 本当に覚えてないのか?」


「ごめん……全然覚えてない」


「……ボクとお前が会ったのは、御堂の家だ。

一緒に住んでたんだよ」


いや……っていうか、えっ?


「僕とミコが、御堂の家に?

じゃあ、僕とミコは……兄弟?」


笹山の家で、

初めて義理の兄弟になったわけじゃなく――


それ以前から、

兄弟だったのか?


「違う。従姉妹だ」


本当に覚えてないんだな――と、

ミコが呆れた風に半眼を向けてくる。


「全然知らなかった……」


琴子は笹山の叔父さんの子供だと……

完全に一般人だと思っていたのに。


っていうことは、

笹山の叔父さんたちも実は暗殺者だった?


いやでも、それはないか。


うんざりするくらい隙だらけだったし、

同業だったらすぐに分かるはずだ。


……あれ?


でも、そうなると、

おかしなことが出てくる。


「琴子は、どこから来たの?」


「琴子はボクがこっちの世界で暮らす時に、

新しく作られた人格だ」


「……は?」


いやいや、ちょっと待ってくれ。

頭が追いつかない。


琴子が作られた人格?


あの琴子が? 僕の妹が?


僕がこっちの世界に来る直前まで、

存在してなかったっていうのか――?


「嘘だろう?」


「嘘じゃない。お前も見たことあるはずだろ?

父親の御堂刀が、別の人格を作り出すところを」


つまらなそうにミコが呟く。


……確かに、見たことはあった。


どうやっているのかは不明だけれど、

御堂にそういう技術があることは知っている。


夜に父さんと部屋に入ったと思ったら、

朝には別人になって出て来た――


そんな人を、

僕は何人も見てきている。


父さんは言っていた。


安定して仕事をしていくためには、

別人格があったほうが都合がいいと。


捕まっても情報を漏らすことはないし、

敵意がないため、ターゲットに易々近付けるからだ。


逆に、暗殺者としての人格をもう一つ持つ場合は、

好不調の波に応じて、どちらが仕事をするか選べる。


御堂が長く暗殺を生業にするに当たって、

その技術が大きく貢献してきたことは間違いない。


僕もきっと、あのまま御堂で暮らしていれば、

別な人格を保有していたんだろう。


けれど――


琴子がその技術で生み出された存在だなんて、

そんな馬鹿げた話を信じろっていうのか……?


「何だよ?」


「いや……」


何も、言葉が出て来なかった。


嘘だと言うには――嘘だと認めるには、

証拠が積み重なり過ぎている。


ミコの強さは本物だし、

恐らく嘘もついてないだろう。


それに、琴子の顔をしたこの子が

御堂の情報を持っている事実は、否定のしようがない。


ただ――


すんなりと全部を受け入れるかどうかは、

また別の話だ。


僕にはミコなんて従姉妹がいた

記憶はない。


あるのは、

琴子という妹がいる記憶だけだ。


だから、琴子がメインの人格で、

ミコのほうが後から生まれた人格の可能性もある。


「……っていうか、どうして僕は、

ミコのことを覚えてないんだろう?」


「は?」


「御堂の家で一緒に住んでたなら、

訓練も一緒に受けてたはずだよね?」


「訓練のキツさは覚えてるんだから、

ミコのことも覚えてて当然だと思うんだけれど……」


「……お前が勝手に忘れたんだろう?」


じろりと睨み上げてきた視線に、

思わず飛び退いた。


殺されるかと思うくらい、

鋭い目だった。


「相変わらず逃げるのは早いんだな」


「……何のこと?」


「一緒に育った連中のことは、

どれだけ覚えてるんだ?」


「どれだけって……」


「お前が覚えてるのは、せいぜい、

父親とお前を見下してたやつくらいじゃないのか?」



……他に、いるのか?


