最終決戦2


僕の決戦の場所は、

部活棟二階。


ただ、それ以上は、

具体的にどこの教室前とは決まっていない。


もしかすると、居場所を特定することも、

戦いの中に組み込まれているのかもしれない。


奇襲を警戒しつつ、慎重に歩を進める。


人影は見当たらなかった。


冷たい空気の中に人の気配は感じられず、

拍子抜けするほどに静かだ。


……長期戦を見据えて、

“集中”はまだ使わないほうがいいな。


その代わり、“判定”と

周りの気配を見逃さないようにしないと――


「――こっちだ」


と、廊下の中ほどから声が聞こえてきた。


目を凝らすと、暗い廊下の先で、

いつかのように白い仮面がゆらりと宙に浮かんでいた。


鬼塚……か?


念のため、周囲の様子を探ってみる。


……特に怪しい気配はなし。

本当に鬼塚一人か。


ならばと、足音を十ほど稼いだところで、

鬼塚の輪郭までがはっきりとしてきた。


「ん? お前……」


「……どうも」


「そうか……

お前が今日の相手だったのか」


……また怒鳴り散らしてくるか?


そう思って身構えていると、

鬼塚は無言で仮面と外套を脱ぎ始めた。


ABYSSの下から現れたのは――

学園で見たままの鬼塚。


こうして、実際に衣装を脱いでもらうと、

改めてABYSSは学生なのだという実感が湧いてくる。


この鬼塚と、今から殺し合うのか……。


「笹山晶……だったな?」


「ええ」


「てめぇには言いたいことが山ほどある。

ボッコボコにしても足りねぇくらいにな」


……僕が、鬼塚を儀式の夜に倒した件か。


「不可抗力ですよ、あれは。

先輩が突っ込んでこなければ、僕にやる気はなかった」


「だったら、

生け贄の女を見捨てて逃げたのも不可抗力ってか?」


「……否定はしないです。

あの時の僕に、彼女を助けられませんでしたから」


「てめぇ……」


鬼塚が、

地面に脱ぎ捨てた仮面を踏みつける。


バキリと音が鳴って、

仮面が真っ二つに割れる。


「そんなにてめぇの命が大事なら、

最初から一人で逃げればよかっただろうが」


「いや……襲ってきておいて何言ってるんですか?

そっちが来なければ、僕は何もしませんでしたよ」


「そもそも、生け贄の子だって、

僕は最初は助けようとしてました」


「でも、アーチェリーの仮面が途中で乱入してきて、

どうしようもなくなっただけです」


「だからって見捨てていいと思ってんのか?」


「いや、そりゃよくないですよ。

いいわけがないじゃないですか」


「あなたは、僕が喜んで

見捨てたとでも思ってるんですか?」


「仕方ないって理由を付けただけで、

てめぇの利益のために見捨てたのは知ってるぜ」


「っ……自分の楽しみのためだけに生け贄を殺してる、

[ABYSS'あなた]に言われたくありません」


「あぁ!?」


「っていうか……何なんですか?」


「何でABYSSのあなたが、

僕にそんなお説教みたいなこと言ってくるんですか?」


わけが分からない。


鬼塚は、学園でも手が付けられない

暴れ者じゃなかったのか?


