違和感の正体3

ちょうど朝食ができたところで、

温子さんが下りてきた。


寝癖の欠片もない辺り、

さすが女の子といった感じか。


どうやったらあんなにさらさらの髪になるのか、

凄い不思議だ。


けれど、温子さんにとってはそんな髪の毛よりも、

目の前の光景のほうが不思議だったらしい。


食卓を確認するなり、

魔法でも見たような顔を向けてきた。


「……凄いな。これを晶くんが?」


「温子さんに、

少しでも美味しいご飯を食べて欲しくて」


「ありがとう、晶くん」


にっこりと柔らかい温子さんの微笑み。


その笑顔に幸せを感じながら、

席に着いて、二人で手を合わせた。


二人きりの朝食の話題は、

昼休みの時みたいに他愛もないことばかりだった。


いや――話題だけじゃない。


お互いが適度に気を遣っているような、いないような、

曖昧な感じの雰囲気もそのまま。


お互いで色々なものを共有した後も、

以前と何も変わらない。


でも、それは僕ららしいと思うし、

何より、居心地がよかった。


「さて――」


おかずのお皿の模様が見えてくるにつれて、

どちらともなく話題は今必要なものへと移っていった。


「とりあえず、

今の状況を共有しておこうか」


「……そうだね」


家に引きこもっていたせいで、

ここ二日の情報がまるでない。


一度整理してもらえるのは凄く助かる。


「まずは晶くんのいなかった二日間だけれど、

特に状況は動かなかったよ」


「黒塚さんは情報を収集するフェーズだったし、

私は私で色々と考えてたから」


「で、考えた中で気になったのは、

殺されていた安藤さんの存在だった」


「どう考えても、

彼女があの場所にいたのはおかしいんだよね」


……確かに。


加鳥さんのように、たまたま巻き込まれたなら、

まだ話は分かる。


でも、琴子は自宅ここで浚われたんだ。


そこに有紀ちゃんが居合わせていたなんて、

ちょっと考えられない。


何せ、琴子は今までに一度も、

有紀ちゃんを家に連れてきたことはなかったんだから。


「ただ……彼女がもしも被害者じゃないなら、

あの場所にいる理由は説明できる」


「あー……そうだね。

それならあり得るか」


――有紀ちゃんが、

ABYSSであること。


彼女がABYSSだったのなら、

片山の隠れ家にいても不思議じゃない。


ただ、あの時の有紀ちゃんは、

うちの制服を着ていたはずだ。


片山たちは例外なくABYSSの恰好だったし、

一人だけ制服姿なのはおかしい。


「まあ、どれも可能性の域を出ないね」


「彼女がABYSSだとしても、死んでしまった今、

それを調べる意味がどの程度あるか疑問だし」


「あと、もう一つ気になったことがある。

それぞれの殺され方だ」


爽と加鳥さんは、

首を折られていた。


それに対して、

片山たちの死因は鋭利な大型の刃物。


一方、琴子は心臓をナイフで一突き。


有紀ちゃんは、心臓が致命傷なのは琴子と同じでも、

その四肢がかなり傷ついていた。


そして、琴子と同じ現場にいた片山の手下も、

手足が折れたり指が千切れたりで傷だらけ――と。


……こうして考えると、

最少でも四種類の殺され方があるのか。


「犯人は誰なんだろう?