あの時、家を守って死んだ、

母さんや叔父さんや親族の他に。


嘘だろう――と目で訴えると、

ミコはソファを軋ませて組んでいた足を直した。


「やっぱり、忘れてるんだな」


「……忘れてるかどうか、

分からない」


深く深く考えた末の――結論。


ミコの言っていることが正しいとしても、

思い返せたのは、子供の頃の記憶にある顔だけだった。


もちろん、

そこにミコの顔はない。


「……つまんないな。

殺してやろうと思ってたのに」


殺すっ……!?


「安心しろよ。まだ殺さない」


「お前が僕のことをちゃんと思い出して、

後悔した時にでも殺してやる」


身構えた僕を嘲笑うかのように、

ミコが口元を歪ませる。


その唇の隙間に見えるのは、

冗談なんかじゃない、確かな恨みの感情だった。


「……どうしてミコは、」


そんなにまで、僕のことを――


「……時間だ」


えっ――と、僕が聞き返すのと同時に、

ミコはすっと目を閉じた。


そして、その華奢な体が傾いだかと思うと、

目の前には無垢な瞳が現れていた。


「あれ、お兄ちゃん……?」


「えーと……琴子か?」


「あっ……と、もしかして琴子、

変なこと言ってたりした?」


「ぼーっとしてたから、

何を話してたのか忘れちゃった」


えへへ、と恥ずかしそうに笑う琴子。


……時間って、そういことか。


琴子がもうすぐ表に出てくるから、

話すのはタイムリミットだったと。


ってことは、一方的に恨みを告げられて、

よく分からないまま逃げられましたーと。


「えっと……お兄ちゃん、

ちょっと怒ってる?」


「ん? ああいや、

別にそんなことないよ」


本当は怒ってるけれど。


でも、それは琴子に対してじゃなくて、

ミコに対してなわけで。


「あの……琴子が

変なこと言ったならごめんなさい」


「いや、大丈夫大丈夫」


「本当に?

本当に気にしてない?」


……あーっと、これはアレか。

琴子は、ミコが出ていたと思ってるんだな。


でもって、僕がミコを知らないと思って、

代わりに謝ってると。


「大丈夫だよ琴子。

実は今、ミコと話してたところなんだ」


「ミコのことは、本人から色々聞いた。

だから、琴子が気を遣わなくても大丈夫だよ」


「あ、なんだ……そうだったんだ」


「まあ、僕もまだ、

ちょっと整理できてないけれどね」


ミコという存在については把握したけれど、

色々と受け入れるには壁がある。


琴子とミコ、どちらが主体なのか。


本当に、僕が忘れている何かはあるのか。


ミコから僕が買っている恨みは何なのか。


時間はかかるだろうけれど、

一つ一つ壁を取り除いていくしかない。


ミコに、僕が殺される前に。








一体、何なんだ――


そんな声が/泡を食って逃げる足音が、

夜の路地裏に反響する。


全身を濡らした汗は、恐怖のためでもあったが、

何より長い距離を走った証左だった。


だが、どれだけ遠くに逃げようとも、

男の鼻先から血の臭いが消えてくれない。


逃げても逃げても逃げても、

どこまでも付いてくる。


当然だ。


男の顔は、傍にいた仲間の血で

真っ赤に汚れていたのだから。


しかし、半ば狂乱した男には、

それに気付くだけの余裕はない。


畜生畜生と繰り返しながら/足をもつれさせながら

/死の臭味から逃がれるためにひた走る。


“何が無敵の軍団だ”


“一方的に狩られるだけじゃないか”


“俺はもう足を洗ったはずなのに”


そんな泣き言が、

息が苦しいにも関わらず次々と溢れてくる。


誰も耳にすることがないとは分かっていても、

口にせずにはいられない。


泣き喚こうが、誰も助けになんか来ねぇよ――


そんな言葉を、彼はかつて、

自分が追い詰めた相手に対して吐いたものだ。


その言葉が相手にどれだけの絶望を与えるのかを、

彼は今、身に沁みて感じていた。


狩られる側の立場に立って、

初めて生け贄の気持ちが理解できた。


“許してくれ”“お願いだ”

