投函された手紙2

しばらくゲームセンターでたむろした後、

片山は仲間を引き連れて路地裏へ――


僕らも続けて路地裏へ向かうも、

片山たちに特に変わった様子はなかった。


こうまで上手く行きすぎていると、

逆に不安になってくる。


「……そういえば、

いつまで尾行するの?」


「ABYSSだって証拠を出すまでよ」


「でも、ABYSSとして活動するのって、

基本的に学園の中じゃなかった?」


「……大丈夫よ」


何がだ。


「私が大丈夫って言ってるんだから大丈夫なのっ。

いいからこのまま続行するわよ」


うーん……このまま尾行し続けていても、

決定的な証拠は出ないような気がするんだけれどなぁ。


というか、もうすぐ日没だから、

このまま続けていくのはちょっと怖い。


思いつきで始めた尾行にしては収穫もあったし、

また次の機会にしたほうがいいような……。


「あ、また人が増えたわよ」


言われて目を向けると、新たに三人の男が、

片山の前に横一列に並んで起立していた。


その三人の顔を、

片山がさも不愉快そうな顔で[睥睨'へいげい]する。


っていうか、あの三人……。


「どうしたの? 知り合い?」


「いや、さっき学園に来てた不審者だよ」


「『誰かと待ち合わせしていたみたいだ』って

真ヶ瀬先輩が言っていたんだけれど……」


もしかして、あの三人は、

片山に会いに来ていたんだろうか?


「……もしそうだとしたら、片山にとって

今日の騒動は、嫌な出来事だったみたいね」


黒塚さんの言う通りだ。


そうでなきゃ、

あんな風に怒ったりはしない。


会いに来られたのが不都合なのか、

それとも見つかって騒動になったのが不都合なのか。


何にしても、彼らの存在は、

片山にとって隠しておきたいものなんだろう。


その後も経過を観察していると、

片山は三人を何度か怒った後、ようやく表情を崩した。


それから、三人の背後にある廃ビルの扉を開き、

仲間を連れて中へと入っていった。


「……どうする?

ビルの中に入っていっちゃったけれど」


「追うわよ」


「いやでも、さすがにそれは危なくない?

屋内は足音も反響するし、見つかる可能性が……」


「大丈夫。

いざとなったら私が守ってあげるから」


「いやいや、見つからない前提で行動しようよ。

これ以上の深入りはまずいって、絶対」


片山たちが、

さっきの人数だけとも限らない。


あの中にも何人いるか分からないし、

ABYSSが複数混じってる可能性だってある。


特に、アーチェリーの仮面がいたりしたら、

廃ビルの狭い通路でやり合うことになるわけで。


そんなのは、さすがにごめんだ。


「今日はここまでにしよう。ねっ?」


「晶が行かないなら、

私一人で行くわよ?」


「いやいや、

そんなこと言わないで」


「来るの? 来ないの?」


「行かないし

行かせない方向でどうにか……」


答えた途端に、

幽の顔がむっとなった。


これはまずい。


「晶はそこで待ってて」


「いやいや、

ちょっとちょっと!」


廃ビルへとずかずか歩いて行く幽を追って、

背中に手を伸ばす。


けれど、それを

ひょいひょい躱して進む幽。


ああもう、これ、

本気で捕まえたほうがいいのか?


「あーーーーっ!」


突然、背後で叫び声が上がった。


何事かと振り返ると、

そこには、メガネをかけた男の姿。


っていうか、うちの学生か?

何でこんなところにいるんだ?


色んな疑問が噴き出しているその間に、

僕の隣を風が吹き抜けた。


その風が、黒髪をなびかせながら、

猛烈な勢いで男のほうへと向かっていく。


「ちょ……幽!」


「ひっ!?」


男が逃げ出そうと、

体を反転させる。


その背中に、

幽の飛び蹴りが突き刺さった。


風船を擦ったような悲鳴を上げて、

男が地面に倒れ込む/転がる/壁に激突する。


その様子を悠々と見下ろしながら、

幽が蹴りつけた足をぶらぶらと遊ばせる。


「っていうかちょっとォ!

何やってんの!?」


「蹴り」


「いや、それは見れば分かるから!

