違和感の正体4



――あ、思い出した。


そうだ。

前に、校門で琴子と挨拶してた子だ。


「きみ、確か琴子のお友達だよね?

確か……ゆんゆんさん?」


「あー、ですですっ!

って、お兄さんなんで知ってるんですか!?」


「前に、琴子がそう呼んでたのを覚えてたんだ」


「おぉう……何という凄まじい記憶力。

さてはお兄さん、探偵さんですね?」


「いや、普通に学生やってるけれど」


「えー、実はIQ180とか、

グレートな裏設定があったりしないんですか?」


「残念ながら」


「むむむー……残念です」


……何だかこのノリ、

物凄く既視感があるな。


もしかして、琴子の友達って、

みんなこんな感じだったりするのか?


「どうしました、お兄さん?

ぼーっとして」


「ああいや、

ちょっと知り合いに似てるなと思って」


「琴子の友達の子だから、

もしかすると、ゆんゆんさんも知ってるかな?」


「お、どなたでしょう?」


「安藤有紀っていう子なんだけれど」



「……それ、私ですよ?」


――思考が真っ白になった。


は……?


今、何て言った……?


「あれ、お兄さん? どうしました?

おにいさーん?」


安藤有紀。


あんどう、ゆき。


それは、その名前は、

あの子のものだったんじゃないのか?


琴子の友達で、切り裂きジャックを追っていた、

あの一度喋り出すと止まらない子じゃなかったのか?


琴子と一緒に――

死んでいた子じゃなかったのか?


「あのー、大丈夫ですか――」


“安藤有紀”が、

よく分からない言葉を続ける。


もちろんそれは、

僕の目の前の“安藤有紀”だ。


僕の知ってる女の子と、凄くよく似たしゃべり方をする

“この安藤有紀”だ。


だとしたら――だとしたら。


死んだ“あの安藤有紀”は。


一体、誰なんだ――?


「あーうー、こっとんのことを聞きに来たのに、

お兄さんが電池切れに……!」


「ねぇ、ちょっといい?」


「わわっ、動いた!? 予備電源!?」


「きちんと教えて欲しいんだ。

きみの名前は、安藤有紀。間違いないね?」


「は、はい……そうです」


「安藤さんのクラスに、

他に同姓同名の安藤有紀ちゃんはいる?」


「……いえ、私一人ですけど?」


「というかですね、実は、

名字で呼ばれると背中がこそばゆくなるんですがっ」


「――ごめん。

妹のことはまた今度話すから」


「あ、はい……って、えぇーっ!?」


後ろから困惑した彼女の声が聞こえてきたけれど、

そんなのに今は構っていられない。


頭の中は、もう、

一つの言葉で一杯になっていた。


「ニセモノ……!」


“あの安藤有紀”は、偽者だった――


その事実が、

冷たい感覚となって覆いかぶさってくる。


偽名を使っていた理由を考えると、

肌が手の先からぷつぷつと粟立っていく。


僕に対して、偽名を使って、

性格まで真似て接近してくる理由。


そんなのは、一つしかない。


「あの子も、ABYSSだったのか……」


彼女に話した情報は少ない。


だから、結果的にその行動は、

無意味だったと言っていい。


けれど、身近にABYSSが潜んでいたという事実は、

決して看過できることじゃなかった。


可能性としては、考慮していたけれど――


いざ実際にそれが顕在してみると、

動悸が一向に収まらなかった。


歯噛みしながら、廊下を走る。


何にしても、まずは確かめないと。





幸いなことに、

生徒会室には誰もいなかった。


もう授業も始まる頃だから、

当然と言えば当然か。


椅子に座りながら、PCを立ち上げる。


普段は早いとしか思わなかった起動が、

今日に限ってやたらと遅い。


焦る意味はない――そう自分に言い聞かせながら、

待ち時間で呼吸を整える。


そうして、やっとのことで立ち上がったPCで、

真ヶ瀬先輩のデータベースを検索した。


安藤有紀――該当一件。


琴子と同じクラスで、

生徒手帳用の顔写真はさっきの子と一致。


つまり、“あの安藤有紀”は、

やはり偽物だったということで確定した。


じゃあ、本当の名前は何なんだと、

全校生徒の顔写真を並べて順に確認していく。


が――


「……ない?」


“あの安藤有紀”の顔は、

学園のどこにも存在していなかった。


念のため、過去に遡って調べても、

一切見当たらない。


少なくとも在校生に、

あの顔がないのは確かだった。


「どういうことだ……?」


黒塚さんが――プレイヤーが言うには、

ABYSSは学園に所属している生徒のはずだ。


なのに“あの安藤有紀”は、

うちの学園にはいない。


つまり、ABYSSじゃないということになる。


「何だそれ……」


そんなこと、あり得るのか?


もしあり得るとしても、

彼女が“あの安藤有紀”として行動してた理由は?


そもそも、僕と温子さんの他に

“あの安藤有紀”を知ってる人はいるのか?


『安藤のヤツとはちょっと前から知り合いでさー』


ふいに脳裏を過ぎる言葉。


そうだ。

あの人は確かに、あの時そう言っていた。


「そうだ……」


思い出せ。違和感だ。


何の変哲もない自己紹介。

意外な知り合い。意外な繋がり。それはいい。


あの人の安藤有紀の呼び方について、

違和感を覚えた。


初対面の僕でさえ、

名字じゃなく名前で呼んできたような人なのに――


どうして、

偽物を安藤という名字で呼んだ?


次の日には有紀って呼び方に変わっていたけれど、

最初からそうしなかった理由は何か。


「……恐らく、知らなかったから」


あの時、直前で温子さんが出した名前が名字だったから、

仕方なくそれで呼んだんだ。


知り合いなのに、

名前を知らないのは――おかしいから。


でも、安藤有紀を知っている人からすると、

あの子のことを名字で呼ぶほうがおかしい。


名字で呼ばれると、

背中が痒くなるという子なんだ。


そんな子を完璧に模倣した偽物を名字で呼ぶのは、

温子さんのように初対面の人しかあり得ない。


そう考えると――


「おいおい……」


様々な疑念が噴き出してきた。


正体不明の“あの安藤有紀”と、

旧知の仲であると偽っていた。


片山とは古い付き合いだと、

温子さんも交えて話していた。


その上、切り裂きジャックについても、

普通じゃ知らないところまで知っている様子があり――


琴子や爽が浚われたのは、

あの人に僕らが呼び出されている時だった。


これが全部、

偶然という一言で片付くものか?


細く息を吐き出し、

震えそうになる右手を掴む。


決定的な証拠は何もない。


ないものの、

疑うべき要素はこんなにも出てきてしまった。


たった一つ、

“あの安藤有紀”が偽者だったと判明しただけで。


けれど――このことを、

温子さんに伝えるべきだろうか。


あの人が妹の仇だと知ったら、

温子さんは一体どう思うだろうか。


……答えを早急に出す必要はない、か。


まだ考えるだけの時間はある。


とりあえず、手持ちの情報が全てまとまってから、

考えるべきだろう。


「……図書館に行こう」


黒塚さんと会うこと。


それが、今できる僕の最善の選択だった。



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