“もうしないから”“何でもするから”


男が、様々な懇願を思い浮かぶ限り口にする。


だがもう遅い。


彼が生け贄をどうあっても逃がさなかったように、

狩る側に生け贄を見逃す理由などないのだから。


そうして――

気がついた時には、目の前に立っていた。


全身を包む黒装束。恐怖をかたどる異形の仮面。

返り血も生々しいククリナイフ。


その出で立ちに、

かつて片山とつるんでいた男は――納得していた。


どうりで逃げられないわけだ、と。


こんな死神に狙われては、

生きて帰ろうなどと考えるほうがおこがましい。


死神が凶器を振りかざす。


男は、涙を流しながらその死を見上げて――


最期に、綺麗な月を見た。







「おーう死神、

いい感じで殺ってんな」


死神が殺した男の首を刎ね終えたところで、

ゲラゲラという笑い声が聞こえてきた。


「つか、首ちょんぱする必要なんてあったか?

誰がどう見ても死んでただろ、それ」


「念入りにやっておくにしても、

無駄な労力だと思うんだけどねぇ」


「……その少しの労力で確実を買えるなら、

安い買い物だ」


「ふーん。

まあ価値観の違いだね」


高槻はさして興味なさそうに答えて、

ターゲットの処理を始めた死神の横にしゃがみ込んだ。


「何の用だ?」


「あんたんとこの兵隊が、

メインターゲット殺り損ねたよ」


「そうか」


「……お前、全然リアクションねーのなー。

『何だと……!?』くらい言えよ」


「無駄な労力だ」


「あっ、さいですか……」


ノリの悪い男をこれ以上弄る気にもならず、

取り出した携帯へと目を落とす高槻。


「あーっと、処理班二人の報告だと、

切り裂きジャックの仲間にやられたらしい」


「魔法少女とか言ってたけど、

こりゃさすがに眉唾だろ」


「人数は?」


「三人らしい。ターゲットとそいつの友達、

後は魔法少女だってさ」


「何にしても、処理班を無傷で追い返すくらいだから、

どいつも並みの学園の部長レベルはあんだろ」


「こいつら相手に兵隊を送り込んでも、

あんま意味ねーと思うぜ」


「……そうか」


手際よく死体を止血しつつ、死神が頷く。


「なーおい死神、

何ならアタシが手伝ってやろうか?」


「必要ない」


「おいおい、そう邪険にすんなよなー。

超役に立つぜーアタシ」


「今回のジャックは二代目なんだろ?

初代ジャックの弟子とかいう」


「だったら、初代ジャックをブッ殺したアタシが、

二代目狩りにうってつけだろ」


「……本気でそう思うか?」


「あ?」


「お前が切り裂きジャックを殺せたのは、

相手に戦う意思がなかったからだ」


「もし、相手が本気だったら、

お前は死んでいた」


「おいおい……」


高槻が、手元に転がっていた

片山の手下の生首を掴み取る。


それを、死神の顔を睨み付けたまま、

地面へと思い切り叩き付けた。


「アタシを舐めてねーか?」


「……手間を増やすな」


高槻の手の中で歪に変形した生首を

/噴き出した血と脳漿を一瞥する死神。


向けたはずの怒りに対して、

まるで動じないその態度が、高槻の火に油を注ぐ。


「つか、お前ジャックとやりあったことねーだろ。

ジャックの何が分かるんだ? えぇ?」


「……弟子と相見えれば分かる」


「はぁ?」


「あの技術は本物だ。

真正面からやれば勝率はかなり下がる」


「遊びでやりたいだけならやめておけ」


「……やっぱアタシを

舐めてんじゃねーか」


高槻が立ち上がる。


血塗れの手をぶるりと振るって、

死神の仮面にその飛沫を飛ばす。


「試してみねーか?