殺され方と同じ数だけいるのかな?」


「うーん……今のところは断定できないかな。

ただ、犯人はそう多くはないと思う」


「都市伝説のABYSSに関わってる人間が、

そこまで多いとも思えないしね」


となると、現状で有力なのは、

大型の刃物の殺人犯が切り裂きジャックってくらいか。


ジャックは現場にもいたし、

ABYSSとも関わってるし、ほぼ間違いないはず。


「何にしても、

もう少し情報が必要だね」


「……そういえば、確認してなかったけれど、

晶くんは情報を集めてどうしたいの?」


……どうしたい、か。


ABYSSと縁を切るのか、

それとも復讐に動くのかってことだよな。


当初のABYSSと関わりを断つという目的は、

ラピスの話通りであれば、既に達成されている。


これ以上は、

余分であることは間違いない。


その余分を、

続けていくのか否か。


「……よく、分からないかな」


「今は復讐がどうとかよりは、

真実を知りたい感じ」


「復讐するか下りるかは、

全部明らかになった後で決めたいと思ってるよ」


「もし、調べてる途中でタイムアップになったら、

それはそれで仕方ないけれどね」


「……なるほどね」


「温子さんはどうしたいと思ってるの?」


「私も、晶くんと似たような感じかな。

ABYSSは憎いけれど、仇討ちは現実的じゃない」


「だから、色んな選択肢を取れるように保留にしつつ、

ひとまず情報を集めよう――という感じ」


「……爽には申し訳ないと思うけれどね」


「そんなことないよ。

死んだら、何も残らないんだから」


「それに、僕も温子さんも死んでしまったら、

琴子と爽は本当に行方不明になってしまうしね」


「……そうだね」


温子さんは目を瞑って、

噛み締めるように頷いた。


「よし。二人とも同じ意見みたいだし、

今後も調査だけは続けていこうか」


「そうだね。

そこから先は……また、二人で決めよう」


どういう結論になるかは分からないけれど、

二人で決めたなら後悔もないはずだから。


「それじゃあ、もう完全に遅刻してしまったけれど、

今から学園に行こうか」


「晶くんが落ち着いたのも含めて、

黒塚さんと情報共有しよう」


「オッケー」


「あ……でも、

私は一度、家に戻ってから行くよ」


「あれ、どうして?」


「……二人で一緒に遅刻していくと、

絶対に色んな人に冷やかされると思うから」


あ……言われてみれば。


昨日休んだのに、今日一緒に登校なんてしていったら、

噂にならないわけがないじゃないか。


温子さんが気付いてくれてよかった……。





学園に着いたのは、

ちょうど一時限目の休み時間――


「お。来た」


「おはよう笹山」


教室に入るなり、

二人からの挨拶が飛んできた。


「昨日はどうしたんだ?

お前が休むなんて珍しい」


「あー……ちょっと体調不良で」


「何だよ、びびらせんじゃねーよー。

お前が愛の逃避行かましちまったのかと思ったじゃねーか」


「いやいや、まさか。

そんなことあるわけないじゃない」


「んー、ホントかぁ?

何か怪しいぞお前?」


「まさかお前、本当に朝霧と……!?」


「いや、違う違う。

僕は温子さんとは何にもないから」


そう言った途端――

二人の表情が、ぎょっとしたそれに変わった。


……あれ?

僕、何か変なこと言ったか?


「あー……笹山。

俺たちは朝霧爽のことを言ってたんだが?」


「どうしてそこで、

“温子さん”の名前が出てくるのかなぁ~?」


「え? あ……あはは……」


ヤバい、早とちりした。


ごめんよ温子さん……。


「まーいいや。

そいつは後で根掘り葉掘り聞いてやる」


「それよりマジでお前、

爽やカトちゃんと一緒だったんじゃねーのかよ?」


「……いや、違うよ」


まあ、やっぱり来るよな。

こういう話題……。


「笹山は昨日休んでたから知らないだろうが、

今、朝霧妹と加鳥が失踪中なんだ」


「木曜の夜から家に帰ってないらしくて、

うちのクラスじゃ大騒ぎだぞ」


「んで、笹山も昨日来なかったし、

三人で逃避行でもしてんじゃねーかと思ったわけだ」


「でも、笹山じゃねーならマジで失踪あるか?

つーか、俺らも探しに行ったほうがよくね?」


「早合点し過ぎだ。来てないだけで言うなら、

今川も同じく金曜から来てないんだからな」


「いや、アイツは単にサボりだろ。

カトちゃんと一緒にすんなよ」


「しかも、今川と違って、カトちゃんは女だぞ女!

色んな意味で心配だろーが!」


「あのな……警察に見つからないものが、

俺たちに見つかると思うか?」


「可能性の話じゃねーんだよ!

やるかやらねーかだ!」


「はぁ……お前はもう……」


呆れて閉口する宇治家くんに構わず、

加鳥さん救出計画を捲し立てていく三橋くん。


その光景は、いつもなら笑えるのかもしれないけれど、

今は聞いているのも辛かった。


……教室に来たのは

失敗だったかもしれない。


別に、授業も無理して出る必要もないんだし、

真っ直ぐ黒塚さんに会いに行けばよかった。


というか、もう行ってしまうか――


「あのーっ……」


そう思っていた時に、

廊下から女の子の声が聞こえてきた。


あれ? あの女の子、

どこかで見覚えがあるような……。


「すみませーん。

ちょっといいですかー?」


廊下からの呼びかけに、

教室にいたクラスメイトが一斉に反応する。


その集まる視線の中で、

女の子が物怖じせずに声を張る。


「あのーっ、

笹山晶さんっていますかー?」


途端に、クラスメイトの視線が、

一気に僕へと向かってきた。


「……笹山晶さん。お呼びだぞ」


「おいおい誰だよあの子?

何でお前を訪ねて来てるわけ!?」


「いや、全然知らない子だけれど……」


上履きの色を見る限りだと、一年生か。

僕に何の用事なんだろう?


生徒会関係なら、

普通は目安箱に行くよな……?


「おいおいやめてくれよ……!

そんな、笹山に後輩の彼女ができるとかさぁ!」


「いやいや、ないない」


「これは“温子さん”に報告だな」


「やめてよ!」


方々から飛んでくる声に冷やかされながら、

急いで廊下に出る/扉を後ろ手で閉める。


ったくもう……。

今はそっとしておいて欲しいのに。


「ありゃりゃ、何だか私が

お騒がせしてしまったみたいですね……ご無礼です」


「いや、あんまり気にしないで」


手を振って気遣い無用をアピールしつつ、

女の子を改めて眺める。


……やっぱり見覚えがあるな。


どこだったっけ?


「何の用かな?」


「あ、えーと、こっとん……じゃなかった、

笹山琴子のお兄さんですよね?」


「そうだけれど……」


って、こっとん?

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