アジトの調査2

……けれど、結局、

次の隠れ家にも琴子の姿はなかった。


四つのうちの二つ。

半分を調べても、手掛かりはゼロ。


自然と顎が下がる。

肩が落ちる。


落ちた肩が、

ずしりと重く感じる。


……黒塚さんの言っていた通り、

過度の期待はしないほうがよかったのかもしれない。


こうなってくると、

期待することさえだんだん怖くなってくる。


また裏切られるんじゃないかと。


もしかして、琴子はもう――



「落ち込んでても仕方ないし、次に行くわよ。

まだ二カ所目でしょ?」


「もう二カ所の間違いだよ」


言い返すと、

黒塚さんは呆れた風に溜め息をついた。


「だから言ったじゃない。

期待しないほうがいいって」


「そうなのかもしれないけれど……」


分かってる。僕だって分かってる。


でも――


「……今回の四つがダメだったら、

また手詰まりになるんでしょ?」


「そうなったら、また調査待ちで、

その間に琴子は何をされてるのか分からなくてっ」


「そんなの、

期待しないほうがおかしいだろっ」


「期待してなきゃ、

怖くて探しになんて行けないだろ!」


「ふぅん。残りの二つを回っても、

見つからないんじゃないかと思ってるのね」


……その通り過ぎて、

ぐうの音も出なかった。


でも、手がかりも全くないし、

手応えもなし。


そんな状態じゃ、

見つかると思えるほうがどうかしてる。


……普段は考えたことさえなかったけれど、

この街がこんなに広いと思わなかった。


琴子を捜索が、砂漠に落とした一粒のダイヤを探すのに

等しい行為にさえ思えてくる。


そんな確率の低いことだと、

思いたくなくても思ってしまう。


「バカじゃない? 残りの二つにいなかったなら、

他の隠れ家を探すだけなのに」


なのに黒塚さんは、その困難に見える仕事を、

さも何でもない風に言ってのけた。


「っていうか……他の隠れ家?」


「ええ。絶対なんて言葉は使えないけれど、

明日中には、隠れ家を全部特定できると思うから」


「ホントに!?」


「嘘ついてどうするのよ」


黒塚さんが肩を竦める。


その変わらない表情を見る限り、

慰めってわけではなさそうだけれど……。


「でも、どうして、

全部特定できるなんて話になったの?」


「パートナーが言ってたのよ。

あいつ、何だかんだで優秀なのは間違いないから」


「そうなんだ……」


少しだけ安心した。


もちろん、まだ何かが解決したわけじゃないけれど、

手詰まりにならないという事実が、今は救いだった。


「……でも、黒塚さんも人が悪いよ。

最初から教えてくれればいいのに」


「嫌よ。情報なんて、

どこから漏れるか分からないんだから」


「え……?」


……それ、凄く矛盾してるけれど、

気付いてないんだろうか。


黒塚さんにとっての僕は、迂遠な利害関係者。

いつでも切り捨てられる存在だ。


情報が漏れるのが嫌だったら、

今の件も僕に話す必要は全くない。


なのに、黒塚さんが僕に話す理由は――


「ひょっとして、

僕のこと慰めてくれたの?」


「……行くわよ」


あ、無視された。


でも、タイミング的には絶対そうだ。


朝にも思ったけれど、

黒塚さんは何だかんだで優しいんだな……。


温子さんの言う通りだ。


本当に――の人を見る目は―――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――


「笹山くん……?」


「――え? あっ、なに?」


「何って……

あなたが急に動かなくなったんでしょう?」


動かなくなった?


僕が?


「黒塚さんの気のせいじゃなくて?」


そう答えると、

黒塚さんの眉が一瞬だけひそめられ――


一呼吸の後に、すぐに元に戻った。


「……何でもないなら、別にいいわ」


『行きましょう』と僕に背を向け、

次の隠れ家へ向けて歩き出す黒塚さん。


その後を、慌てて追った。





しばらく歩いた後、

広い平屋建ての前へとやってきた。


前面にシャッターのついている、

プレハブみたいな建物。


倉庫か、もしくは車庫ってとこだろうか。


「情報だと……資材置き場らしいわね。

この時期は使われてないみたいだけど」


「ふぅん……って、黒塚さんストップ!」


無造作にシャッターへと手をかける黒塚さんを、

慌てて止める。


「……何で止めるの?」


「いや、だってそんな無警戒に開けて、

ABYSSがいたらどうするのさ?」


「ABYSSがいるなら、

倒せばいいんじゃないの?」


理解できないといった風に

首を傾げる黒塚さん。


……もしかして、

本気で言ってるんだろうか?


それとも、

既に中に人はいないって確信してるのか?