そうじゃなくて、何でいきなり蹴ってんの!?」


「だって、あれ以上

騒がれたら困るじゃない」


「一般人を蹴り飛ばすほうが

問題だってば!」


「わざわざこんなところに入って来るのが

一般人なわけじゃないでしょう?」


「しかもこいつ、丸沢豊よ」


「丸沢って……

確か、爽がABYSSの候補に挙げてた?」


「そう、それ。

つまりこいつはABYSSだから蹴っていいのよ」


ほら起きなさい、と、

幽が寝ている丸沢の襟首を掴んで引きずり起こす。


けれど、その男の体は脱力したまま。


顔を見てみると、

完全に白目を剥いていた。


「……この人、

本当にABYSSなの?」


「ん……ちょっと、

ABYSSにしては弱すぎるかもしれない?」


「っていうか絶対に一般人でしょこれ!」


死んでないだろうなまさか!?


「こういう時って、どうしたらいいのかしら?

埋めればバレなかったりする?」


「いや普通に助けようよ!」


駆けよって男の体を抱き起こし、

呼吸を確認する。


……気絶してるだけか。

死んでなくてよかった。


もし死んでたら、

ペナルティで幽まで死んでたことになるし。


「よかった……

放っておいても大丈夫そうね」


「あのね……」


やったのは幽なんだから――


と言おうと思ったところで、

ふと廃ビルのほうから物音がした。


ついで聞こえて来る、

『何か叫んでたぞ!』とかいう声/ばたばたという音。


「っ、やばっ……!」


「逃げるわよ、晶!」


気絶した男を抱えて、横道に入る。


それから、脇目も振らずに、

人通りを目指して走った。





「もうここまで来れば大丈夫だろ……」


追っ手がないことを確認して、

抱えていた男を道端に下ろした。


……きっと、目が覚めたら驚くだろうな。

いつの間にか移動してて。


顔を見られているだけに、

夢でも見てたのかと思ってくれればいいんだけれど。


「ったくもう、

変なところで邪魔してくれたわね」


「……この人には気の毒だったけれど、

僕としては邪魔が入ってよかったよ」


あのまま突入してても、

悪い結果しか予想できないし。


片山がABYSSだとしても、一般人を殺せない以上、

あの場で幽が戦闘するのは論外だ。


……でも、もし相手側が仕掛けてきたら、

幽は絶対に突っ込んでたんだろうなぁ。


こんなにも幽が危なっかしいとなると、

常に僕が傍にいたほうがいいんじゃないだろうか……。





登校して下駄箱を開けると、上靴の中に、

折りたたまれた紙が入っているのが見えた。


一体何だろうと思いつつ、

四つ折りになったメモを開く。


「……あー」


文面を見た途端、

なるほどなと変に納得してしまった。


『今夜二十二時 学園に来い』


そんな愛想の欠片もない指定だけが、

用紙に殴り書きしてあった。


くるくると紙を回して確認してみるも、

他にメッセージはなし。


差出人も不明。

字体を見る限りは男だろうか?


となると、

心当たりはあれしかないよな……。



とりあえず幽に相談するとして、

時間は……お昼休みがいいか。


今日はお弁当もちょっと多めに作ってきてるし、

食べながら対応を決めるとしよう。





「遅いわよ」


屋上へ行くと、

幽が仁王立ちして待っていた。


その手には、昨日と同じ牛乳。

それと、コッペパン……ではなくおにぎり。


「今日はパンじゃないんだ」


「おにぎりのほうが

おかずに合うでしょう?」


「いや……間違いないけれどさ」


堂々とした物言いに、

思わず苦笑が漏れる。


そこまで用意してるとなると、

よっぽど美味しかったんだな……。


まあ、喜んでもらえるぶんには嬉しいし、

こっちもそのつもりで用意してきたんだ。


せっかくだから、

一杯食べてもらおう。





「あら、昨日より多い?」


「二日続けておかずがなくなるのは困るしね。

はい、こっちが幽のお箸」


「ふーん、気が利くじゃない」


「幽には恩を売っておかないといけないからね」


「あのねぇ……この私が、

食べ物なんかで買収されるとでも思ってるの?」


「はい、ささみのしそチーズカツ」


「……何これ美味しい!?」


「晶、明日も絶対にこれ作ってきなさいよ!

何でもしてあげるから!」


「う、うん……了解」


肩を掴んで揺さぶってくる幽に、

軽く引きながら頷きを返す。


頑張って作ってきたんだけれど、

まさかこんなに簡単に堕ちるとは……。





二人で雑談を交えつつ、

お弁当箱の半分くらいを消化して――


そろそろいいかと、本題の朝の一件を切り出すと、

幽はすぐさま食いついてきた。


「呼び出しがかかったって、相手は誰?

鬼塚? 片山?」


「いや、まだ特定できたわけじゃないよ。

下駄箱に手紙が入れられてただけだから」


はいこれ――と、

朝のメモを幽に手渡す。


それを一読すると、

幽の表情が満足げに綻んだ。


「囮の役目、

しっかり果たしてるじゃない」


「んー……そうなのかな?」


「あら、どうして?