アタシが本当にジャックと遊べねーかどうか」


「興味ない」


「おいおい、さんざ言っといて、

そりゃないんじゃねぇのー?」


「どうしてもやりたいなら、

俺に依頼を出せ」


「依頼だぁ?」


「“高槻良子を暗殺しろ”とな。

それなら、明日中に完了してやる」


死神の冷たい呟き――

淡々と抑揚の薄い口調で/死体処理を続けながら。


そのあまりにも泰然とした態度に、

高槻は何も言い返せなかった。


自身が劣っているとは思わない。


だが、まるで人間を相手しているように

思えなかったのだ。


言葉を投げても、感情を向けても、

闇を殴りつけるのと同じ。


全く手応えがなく、

得体の知れない不気味さだけが首筋を撫でていく。


「……なるほどな」


くそったれ、これが死神か――


そう高槻は納得して、再びしゃがみ込み、

数多と自身の目の高さを合わせた。


「分かったよ。

切り裂きジャックはお前に任せた」


「ただ、もしも人手が欲しいなら言えよ。

雑魚狩りでも手伝ってやるから」


「必要ない。これで最後だ」


「……あ、そっ」


フォールを外部に流出させていた集団は、

片山を含む片山の手下たち全てだ。


二十人を超える集団だったが、

さすがに三週間もあれば処理班には問題ないらしい。


もちろん、人の消失による影響も、

最小限に抑えていることだろう。


かくして、街から“フォール”は一掃され、

元締めは逃げ切るのでした――と、高槻がほくそ笑む。


「そうだ」


「な、何だよっ!?」


突然かけられた声に、

高槻が思わず仰け反る。


しかし、死神はそれにも一切反応することなく、

じっと高槻の顔を見つめた。


「聞きたいことがある」


「あん? アタシの性癖か?

実はアタシはだな……」


「この街に御堂晶という学生はいるか?」


「お前……ホントにつまんねーのな」


「無駄な労力だ」


「……で、ゴドウアキラ?

そいつがどうかしたのか?」


「お前の質問に答える気はない」


「いい根性してんなオイ……!」


鼻先が触れそうな距離で

ガンを付ける高槻。


が、何をしても反応しない相手だと思い出し、

やむなく自分が折れることを選んだ。


「そのゴドウってやつは知らないねぇ。

少なくともアタシの行動範囲にはいないよ」


「今は名字が

変わっている可能性がある」


「となると、

アキラって名前のやつか」


「……そういえば、片山が今回浚った女の兄貴が、

笹山晶って名前だったね」


「笹山晶……」


「詳しくは調べてねーけど、

多分、切り裂きジャックとも知り合いだろ」


「でなきゃ、わざわざ切り裂きジャックが、

一年半振りにABYSSを殺すはずねーし」


「そうか……

やはりあれが晶だったか」


「お。じゃあ笹山晶で正解?

どんな関係? もしかしてホモ?」


「最低限の処理は終わった。

後は現場処理の連中に死体を運ばせておけ」


「……この」


野郎――と続けようと思った瞬間、

高槻の目の前に闇が広がった。


驚いた高槻が、飛び退いて立ち上がる

/視界を塞いだ布を払い除ける。


そうして開けた視界には、

既に死神の姿はなかった。


まるで影に溶けたように、

音もなく高槻の前から消え去っていた。


「……ホントに死神かよ」


目眩ましからの撤退とはいえ、

消える姿も見せない男に、高槻が嘆息する。


だが、彼女の興味はもう得体の知れない仲間にはなく、

くだんの学生へと移っていた。


「笹山晶、ねぇ……」


「面白そうだったらアタシも参加したいけど、

とりあえず調べてみるか」


「場合によっちゃ、

アタシが横取りしちまうのもアリだしな――」




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