不可解な出来事2

鬼塚とばったり遭った時の悲劇を想定して、

琴子は家に帰し――生徒会室に帰還。


聖先輩に一連の事情を話したところで、

先輩はぺちりと手を合わせて頷いた。


「逆に考えましょう」


「逆に……ですか?」


「はい。『琴子ちゃんが不良さんに挨拶されるのは、

接点がないからおかしい』の逆方向です」


「『挨拶されるからには接点があるはずだ』です」


なるほど……。


「でも、接点って言っても、

琴子は全然心当たりがないって言ってますよ?」


「琴子ちゃん本人にはなくても、

他の誰かが接点を作ってる可能性があります」


「例えば『琴子ちゃんは強いから尊敬してね』って

言って回ってるとか」


「ああ、確かにそれなら、

噂と実際がズレている状況はあるかもしれませんね」


というか、琴子に心当たりがないなら、

そういう方向でしか考えられない。


「もちろん、琴子ちゃんが

嘘をついてないこと前提ですけどね」


「いや、嘘じゃないと思いますよ。

琴子がそんなに強いはずがないですし」


「ええ。なので、

あくまで可能性の話です」


「私も琴子ちゃんが、

人を騙すような子じゃないことは知ってますしね」


「でも、人は色々隠し事があるものですから。

私も晶くんもそうでしょう?」


「そう言われると、

反論のしようがないですね」


苦笑いを浮かべると、

聖先輩もくすくすと笑った。


……本当、この人がABYSSだなんて、

未だに微妙に信じられないな。


「話を戻しましょうか」


「今回、鬼塚くんに挑戦してきた“裏番長”は、

恐らく琴子ちゃんの噂を作ってる人物ですね」


「他の不良さんを従えることができるんですから、

十中八九、腕自慢な子なんでしょう」


「んー……幾ら腕自慢でも、

今回は相手が悪すぎますね……」


「そうなんですよね……」


はぁ、と二人で溜め息をつきあう。


「ちなみに、

鬼塚先輩のほうは止められないんですか?」


「一応、話してはみたんですけどねー」


「『挑戦から逃げたって噂が立つと、

逆にトラブルの元になるだろう』って」


「あー、それは確かにありそうですね。

鬼塚先輩を怖がってた連中が調子づくとか」


「本人もそんな感じで、

面倒臭そうに言ってました」


「でも、建前で言ってるのがバレバレで」


えっ。


「実は鬼塚くんって、

そういう番長とか挑戦とかが大好きなんですよ」


「だから、口では面倒そうにしてても、

内心はやる気満々だと思いますよ」


うわぁ……戦闘民族系なのか。


「もちろん、相手が本当に琴子ちゃんだったら、

殴ったりはしないでしょうけどね」


「そうであることを祈ります……」


再度、二人で溜め息をつきあう。


「そんな感じなので、

鬼塚くんを止めるのは諦めました」


「止めるなら、

琴子ちゃんの噂を流してる“裏番長”ですね」


「……一応ですけれど、僕、

その“裏番長”に心当たりがあるんですよね」


「本当ですかっ?」


「はい。ミコっていう

女の子なんですが――」


事情が複雑だから、

聖先輩には全部話しておいたほうがいいか。


鬼塚への復讐を交換日記の中で語っていた件とか、

僕がミコって子を知った経緯も含めて、全部。





「……そういう事情ですかー」


「それじゃあ、ミコちゃんのことについて、

琴子ちゃんに聞くわけにはいかないんですね」


「はい。さすがに日記の盗み見がバレるのは、

色々と問題になりそうなんで……」


「まあ、それは仕方ないと思います。

琴子ちゃんも傷ついちゃうでしょうしね」


「ミコちゃんの目的が分かっただけでも、

よしとしましょう」


ミコって子の目的は、

恐らく二つ――


一つは、今回の挑戦で、

番長たる鬼塚への復讐を達成すること。


そして、その名声を琴子へと譲ることで、

琴子の地位を上げることだろう。


「僕らにできることは、

鬼塚先輩を影から見守るくらいですかね?」


「ミコって子が来たら衝突する前に止めて、

戦わないように説得する感じで」


「そうですね。

ただ、ちょっと問題があって……」


問題……何だろうか?


