偽ABYSSとの戦い2



そうこうしている間に、

校門を抜けてグラウンドへ。


「で、この先は?」


「……追いかけっこは敵わないから、

どこかを背にして全員倒す感じかな」


僕一人ならこのまま逃げ回るのもありだけれど、

爽を連れてだとさすがに厳しい。


できれば、爽を背後に庇いながら、

ずっと戦えるのが理想なんだけれど。


「じゃ、もう少し先で。

石あるし、援護できるから」


「いや、それは止めたほうがいいかな。

相手が同じことしてきたら詰むから」


援護がなくても十分にやれるし、

『そういう方法もある』と相手に気付かせたくない。


「手伝いたい気持ちは分かるんだけれど、

爽は自分の身の安全をまず確保して欲しい」


「そろそろ走るのも限界でしょ?」


「……ん、そだね」


途端にぜぇぜぇと息を始める爽。


やっぱり、相当無理してたか。


まあ、全力疾走しながら会話なんて、

そうそうできるもんじゃない。


立ち止まって壁を背にし、息を整える爽を庇いながら、

ABYSSを迎え撃つべく構える。


が――


仮面たちは先ほどとは違って、

全員の到達を待って僕らの包囲を始めた。


一対一じゃ敵わないって学習されたか。

まあ、それはそれで仕方ない。


多少のダメージは覚悟で数を減らしていけば、

どうにか切り抜けられるだろう。


さて、後はどこから来るか。


……あれ、来ない?


せっかく追い詰めてるんだから、

一斉に来ると思ってたのに。


それとも、僕に仕掛けさせて壁から離れたところで、

一気に取り囲んでくる作戦だろうか。


「晶、これ結構やばくない?」


「いや……動かない限りは、

ひとまず問題ないと思うけれど」


「そうじゃなくて、

時間稼ぎされてるってこと」


「あたしたちの目的って、温ちゃん探すことでしょ。

こんなところで足止めされてる暇ないのに……」


あ……こいつらが囲んできてるのって、

まさかそういう意図か?