何でこんな、僕が気にしてることを

言葉で責めてくるのか、まるで分からない。


琴子に絡んでいた、昼間のあの鬼塚なら、

問答無用で殴ってきそうなものなのに――


「……別に、

てめぇに理解してもらおうなんて思ってねぇよ」


「俺がてめぇに言っておかねぇと、

気が済まなかっただけだ」


……つまり、

八つ当たりってことか。


それにしたって、あの子を見捨てた件で、

鬼塚に責められる理由が分からない。


まさか、鬼塚があの生け贄の子を

助けようとしてたわけじゃあるまいし。


「……まあいい。言っても無駄みてぇだし、

後はてめぇをボコって終わりだ」


「てめぇは仲間のプレイヤーを勝たせるために、

俺をブッ殺しに来たんだろ?」


「……ええ、そうです」


「あいにくだが、てめぇみてぇな奴には、

絶対に負けてやらねぇよ」


「伏兵でも用意してるんですか?」


「片山みてぇなクソと俺を一緒にすんじゃねぇ。

俺はルールを守る[性質'たち]なんだ」


「真っ正面からブッ殺してやるから、

とっととかかって来い」


鬼塚が鋭い目をさらに尖らせて、

拳を構える。


鬼塚について、

色々と思うところはあるけれど――


結局、やることは変わらない以上、

余計なことを考えるのはやめよう。


今、考えるべきことは、

この戦闘に勝利することのみ。


――そうして、

二人とも申し合わせたように間合いを詰めた。


直後、閃く鬼塚の左の拳――

潜り込むようにして回避/鬼塚の腹に拳を叩き込む。


けれど、相当鍛えてあるのか、

ほとんど効いた様子はない。


逆に、こちらを捕まえに伸びてきた手を、

距離を離して躱す。


「チィッ!」


……前回の鬼塚戦を踏まえると、

攻撃はほぼ大振りなものだと見ていいだろう。


攻撃を食らう可能性はそう高くないけれど、

先の感触からすると、こっちからの決定打もない。


いっそ一度引いて、

“集中”をするべきか?


それなら、

短期間で決着できるけれど――


「ボサっとしてんじゃねぇぞオラ!!」


考えはまとまっていないものの、

ひとまず鬼塚の突進を迎え撃つ。


飛んでくるのは右のフックか、

それとも回し蹴り辺りか。


「!?」


そんな僕の予想は、

完全に外れた。


というか、

全く持って予想外の左のジャブ。


辛うじて捌くことには成功したものの、

休む間もなくどんどん降ってくる。


隙がほぼない高速の連打。


しかも、鬼塚の怪力から繰り出されるそれは、

受けているだけで腕がかなり痛い。


まさか、こいつがこんな小技を

繰り出してくるとは――!


「くっ……!」


地面を蹴って間合いを離す。


が、フットワークを駆使して、

素早く間合いを詰めてくる鬼塚。


そして、また高速の連打を開始。


どころか、今度はコンビネーションも混ぜて、

こっちのガードを崩しにかかってくる。


ワンツー/上下に打ち分ける左のフック

/レバーブローに右ストレート。


ヘッドスリップやフェイントも時折混ぜて、

こっちの打ち返しもきっちり回避してくる。


そして――


「ぎっ……!」


回避が難しくなってきたところで、

大振りのストレートが飛んでくる。


仕方なく受けるものの、

ガードの上から響いてきてめちゃくちゃ痛い。


受け方が悪い時には、ガードごと吹っ飛ばされかけて、

体勢が崩れたところをまた狙われる悪循環に。


前回とはまるで違う。


ガードしてるだけで、

ガンガン削られていく。


こいつ、こんなに強かったのか?


片山なんてまるで相手にならない。


こんなの、

素の状態じゃ手に負えない。


何とかして“集中”しないと――


「くそっ!」


間合いを離すべく、

鬼塚に蹴りを入れる。


が――


鬼塚はびくともせず、

逆に蹴った僕を吹っ飛ばす勢いで突っ込んできた。


その勢いそのままに繰り出される拳を受ける

/吹っ飛ばされる。


けれど、何とか着地――

受け止めて痛んだ右手を振りつつ、前を見る。


鬼塚の獰猛な笑み――

“逃がさねーよバカ”。


その顔に苦々しい思いを抱きつつも、

逃げられない事実を受け止める。


手に負えなくても、

素の状態でやり合うしかない。


細かくステップを刻みつつ、

鬼塚の拳の前へ。


飛んで来るジャブ。


その軌道を右手でずらし、

身体ごとぶつかるようにして懐へ飛び込む。


「甘ぇよバカっ!」


途端、身体が宙に浮くような

錯覚を覚えた。


投げ!?


――いや、足を払われたのか!


それを意識したのと同時に、

再び飛んで来る左拳。


当然ガード、ついで踏み込んだ身体を引き、

相手の膝を狙って足を出す。


が、それは届かずに空を切る。


「どうしたァ、オイ!!」


と、今度は鬼塚の方から一歩踏み込んできて、

鋭く短い足払いを仕掛けてきた。


くそっ……コイツ、

ボクシングだけじゃないのか?


戸惑っている間に、

再び左のジャブが飛んでくる。


ガード/合間に反撃――

鬼塚の顔と丹田、脇腹に拳が刺さる。


が、絶対に痛いはずなのに、

顔色一つ変えずに打ち返してくる鬼塚。


「っ……!」


命中している数は、

こっちのほうが上のはずなのに。


技術の面で言えば、

こっちのほうが上のはずなのに。


身体能力一つで、

鬼塚に完全に押されてる……!