「今日はちょっと、母との約束があって、

私はしばらく動けないんです」


「あー、果たし合いの時間には

間に合いそうにない感じですか」


「はい……なので申し訳ないんですが、

晶くんにお願いしちゃうしか……」


「大丈夫ですよ。

先輩は気にしないで、家の用事を優先して下さい」


「それに、今回の件に関しては、

僕にとって家の用事みたいなもんですし」


身内の評判が絡んでる以上、

僕がどうにかするのが筋だろう。


「それじゃあ、大変だとは思いますが、

今夜の監視はよろしくお願いします」


「私も用事が終わり次第、

すぐに果たし合いの場所に向かいますので」





そうして、

果たし合いの十五分前――


琴子が自分の部屋にいるだろう隙を見計らって、

会場と聞いていた学園へやってきた。


ただ、詳細な場所は聖先輩も聞いてないため、

ここからは鬼塚を自力で探さなきゃいけない。


「……っと、

携帯切っておくか」


片山の時みたいに、

携帯が鳴って居場所を悟られるのは勘弁だ。


果たし合いっていうからには、

恐らく一対一が前提のはず。


僕と鬼塚が一緒にいるというのを理由にして、

ミコって子が出て来なくなるのが一番困る。


今日の目的は喧嘩を止めることだけれど、

正体を暴くことも同時に狙っているんだから――






「……まずいな」


あちこち回ってみたものの、

一向に鬼塚の姿は見つからない。


もうすぐ果たし合いの始まる時間なのに、

止めるどころの話じゃないぞこれ。


何で見つからないんだ?

もしかして二人ともギリギリで来るのか?


ちょうど来てないかなという淡い希望で、

廊下の窓から校門の辺りを眺める。


そこに、

信じられないものを見つけた。


「嘘だろっ……!?」


いやいやいやあり得ないだろそんなのと独りごちつつ、

廊下を走る/階段を駆け下りる。


遠いし、夜だから、

見間違いかもしれない。


というか、

見間違いとしか思えない。


そんなことはあり得ない――絶対に。


祈りにも似た思いを抱きつつ、

昇降口に到着。


上履きをもどかしい気持ちで履き替え、

昇降口を抜けて、問題の現場へ。


そうして、辿り着いた先で――


僕は、信じられない光景を

目の当たりにした。


そう。


「おっ……」


無残にも地面に倒れ伏す、

あの鬼塚の姿を――


「鬼塚ァーーっ!!」


急いで駆け寄って、

その大きな体を抱き起こす。


「鬼塚、大丈夫か!?」


何度か頬を叩いてみるも、

意識はない。


ただ、脈はあるし

呼吸もしている。


……命に別状はないのか?


外傷は……ざっと見たところ、

倒れた時にできた擦り傷くらいに見える。


いや――顎の辺りが赤く変色し、

腫れているのを確認。


恐らく、この一撃で

意識を持って行かれたんだろう。


でも……鬼塚はABYSSだぞ?


果たし合いに備えていたんだし、

油断していたなんて話はないはずだ。


それなのに、他に外傷を加えることなく、

綺麗に意識だけ持って行けるものなのか?


これをミコって子がやったんだとしたら、

ホント一体何者なんだ……?


「う……」


お、もう回復したか。

さすがはABYSS。


「鬼塚先輩、大丈夫ですかっ?」


「ん……?」


虚ろだった鬼塚の瞳が、

徐々に焦点を定めていく。


これなら大丈夫そうかな……。


「っ! さっきのはテメェかこの野郎!」


えっ。


「くたばれやボゲがァーーッ!!」


「ギャーッ!!」


僕が何をしたっていうんだーっ!?