「何よ? 言いたいことがあるなら、

ハッキリ言いなさい」


「じゃあ言うけれど……いきなり開けたら、

僕の逃げる暇ってなくないかな?」


「逃げる暇……」


「……気合いで逃げられない?」


物理無理です……。


「無理って言うから無理なのよ。

私、笹山くんならできるって信じてるわ」


「過度な期待はしちゃダメなんじゃないの!?」


「大丈夫、よゆーだから。

行ける行ける。間違いないから」


本日一番の笑顔で、

自己正当化のための無茶論理を押しつけてくる黒塚さん。


……何というか、僕の中での黒塚さんが、

凄いことになり始めたんだけれど。


最初は“図書室の魔女”という触れ込み通り、

クールで知的な人というイメージだった。


けれど、いざ接する時間が増えてみたら、

喋れば喋るほど『何か違う』感じがしてくる。


実は思っていたよりもいい加減で、

かつ行き当たりばったりな人なんじゃないだろうか。


魔女っていう割りに優しかったりするし、

全然怖い人って感じじゃなくなってきたぞ……。


「なに? 人の顔をじろじろ見て」


「いや……別に」


心配とか不安とかで

さっきまでは頭の中がぐちゃぐちゃだったけれど……。


黒塚さんのイメージ崩壊の過程を見ていたら、

変に悩むのが何ともばからしく思えてきた。


もっと、気負わず構えるべきなのかなぁ。





それから、慎重を期して倉庫の中を調べるも、

結局は大した情報も得られず――


今日はもう、

最後の隠れ家に賭けるしかなくなった。





「次の隠れ家だけど……

行くのはもう少し待って」


「えっ、どうして?」


「まだ少し時間が早いのよ。

次の場所は時間が指定されてるから」


時間指定……何でそんなのがあるんだ?


「パートナーが言うには、

その時間に片山の部下を呼び出してるらしいわ」


「へー、そんなことできるんだ」


「偽情報を流したって話だから、

相手がそれを信じれば来るんじゃないかしら」


「なるほど……。

ちなみに、今度はどんな場所なの?」


「廃ビルよ。取り壊し作業を待つだけの建物だけど、

ずっと待ちぼうけを食らってる状態の」


なるほど……隠れ家としてうってつけ、

って感じの場所だな。


「そういうことだから、次はABYSSの人間と

接触する可能性があるわけだけれど――」


「さっきの約束、

忘れてないでしょうね?」


「ABYSSと遭遇したら、

すぐに逃げろ……だよね?」


「そういうこと。例えあなたが捕まっても、

私に救出する余裕はないから」


「そうなったら、あなたの妹を助け出す機会も消える。

分かるわよね?」


「……うん。肝に銘じておくよ」


従順に頷きつつ――

心の内では、ごめんなさいと謝った。


黒塚さんには申し訳ないけれど、

逃げるつもりはさらさらない。


黒塚さんに『僕が逃げることで成り立つ作戦』

というのがあってもだ。


黒塚さんの厚意には感謝してもしきれないけれど、

やっぱり、他人には任せられない。


琴子は、僕が助けないと。


「……そういえば、今思ったんだけれど、

黒塚さんはABYSSと戦って大丈夫なの?」


「……どういう意味?」


むすっとする黒塚さん。


「いや、疑ってるわけじゃなくて、

純粋に大丈夫かなって思ったんだ」


「ABYSSは人間以上の力を持っているらしいし、

それにほら、黒塚さんは女の子だしさ」


「あのね……私はプレイヤーなのよ?

ABYSSなんて、これまで何人も殺してきてるの」


「それに、切り札だってあるんだから」


……切り札?