「おぉおおおおっ!!」


いや――違うか。


身体能力一つじゃない。


何ていうか、

この鬼塚は気迫が違う。


僕の攻撃を受けても倒れないのは、

全てを受けきる覚悟をしているからだ。


僕に技術で劣るのは、防御が追いつかないのは、

最初から計算済み。


絶対に僕に勝っている力の部分で、

押し潰すように勝つ――そんな意思を感じる。


でなきゃ、こんな一歩も引かない殴り合いなんて、

展開できるわけがない。


この苦戦は、覚悟の差だ。


鬼塚に勝ったことのある僕と、

僕に負けたことのある鬼塚との意識の差だ。


僕は――鬼塚を侮っちゃいけなかった。


「うおっ……!?」


鬼塚の目も眩むような一撃を、

地面を這いつくばって躱す。


そのまま全力で床を這い、

鬼塚との距離を離す。


追い縋ってくるところに靴を投げて、

持ってきた警棒を投げて、全力で距離を稼ぐ。


と――すぐに距離を詰めるのは無理と判断したのか、

鬼塚は追跡の足を止めた。


それを確認してから、荒ぶる呼吸を整えつつ、

鬼塚と向かい合う。


「随分と必死に逃げるじゃねぇか」


「あなたが、

本気だって分かったんで」


「当たりめーだ、バカ。

あんまり人を舐めてんじゃねーぞ」


「……ええ。

ここから本気で行きます」


僕の言葉をどう取ったのか、

無言で拳を構える鬼塚。


そこには僅かな油断も隙も見えない。


きっと、僕が本気で行くと言わなくても、

この人は同じように構えただろう。


そんな人を相手にしているんだから、

一切の手加減は必要ない。


僕の持つ全力で、

この人を叩き潰す。


──集中。


体を戦闘用のそれに作り替える。


心を戦闘用のそれに作り替える。


構えを維持したまま、

警戒を切らさない足捌きで距離を詰めてくる鬼塚。


黒豹じみた鋭い眼が、

間合いに入った瞬間の一撃必殺を狙って細まる。


その狙いに、敢えて乗った。


真っ直ぐに間合いを詰める――

鬼塚が驚きに目を見開く。


それでも、瞬時に状況を受け入れたらしく、

僕の動きに合わせて飛んでくる右の拳。


その拳が迫る前に、体を沈めた。


膝の高さで地を這って、鬼塚の体を中心にして、

走ってきた速度そのままに旋回した。


今度こそ鬼塚の驚愕――

恐らくは、僕の姿が目の前で忽然と消えたはず。


その無防備な意識を狙って、足を払った。


鬼塚の巨体が崩れる。


その落ちてくる鬼塚の脇腹に

貫手を見舞った。


折りたたまれる上半身の隙間を縫って、

喉を突いた。


「がっ……!」


酸欠の苦痛に、

声にならない声を上げる鬼塚。


その巨躯が縮こまり、

床に突っ伏したままぶるぶると震え始める。


……終わりだな。


しばらくは動くどころか、

息も吸えないはずだ。


仮に動けるようになったとしても、

息を吸うたびに激痛が走るのは変わらない。


そんな状態では、とても戦いになんてならない。

僕らの勝負はこれで終わりだろう。


「この勝負は、僕の勝ちです」


「……!」


「あなたが相手だから、本気でやりました。

……すみません」


「それじゃあ、

僕は幽のところに行くので」


失礼しますと頭を下げて、

鬼塚に背を向ける。


投げつけた靴を回収し、

体の傷んだ箇所を確認して、ふぅと息をつく。


さて……幽が呼び出された先は、

学習棟の三階だったな。


間に合うといいんだけれど――



「っ……!?」


これは……鬼塚の“判定”の音!?


まさか――


「鬼塚っ!?」


「ガアァアアアアァッ!!」


瞬間、鬼塚がナイフを振り下ろしてきた。


「くっ……!」


そのナイフを、紙一重で回避する。


同時に、鬼塚のこめかみへ

思い切り拳を振り抜く。


それで、再び鬼塚は地面へと倒れた。


今度は意識がなくなったのか、身悶えではなく、

びくびくと痙攣を繰り返していた。


「ふぅ……!」


背筋の辺りを、冷たい汗が流れる。


今さらながらに呼吸が荒げ、

心臓がどくどくと高鳴る。


まさか。


動けるような状態じゃなかったはずなのに、

まさか襲いかかってくるとは。


しかも、この瞬間を想定していたのか、

ナイフまで隠し持って……。


「なんなんだよ、この執念……」


凄まじい意思の強さに、思わず喉が鳴る。


この勝負に、それだけ賭けてきたってことか?


ABYSSにとってのこの勝負は、

そんなに大事なものなのか?


部長もまた、

こんな執念を持っているのか?


「幽……!」


早く、幽のところに行かないと――





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