温子の復帰1

朝――


ぐっすりとというよりは、ぐったりと眠れたおかげか、

寝覚めはそう悪くなかった。


体調に問題がないことを確かめて、

朝食を作りに布団から出る。


ちらりと時計を見ると、午前九時。


本来なら遅刻だと大慌てするこの時間も、

今日は休みだから問題ない。


ただ、琴子がいないこの状況では、

喜ぶ気にもならなかった。





携帯電話が鳴ったのは、

ちょうど朝食が終わったころだった。


……黒塚さんかな?


別れてから時間はそう経ってないのに、

もう見つかったんだろうか。


「――って、温子さん!?」


とか思ってたら、携帯に表示されていたのは、

予想外の人物の名前だった。


もう、大丈夫なんだろうか?



「もしもし」


「……久しぶりだね、晶くん。

いや、そうでもないかな?」


「ううん。

僕もなんだかそんな気がするよ」


「それより……もう大丈夫なの?」


「……大丈夫だよ。

もう、晶くんを手伝える」


その言葉は頼もしいけれど、

電話先の温子さんの声はまだまだ痛々しかった。


本当に大丈夫なのか……?


「無理しなくてもいいよ?

僕も今は、黒塚さんからの連絡待ちだから」


「いや、無理はしていないよ。

本当に大丈夫だから」


「それに……

家の中に閉じこもってるほうが辛いし」


「……そっか」


そういうことなら、

手伝ってもらったほうがいいのかもしれない。


「分かった。

じゃあ、温子さんもまたお願いします」


「うん、こっちこそお願いします」


「それで、これから会えるかな?

昨日、何があったのかを聞きたいし」


「あ、じゃあ黒塚さんも呼ぼうか。

そのほうが情報共有しやすいし」


「そうだね、お願いするよ。

待ち合わせ場所はどこにする?」


「あーっと、それじゃ──」





約束の公園に行くと、

既に待っていた温子さんが手を振ってきた。


「随分早いね。

僕、これでも結構早く出て来たのに」


「晶くんの顔を早く見たかったからね」


えっ。


「ふふっ、冗談だよ。本当だけれど」


「どっちなんだ……」


「晶くんの好きなほうでいいよ」


くすりと笑う温子さん。


……電話先だと声に芯がなかったけれど、

思ったより元気そうでよかった。


「そういえば、黒塚さんは?」


「いるわよ」


「うわぁ!?」


「……そんなに驚かないでくれる?

お化けじゃないんだから」


いや、だったらもっと

普通に声かけてよ……。


気配を消していきなり後ろからとか、

ホント心臓に悪い。


「その様子だと、

朝霧さんはもう大丈夫みたいね」


「まあ、あれだけ甘えさせてもらったからね」


『その節はどうも』と頭を下げる温子さん。


「別に気にすることないわよ。

きちんと協力してくれればね」


「それはもちろん。というわけで、

昨日までのことを教えてもらっていいかな?」


「いいわよ。ほら笹山くん、説明して」


僕なんだ……まあいいけれど。


僕自身、動きっぱなしで整理できてなかったし、

色々と整理しながら話してみるか。


……そうして、

温子さんに昨日の出来事を話した。


整理してみたところ、要点は五つ――


1.片山たちは既に死亡していたということ


2.黒塚さんと一緒に、

  片山たちの隠れ家を調べたこと


3.その際、切り裂きジャックと遭遇し、

  戦いになったこと


4.ジャックはABYSSではなく、

  片山の隠れ家で片山の手下を殺していたこと


5.琴子は結局、未だに発見できていないけれど、

  黒塚さんのパートナーが探してくれていること


「……なるほどね」


「何か気になるところはあった?」


「そうだな……片山がいつ死んだのかは、

もう分かってたりする?」


「ええ。一昨日の儀式の最中よ。

あの地下室の中に片山の死体もあったみたい」


「……片山を殺す理由のありそうな人物は、

今のところ切り裂きジャックだけだ」


「そこで爽と加鳥さんも殺されていたなら、

切り裂きジャックが二人を殺した犯人になるよね?」


……ん?