だとしたら、

確かにまずいな……。


さっきは被弾覚悟でと思っていたけれど、

僕はともかく、爽にはそれができない。


一点突破しようにも、

さっきみたいな不十分な囲いとは違う。


何より、足止めが目的なら、

突破口に指定された仮面は防御に専念するだろう。


その間に包囲の輪を縮められて、

爽が背後からやられてしまう。


「晶、どうする?」


……方法は、なくはない。


“集中”で身体能力を引き上げてしまえば、

恐らく一瞬で打倒できるだろう。


問題は、“集中”するだけの隙を、

連中が許してくれるのかどうか――


「……ん?」


方針を決めあぐねていると、

ふいに、男たちがざわつき始めた。


何かと思っていると、開け放たれた昇降口から、

新手の複数の仮面と制服を着た男の姿。


あの顔は、確か――


「片山信二……」


「……おお、マジで笹山なんだな」


色めき立つ仮面たちが包囲の一角を解き、

片山と僕らの間に一筋の道を作る。


……周りのこの反応を見るに、

片山がこいつらのボスなのは確実だろう。


温子さんと有紀ちゃんの忠告は、

本当にそのまま正解だったってことか。


「温子さんはどこだ」


「それを聞いてどうするんだ?」


「そんなの、助けに行くに決まってんじゃん。

いいからさっさと教えろよ!」


「出来損ないのほうか。

お前は黙ってろ。後で女として使ってやる」


「おい……」


「あー、そういう怒ったアピールはいらねぇから、

クソした時にでもついでに流してくれ」


「俺はあいにくと、暇じゃないんでな。

さっさと終わらせたいんだ」


片山が指を鳴らす。


と、僕と片山の間に再び人の壁ができて、

最初と同じく包囲されている状態になった。


「報告を聞いた限りじゃ、

お前はタイマンならABYSSに勝てるらしいな」


「が、囲いを破ってなかったところからすると、

人数さえ多けりゃ問題はなさそうだ」


「そして、出来損ないを抱えてる以上、

お前は素早く動けない」


「どうだ、何か反論はあるか?」


自分の優位を信じて疑わない男の嘲笑。


実際、片山の言う通りではある。


今、必要なのは、

爽をこの場から離脱させる方法だ。


爽の安全さえ確保できれば、

状況はずっと楽になる。


奇襲をかけるのは当然として、

どこをどう突き崩していくべきか……。


ずらりと周囲に並ぶ仮面の急所を探して、

ゆっくりと視線を巡らせる。


と、片山のすぐ後ろにいた模様入りの仮面が、

くいと片山の袖を引いているのが見えた。


「か、片山くん」


「何だ丸沢」


「えっと……全員に石を拾わせて、

一斉に投げたほうが早いと思うんだけど……どう?」


それを聞いて、

一瞬、体が強張った。


こいつ……何てことを言ってくれるんだ。


その提案は、とてもまずい。


それをされると、少なからず被害が出るどころか、

下手すると詰む可能性がある。


「晶……」


「大丈夫」


不安げに寄り添ってくる爽の手を、

ぐっと握ってやる。


「投石か……んっんー、悪くねぇな」


「が、それをやると、

部下たちにくれてやる餌が減っちまうだろ?」


「……うん。そうだね」


「あー、辛気臭ぇんだよてめぇは」


ごめんと下がりかけた丸沢の頭を、

片山が小突いて上げさせる。


「発想自体はグッドなんだ。

もう何度言ったか分からねぇが、もっと自信持て」


「う……ごめん」


「だから謝んなっつーの」



面倒臭そうに舌を鳴らし、

髪をかき上げる片山。さらに謝る丸沢とかいう仮面。


そこから始まるお説教――

聞いている感じ、恐らくは“いつもの”。


そんな、敵陣二人のやり取りの隙に、

後ろにいる爽を軽く突いた。


「なに、晶?」


「ちょっと質問」


ぼそぼそと話しかけてくる爽に、

こちらもひそひそ声で返す。


もちろんバレないように、

顔は前を向いたまま。


「爽、五十メートル走のタイムは?」


「……八秒台後半だったかな?」


女子標準よりちょっと上か。

思ったより早くて助かる。


「それじゃ、僕が動き出したら、

爽は校舎を目指して走って」


「振り向いたりしないで、

そのまま中に入ったら、隠れてくれればいいから」


中なら隠れる場所も多いし、囲まれている現状よりは、

ずっと対処もしやすいだろう。


「いいけど……晶は?」


「僕はあいつらを食い止める」


「は? でも、それって危なくない?」


「大丈夫。まともにやり合えるなら、

あいつらには負ける気がしないから」


“判定”は――

片山が薪が燃えるような音。


傍に立つ丸沢は、

ガラスを引っ掻いたような音。


どちらも、周りの仮面よりは大きいものの、

鬼塚と比べればずっと小さい。


これなら、“集中”さえきちんとできれば、

負けることはないはずだ。


「だから、僕のことは気にしないで」


「……なんか『あたしがいなければ勝てる』って

言われてるみたいでムカつく」


「それは……ごめん」


「別にいいよ。分かってるし」


僕の背中で『ぼふっ』と音を立てる爽のパンチ。


痛くはないけれど、

不思議と、打たれた部分が熱くなった。


「食い止めるなら、絶対ちゃんとやってよね。

あたし、本当に振り返らないから」


うん、と返事をして――


それきり話を止めて、周りを見た。


未だ続くお説教

/それに“うんざり”を隠そうともしない男たち。


その様子に、

チャンスはここだと確信した。


よーいどんの合図を待つ走者の気持ちで、

周りが気を抜く一瞬に注意を配る。


“集中”はしない。


爽が校舎内に飛び込むまでの時間は、

多少手間取ったとしても、恐らく三~四十秒ほど。


自己強化している間に好機を逃してしまうよりは、

奇襲のほうが爽を助けられる確率は高いはずだ。


目線を動かし、ターゲットを策定。

やはり昇降口に一番近い二人の間がベストと判断。


悟られないように体の向きを変え、

すぐさま飛び出せるように足下を固める。


狙いは鳩尾。

一撃で無力化し、かつ進路から排除できるように。


後は、機会を待つ。



――まだか。


――まだか。


「ったく……」


その言葉が片山の口から出た途端、

あからさまに仮面たちがホッとした。


その気持ちの間隙を突いて、飛び出した。


ターゲットの仮面に呼吸一つで肉迫

/足の裏で地面を掴む/体を捻って振りかぶる。


僕の動きに気付く仮面――でももう遅い!