「――あ。目が覚めましたか?」


「あれ、ここは……?」


「保健室です。

晶くんは、鬼塚くんに殴られて気絶してたんですよ」


「ああ、そういえば……」


油断してて、

避ける間もなかったんだっけ。


「悪い……」


声に気付いて顔を向けると、

鬼塚が腰を九十度近く曲げて深々と頭を下げていた。


「とりあえず、お前は俺を殴れ。

二発……いや、三発だ! 三発!」


「ええーっ!?」


「三発じゃ不服か?

なら何発でもいい! 俺を殴れ!」


いや、何がどうなって

そういう話になるんだ!?


「勘違いとはいえ、俺はお前を殴った。

お前も俺を殴らないと不公平だろうが」


「いや、公平とか不公平とかの

話じゃなくてですね」


「あら、こうへいの話ですよ。

ね、耕平?」


「っ……!」


ああ、そういえば

鬼塚先輩の名前って……。


「ひ、聖は下らねぇ言ってんじゃねぇよ!

俺の名前は関係ねぇだろ!」


「関係ないなら、

耕平も怒らないで下さい」


「その名前で呼ぶのをやめろ!」


「あら、顔が赤いですよ耕平?

耕平は本当に恥ずかしがり屋さんですね」


「でも、そんな耕平も

可愛くて好きですよ」


「や、やめろ!

可愛いとか言うんじゃねぇ!」


「可愛いですよ耕平。

照れてる耕平は可愛くて大好きです」


「……勘弁してくれマジで」


「ダメです。耕平は生徒会うちの晶くんを殴ったんですから、

私にもこれくらいは言わせて下さい」


「くっ……」


頬を赤くしたまま、

悔しそうに顔を俯ける鬼塚。


凄く危ない人ってイメージだったのに、

何だこの面白い人は!?


っていうか、

昼間とギャップありすぎ!


……そういえば龍一が、

鬼塚と話をするなら夜にしろって言ってたか。


昼間の凶暴な鬼塚じゃなくて、

今目の前にいるこっちが本当の鬼塚なのかな。


聖先輩にもABYSSの顔があるように、

鬼塚にも楽しい一面があるのかも。


「分かった、好きにしろっ。

俺は黙って耐えてればいいんだろ!」


「笹山もだ! 好きにしろ!

俺に何でもしてこい、さあ!」


「別にしたくないです」


「はぁ!? 何でだ!?」


「いやだって、

別に怒ってないですし」


「でもそれじゃ、

俺の気が済まねぇんだよ!」


「……僕の代わりに聖先輩が頑張ってますし、

それで十分ですよ」


「晶くんならそう言うと思って、

私がいっぱいいぢめておきました」


にっこり笑顔の聖先輩。


納得いかなそうに、

鬼塚が口をへの字に結ぶ。


その表情に何とも言えない苦笑いが漏れそうになるも、

話を進めたくて何とか押し殺した。


「鬼塚先輩に聞きたいことがあるんですけれど、

聞いてもいいですか?」


「おう、何だ?」


「鬼塚先輩を気絶させた犯人って、

一体誰なんでしょう?」


「……それが、

分かんねぇんだよな」


分からない?


「挑戦状に書かれてた時間ちょうどに来てみたら、

いきなりぶん殴られて終わりだ」


「つーか、殴られたっつーことも、

後で聖に聞いて知ったんだけどよ」


……つまり、奇襲されて、

一撃で昏倒させられたってことか。


「いやでも、

まさか鬼塚先輩が……」


「俺も信じらんねーよ。

でも、実際にやられたわけだからな」


「つーか、真面目に聞くけどよ、

やったやつは本当にお前の妹じゃねーんだな?」


「いえいえ、まさか!」


「それは私も保証します。

琴子ちゃんはごく普通の女の子ですよ」


「……笹山の妹ならって思ったんだけど、

聖が言うんなら間違いねーか」


溜め息をついて、

鬼塚が椅子から立ち上がる。


「笹山、お前には今度飯でもおごってやる。

今日のは借りにしといてくれ」


「お前には言いたいことも色々あるからな。

また、そん時に話そうぜ」


言いたいこと……初めて遭遇した時に、

殴り倒した件かな?