「だから、笹山くんに心配してもらう必要なんて、

これっっっっぽっちもないわ」


「いや、そんなに

気合い入れて言わなくても……」


まあ……でも、

黒塚さんの言う通りだな。


実際、ABYSSを殺してきているみたいだし、

その辺りに疑問を挟む余地はないんだろう。


鬼塚を殺せる程度の実力があると仮定すれば、

片山の手下に苦戦する道理はないか。


例えABYSSが複数いたとしても、

二人で協力すれば乗り切れるだろう。





「……時間ね。入るわよ」


携帯で確認した時間は、

二十四時ジャスト。


黒塚さんのパートナーによる撒き餌の効果を祈りつつ、

廃ビルの入り口へと回る。


厚みのあるガラス戸は、

施錠されてないどころか、半開きになっていた。


「……期待できそうね」


先客の予感に期待が膨らむ。


それでも、せっかくのチャンスを逃がさないよう、

物音を立てないようにビルの内部を探る。


一階――特に何もなし。


がらんとした室内には物が一切なく、

唯一の隠れる場所となり得る柱の陰にも誰もいなかった。


続いて二階――同じく何もなし。


念のため、僕が階段を見張った上で

黒塚さんが探索するも、人影は見当たらず。


そして三階――


踏み込んでみて、すぐに分かった。


血の臭い。


それも、古いものではなく、

今し方に流れたものだ。


「じゃあ、この階も手分けして――」


中へ踏み込もうとする黒塚さんを、

手で制止する。


「何よ? どうしたの?」


小声で聞き返してくる黒塚さんに、

人差し指を唇に当てて、声を出すなと指示。


それから、埃を被ったコンクリートの床に、

指で『血の臭いがする』と文字を書いて伝えた。


「……この階?」


声を潜めつつも、

訝しげに眉を寄せる黒塚さん。


さすがに戦闘能力はあっても、

この手の感覚はそこまで鋭くないらしい。


「ちょっと待ってて」


声を潜めて伝えつつ、

三階を見渡す。


フロアの隅に夥しい血の跡――

逃げ惑った挙げ句、隅に追い詰められて殺されたよう。


その血が未だ月光を弾いているということは、

殺されて間もないのは明らかだ。


……僕らがこのビルに入ってから、

まだ階段を昇降する足音は聞いていない。


となれば、

犯人がこの階に潜んでいる可能性は高い。


感覚を研ぎ澄まし、

柱の陰を窺う。


……右前方の柱か。


ジェスチャーを交えて、

黒塚さんに場所を伝える。


すると、黒塚さんは

意を得たとばかりに頷いて――


懐に忍ばせてあったナイフを抜き、

一直線に柱のほうへと駆けだした。


「うそぉっ!?」


猪突猛進タイプかなとは思っていたけれど、

まさか真っ正面から行くのか!


僕は――どうする?


「出て来なさい!」


誰かが隠れている柱に向かって、

ナイフを突き付ける黒塚さん。


その直後、猛烈な勢いで

柱の陰から黒い影が飛び出してきた。


ほとんど同時に振るわれる一閃。


「くっ……!?」


黒塚さんが辛うじて受け止める

/体が後方に吹っ飛ぶ/手の中のナイフが吹っ飛ぶ。


その様子を一瞥しながら、

黒い影がビルの出口となる階段へ――


つまり、僕のいるほうへと突っ込んできた。


それを迎え撃つべく構えたところで、

ようやく隠れていたのが誰なのか判明した。


黒いライダースーツ。フルフェイスのヘルメット。

そして、その名をあらわす日本刀。


この、影の名前は――


「切り裂きジャック!」


「!?」


僕の存在に気付いたジャックが、

急ブレーキをかける。


その動作に合わせて、

こちらから突撃した。


相手の膝をへし折るつもりで蹴りを放つ。


ジャックの迎撃――お互いの蹴りが相殺

/お互いの体勢が崩れる。


けれど、覚悟を決めていた僕のほうが

一瞬だけ早く復帰。


間合いを詰めて、

体当たりのつもりで肘鉄をかます。


それを、ジャックは後退して回避――

追撃は日本刀に防がれる。


「笹山くん、何してるの!?

早く逃げなさい!」


黒塚さんの怒り混じりの叫び――

でも、それに従うことはできない。


何故なら今、一番ここから逃げ出したいのは、

この切り裂きジャックだからだ。


ようやく見つけた、

琴子に繋がりそうな手掛かりだからだ。


「悪いけれど――」


間合いを離す。


日本刀の鞘とかち合った右腕の具合を確かめつつ、

歩いて階段の前に立つ。


「絶対に逃がさない」


「……!」


ぎりりと、

ジャックが日本刀を握り締める音が聞こえた。


――来る!


動いたのは同時だった。


相手は日本刀で、こちらは徒手。


分が悪いのは明らか。


だから何だ。


相手の斬撃を回避する。


鞘に包まれているとはいえ、

その一撃はまともに食らえば骨くらいはいくだろう。


それがどうした。


ここは、絶対に引くわけにはいかない。


スプレーのように圧縮した息を吐きながら、

地面を蹴る/懐に飛び込み拳を放つ。


ジャックの回避――が、構わない。


どうせ、単発で打ち倒せるような相手じゃないんだ。


躱されるなら、

それ以上にぶち込んでやればいい。


飛んでくる左拳を掻い潜る。右膝を止める。

日本刀の柄の一撃を受け流す。


そして、繰り出された倍の数を

相手に返す。


殴って、避けて、殴って、殴って――


「おぉおおおおっっ!!」


琴子のために、こいつを――


「!?」


その時、膝が抜けた。


一瞬、何が起こったのか分からなかった。


けれど、相手の足の動きから、

すぐに足を払われたのだと分かった。


「くっ……!」


地面に手をついて体を支える

/追撃の蹴りを転がって躱す。


さらに降ってくる足を/刀を避けて、

後方へと跳ね起きる。


そうして、着地と同時に

相手を視界に捉えようとしたところで――目眩がした。


「うっ……」


眼球の捉えた映像がぐらりと傾いでいく。


立っているのに、

自分が斜めに滑っていくような感覚。


なぜ?


そう思う間に、斜めにずれた世界の中で、

黒ずくめの男が猛烈な勢いで突っ込んできて――


「笹山くんっ!!」


黒塚さんの叫びが、

やたらと大きく聞こえた。

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