「ならないわよ。人質の二人とABYSSの連中とで、

殺され方が違ってたから」


「……それ、本当かい?」


「ええ。私が確認したんだから間違いないわ」


「爽と加鳥って子は首を折られて死んでたのに、

ABYSSの連中は鋭利な刃物で殺されてたから」


……あれ?


いやいや、

あの時って確か……。


「ジャックが別の犯人の仕業に見えるように、

わざわざ殺し方を変えた可能性は?」


「なくはないでしょうけど、

それをする意味があるなら教えて欲しいわね」


「あのー……」


「なに?」


「あの時って、

加鳥さんだけじゃなかった?」


「何が?」


「だから……あの場所で、

片山たちに殺されたのが」


「は?」


「……晶くん?」


「うっ……」


何だか、物凄い顔で二人に睨まれた。


『何言ってんだこいつ?』とかいうのを通り越して、

まるで僕が悪いことをしたみたいに。


……っていうことは、僕の勘違いなのか?


「あなた、まだ疲れてるんじゃないの?

昨日の廃ビルの時もおかしかったし」


「あ……うん。そうなのかも?」


「晶くん、疲れてるなら

帰っても大丈夫だよ?」


「いや、大丈夫。ごめん」


「ならいいんだけれど……」


言葉とは裏腹に、

納得しきらない顔を見せる温子さん。


これ見よがしに溜め息をつく黒塚さん。


何だかよく分からないけれど、

この話題は触れないほうがよさそうだな。


でも……爽か。


……誰だっけ?


「話を戻して。ジャックが片山たちだけを殺してたなら、

考えられるケースは二つ」


「ジャックの敵が片山一味である場合と、

ABYSSである場合だ」


「まあ、そうなるわね」


「ただ、ジャックに殺すべき敵がいたとして、

どうして今回、片山たちを殺したのか」


「片山がABYSSになった時期は知らないけれど、

もっと前にも殺すチャンスはあったはずなんだよね」


「噂では、街で人助けはしていたみたいだけれど、

それも片山の手下を狙った結果ではなさそうだし」


「あら、どうしてそう思うの?」


「ジャックは峰打ちをしていたらしいからね。

片山の手下なら、今回みたいに殺さない理由がない」


「もし、片山の手下だけを選別して殺していたとしたら、

今度は逆に片山がジャック狩りを始めるはずだ」


「でも、片山がそんなことをしてたら、

街で噂にならないはずがない」


「その噂がないっていうことは、

恐らくジャックは、一昨日初めて片山を狙ったんだ」


「なるほど……」


「その理由が分かれば、ジャックの敵が何にしても、

情報交換くらいはできると思う」


「私は反対ね。

昨日、笹山くんと殺し合った人間よ?」


「でも、黒塚さんたちより先に隠れ家を見つけてたなら、

私たちにない情報を持っている可能性もあるしね」


「それは……まあ、そうね」


不承不承といった風に頷く黒塚さん。


「……昨日の件に関してはこんなところかな。

今の話を踏まえた上で、今後の方針を決めようか」


「今後って……私のパートナーの情報を待って、

笹山くんの妹を探すんじゃないの?」


「それは、連絡が来てからの話だね。

それまでにできることがあればと思って」


「それはちょっと、

焦りすぎだと思うわよ」


「笹山くんも朝霧さんもまだ疲れてるんだし、

変に動いて体力を使っても仕方ないでしょう?」


「それは……いや、そうかもしれない。

とにかく動きたいだけなのかも」


「それが自分で分かる程度には、

回復したみたいね」


「まあ、気持ちは分かるけど、

今は動かずに待っておきましょう」


「そうだね」


自嘲じみた笑みを浮かべる温子さん。


その後、フッと見せた寂しそうな横顔を見て、

そういえば――と思った。


温子さんが傷ついて辛い思いをしていることは、

ずっと知っていたけれど。


温子さんの力になりたい、

温子さんを守りたいと思っていたけれど。


一体、何が理由で、

温子さんは傷ついたんだったっけ――


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