まあ、あの時は遭遇自体が事故だったんだし、

怒られたら素直に謝ればいいか。


「じゃあな」


背中越しに手を振りながら、

鬼塚は保健室から出て行った。


「……表向きは平然としてましたけど、

実は内心でものすごーく悔しがってますよ、鬼塚くん」


「そうなんですか?」


「はい。これからきっと、

夜通しシャドーボクシングでしょうね」


……まあ、今回の挑戦を楽しみにしてたみたいだし、

不意打ちで負けたらそりゃ悔しいか。


「でも、ミコちゃんって、

本当に何者なんでしょうね?」


「さあ……僕も見当つかないですね」


「鬼塚くんを一方的に、しかも一撃で倒せるなんて、

普通に考えたらあり得ないんですけど……」


眉をひそめて、

むむーと唸る聖先輩。


その困ったような顔をベッドの上で眺めつつ、

僕もまた同じ悩みで頭を抱えた。


“ミコ”は、

一体何者なんだ――?










その日、男たちが集まったのは、

種々の相談のためだった。


薬と自由で忠誠を誓った片山信二は、

三週間ほど前に、この世の人ではなくなった。


そのことで、

男たちとABYSSとの繋がりは消滅――


薬の供給も、死体の後始末も、

全てのルートが途絶えてしまっていた。


薬の供給が切れて三週間ほどだが、

既に体が弱まってきていることを実感している者もいる。


また、欲望の限りを尽くした儀式を、

その日から全く行えなくなってしまったこともある。


一度、贅沢を覚えてしまった後は、

なかなか生活レベルを落とすことはできない。


彼らは、至極単純に言えば――

渇いていたのだ。


集まった六人の中で、

様々な意見が飛び交う。


自分たちだけでABYSSをやろう。

規模を落とせばできるはずだ。


死体の始末はどうするのか?

――適当に埋めればバレやしない。


超人でなくなってしまうことについてはどうする?

――数を揃えて武器を持てばいい。


議論の最終的な到達点――

“どうすれば金が手に入るのか”。


撮影して売る。常連は参加費を取って参加させる。

一回限りのやつは脅迫して金をもぎ取る。


素晴らしい/いやまずい

/情報が漏れる/漏れたら殺せばいい。


忘れたのか?

俺たちは“無敵の集団”なんだぞ?


賛成や反対の意見が次々と飛び交い、

議論が白熱していく。


その中で、

規模の話になった時に――


ふと、仲間の失踪に関しての話題が出た。


改めて見回せば、並ぶ顔は六つ。


かつては二十を超える顔があったのに、

今はその三分の一しかない。


失踪しているという噂はあったが、

その真偽を確かめた者は一人もいなかった。


元々、イリーガルな餌だけで

繋がっていた仲だ。


親交があるのもこうして集まった僅かな者だけだし、

親交があっても足を洗った者も複数いた。


裏を返せば、今でもこうして残っているのは、

仲良しの腕自慢グループということになる。


必然、失踪した者を語る会話はすぐに、

腰抜けのような相手を非難するものに変わっていった。


そんな酒混じりの下卑た談笑が、

どれだけ続いた頃か――


誰かがふと、

仲間が五人に減っていることに気付いた。


おいおい、そんなに酒入ってるのかよと、

目を擦ってみるも――目の前にいるのは四人。


トイレだろうか?

いつ頃いった?