こうして敵を誘い出してるじゃない」


「僕も朝の時点ではそう思ってたよ」


「でも、冷静に考えたら、

その敵がABYSSだって確定してないんだよね」


「秘匿性を何よりも重んじるはずのABYSSが、

わざわざ証拠の残る方法で呼び出すとも思えないし」


「そう? 私はABYSSしかないと思うけど。

きっと昨日の連中が仕掛けてきたんだわ」


「この手紙だって、証拠を残さないように、

差出人が分からないようにされてるじゃない」


「……最低限の隠し方だと思うけれどね」


もっと上手くやろうと思うなら、

色々と方法はあるはずだ。


例えば、新聞の文字を切り貼りして手紙を作るとか。

筆跡だけ気にするなら、パソコンで作ってもいい。


もしパソコンとプリンターが手元になくても、

定規を使って直線だけで文字を作ることもできる。


「そういう手間を惜しむなんてこと、

ABYSSがするかなあって」


「私だったらするけど?

だって、晶にバレても痛くも痒くもないし」


ああ……確かに、

幽ならやりそうな気はする。


プレイヤーも同じくらい

秘密にはうるさいはずなのに。


……ってことは、ABYSSでも、

僕相手ならやりかねないってことか。


「んー、でもやっぱり怪しいなぁ」


「さっきから随分と否定的だけど、

晶にはこれがラブレターに見えるわけ?」


「いや、さすがにそんなお花畑じゃないよ。

僕に恨みのある人がやった可能性を考えてるだけ」


「晶は人に恨みを買うタイプに見えないわよ。

ABYSSで決まりだってば、絶対に」


「もし違ったとしても、その時は、

二度とこんな真似できないように叩きのめせばいいのよ」


「さらっと恐ろしいこと言うね……」


でも、幽の言う通りか。


相手を下手に想像しないで、

ABYSSからの接触を前提にしてたほうがいいな。


そうすれば、結局、

何にでも対応できると思うし。


「オッケー。それじゃあ、

ABYSSを想定して動こう」


「ただそうなると、

罠があるのは間違いないと思う」


「ああ……そういえばそうね。

単純に果たし合いってことはないか」


あるとすれば、ABYSSの部員複数で待ち伏せとか、

飛び道具持ちを高所に配置する形だろうか。


地雷みたいな、

仕掛け的な罠は考慮しなくていいだろう。


そんなものを仕掛けるくらいなら、

僕を直接殺したほうが早いと思ってるはずだし。


「待ち伏せなら、

先回りすれば潰せるわね」


「そうなんだけれど、多分それをやると、

相手方の計画が中止になる可能性があるんだよね」


「それは困るわ。

せっかくのチャンスなのに」


「うん。だから、やっぱりある程度は、

相手の思い通りにさせてやらないとダメだと思う」


「相手のパターンを幾つか想定して、

それに応じた作戦を決める必要があるね」


「……結構、時間がかかりそうね」


「まあ、呼び出しまではたっぷりあるから、

十分なレベルまで詰められると思うよ」


「それじゃあ、お昼休みはもう短いし、

放課後になったら決めましょう」


「オッケー。

場所はどうしようか?」


うちは琴子がいるから除外するとして。


カラオケとかファミレスでもいいんだけれど、

知り合いに出くわす可能性が高いんだよな……。


んー、どうしたもんか。


「じゃあ、うちにしましょう」


えっ。


「学園の傍のマンションだから、

時間に気を遣うこともないわよ」


「い、いや……

それはそうなんだけれど……」


幽の部屋?


それって、

女の子の部屋ってことだよな?


「何よ? 問題でもあるの?」


「いや、僕としては問題ないんだけれど、

幽はいいのかなって……」


「別に構わないわよ。

見られてまずいものなんてないし」


そうだとしても……

ホントにいいんだろうか?


僕からすれば、部屋に異性を上げるということ自体、

大きなイベントのような気がしてならないんだけれど。


……ちらりと幽を盗み見るも、

特に気にしている様子はない。


となると、

気にしてるのは僕だけなのか?


意識しちゃうのは変なのかっ?


「文句がないなら、決定でいいわね」


「う……はい」


「じゃあ決まりね」


一仕事終えた風な笑顔で、

おかずを口に放り込む幽。


その美味しそうにご飯を食べる顔を見て、

ふと気付いた。


もしかして僕、男じゃなくて、

おかず製造器だと思われてるんじゃないだろうか――



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