まあ見に行けば分かるだろうと、

男たちの一人が小便に立ち上がる。


漏らすなよーという野次の中、

男は部屋を出て行き――


それっきり、戻って来なかった。


“何か変だぞ”と、

ようやく疑問の声が上がり始める。


漂い始めた不穏な空気に、

顔にあった笑いが消え失せる。


そうして彼らは、温くなったアルコールの不味さと、

十月終わりの夜気の冷たさにようやく気付いた。


“なあ――”


誰かが言った。


“見に行ってみるか――”


互いに顔を見つめ合う。


血走った瞳が、看守のような隙のなさで、

お前も来るよなと訴える。


その視線に耐えきれなくなったように、

やがて一人が立ち上がり――全員が立ち上がった。





トイレは、一階にあった。


手入れは全くされていないが、

片山が手配したらしく、水道は通っている。


虫が湧くのだけは気に入らなかったが、

使えるだけ文句は言えない。


ライト代わりの携帯を手に、

前後左右を警戒しながら、男たちが歩く。


薬をしばらく飲んでいないせいか、

夜目はもう利かなくなっている。


つい三週間前までは何も思わなかったのに、

闇の色が付くだけで景色が不気味に感じた。


日に日に凡人へと戻っていく体も、

その心細さに拍車をかけていたに違いない。


男たちは無言で歩を進める。


その途中で、ぴちゃりぴちゃりと

水の滴る音が聞こえてきた。


暗闇に響くその薄気味悪い水音に、

足が止まる/顔を見合わせる。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


トイレで、閉めの甘かった蛇口が、

音を立てているんだろうか。


それともまさか、

幽霊とかじゃないだろうな?


――ぴちゃり、ぴちゃり。


幽霊が出る心当たりは幾らでもある。

そして、恨まれる心当たりも。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


四人が黙り込んで見つめ合う。


退くか、進むか。


物事を決定できない男たちが、

口には出さないまま、空気に判断を委ねる。


――ぴちゃり。


その空気を、水音を、

男の雄叫びが掻き消した。


“おいおい、ビビってんじゃねーぞお前ら!”


自らを奮い立たせるように声を上げ、

男たちの一人がライトを前方へとかざす。


浮かび上がるトイレの入り口。

突然の光に、虫が闇を求めて這い回る。


その虫のすぐ横で、案の定、

手洗い場の蛇口から水が漏れているのが見えた。


男たちの肩から力が抜ける。


何だ、脅かしやがってと、

勇気を見せつけるようにトイレへ歩み寄る。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


周囲を観察してみるも、

水の漏れた蛇口以外に異変はなし。


トイレに行った仲間の姿もなかったが、

買い物にでも行ったのだろうと結論付けた。


蛇口を硬く締め直し、

さて上へ戻るかとトイレへ背を向ける。


そうして、無音の部屋を歩き、

階段へと足をかけたところで――


――ぴちゃり。


水音が、再び聞こえてきた。


男たちの足が止まる。


ゆっくりと振り返り、

携帯のライトをトイレへと掲げる。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


暗くてよく見えない。


おいおい、と誰かが呟く。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


ちゃんと締めたよな、と誰かが訊ねる。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


ブッ壊れてんじゃねぇのか、と誰かが怒鳴る。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


水音が止まない。


心臓の鼓動すら聞き取れそうな夜の廃ビルを、

小さな雫が執拗に叩き続ける。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


――ぴちゃり、ぴちゃり。

――ぴちゃり、ぴちゃり。


その繰り返し脳を打つ滴りに耐えきれず、

男たちはトイレに向かって一斉に走り出した。


このふざけた水漏れを止めようと、

我先にトイレへと向かい蛇口へと取り付く。


が――


蛇口は、硬く締まっていた。


水などどこからも漏れていない。


上も下も、便器も調べてみたものの、

どこにも水音が鳴るような場所はなかった。


“じゃあ、この音は何なんだよ!?”


先頭の男が叫びながら振り返る。


そこで――ようやく気がついた。


自分も含めて、

この場に三人しかいないことに。


仲間の一人が、

いつの間にか消えていることに。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


水音が響く。


ついさっき笑っていた話が、

ふいに脳裏を過ぎる。


“仲間が失踪している”


まさかだろう、と息を呑む。


水音が響く。


――ぴちゃり、ぴちゃり。


――ぴちゃり。



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