短く息を吐いて、

打ち抜くつもりで右手を振り抜いた。


吹っ飛ぶ仮面――その行方は追わず、

傍にいるもう一人へと振り向きざまの左フックを放つ。


短い呻きを上げて、

男が腹を押さえて膝から崩れ落ちる。


そこでようやく、

最初の仮面から断末魔のような叫びが上がり――


その悲鳴を踏み越えるようにして、

爽が僕の後ろを全力で走り抜けていった。


「っ……!」


あっという間の出来事に、

一拍遅れて片山たちが反応する。


同時に、アメーバのように形を変える包囲網。


それが、『止めろ』と『クソが』で段だら縞の波を作り、

一斉に爽を追おうと殺到してくる。


けれど、残念。


「ここ、今から通行止めだから」


第一波となる最前列の仮面を、

引き倒して/蹴り倒して/突き倒して止める。


戦闘能力を奪うことは考えない。


下からしがみつかれようが何しようが構わない覚悟で、

とにかく敵を転がして足を止めることにだけ集中する。


続く第二波――

殴る/殴られる/蹴られる/蹴り返す。


痛みに怯む相手に向かって、

怯まず全力で殴り合いを挑む。


そうして、近距離で揉み合いになりかけたところで、

先手を打って仮面の膝を踏みつけた。


上がる悲鳴――

膝関節の可動域を百度ほど更新。


その痛みを想像してか、すぐ隣に僕が視線を向けた途端、

第二波最後の一人がおたおたと後退していく。


よし、こいつはもう来られない。


第三波は――


「あ……!」


正面突破は時間がかかると思ったのか、

片山含む第三波は、既に迂回を開始していた。


まずいという予感が脳裏を過ぎる。

爽が追いつかれる前に、さっさとき止めないと。


「う……ととっ!」


が、走りだそうとしたところで、

足下を思い切り引っ張られた。


見れば、両の足それぞれに、

力一杯抱き付いている第一波の仮面たち。


そいつらの肘を打って、

腕が緩んだところを抜け出る。


それでも食い下がってくる根性のある仮面には、

蹴りをくれて追い払う――ロスはまとめて数秒。


やばい。

早く迂回組を止めないと――


「!?」


その時ふいに、

総身に虫が這いずるような怖気が走った。


それが、肌の粟立ちによるものだと気付いたのは、

風切り音が頭上をぎった後だった。


衝突と爆発の交じった低音が周囲に響く。


その音源――

すぐ傍にあった花壇に目を向ける。


と、コスモスの花が、まるでお化けにでも

毟り取られたように花弁の半分を散らしていた。


そのすぐ後ろには、ペンキ塗りの表皮が剥がれ、

灰色の中身を剥き出しにした花壇の壁。


そこに深々と穿たれた穴を見て

直感する――やばい。


得物は飛び道具と判断し、

コスモスと壁を貫いた射線へと振り返る。


視線の先で、月明かりを受けて佇む黒衣の男の姿。

見え隠れする模様付きの仮面。


突き出された状態でぶるぶると震える腕には、

先の破壊をもたらしたと思われるスリングショットが――


慌てて横に跳ぶ

まばたき一つの間に着弾。


どれだけの強さのゴム/重さの弾を使っているのか、

僕がいた辺りの土がこんもりと盛り上がっていた。


そのパチンコとは思えない凄まじい威力に、

改めて戦慄する。


あんなのを人間の胴体で受けたら、

急所じゃなくても死にかねないぞ……!?


アーチェリーの仮面よりはずっとマシだけれど、

この丸沢ってABYSSも放置しておくのはヤバい。


けれど――


もう、爽には時間がない。


「くっ……!」


色々とリスクは承知の上で、

丸沢に背を向ける/祈るような気持ちでひた走る。


背後で丸沢の動く気配。


ぴたりと照準を合わせられているのか、

僕の中の暗殺者の部分が、再び肌を粟立たせる。


でも今はもう、信じるしかない。


昔、死ぬほどやっていた危機感知の訓練と、

出来損ないでも必死に積み上げた自分の力を――!


「……えっ?」


そんな決心の最中、

ふいに照準が外れるのを感じた。


何事かと不安になって、

後ろへ首を向ける。


そこにあった光景を見て、

本気で血の気が引いた。


「あいつ……!」


ふざけんな。


『お前それはやっちゃいけないんじゃないのか?』と、

心の中で訴える。


けれど、そんなのが聞こえるわけもなく、

着々とスリングショットのゴムは伸びていく。


恐らく、脅しでも何でもない。


丸沢は本気で、何の迷いも引け目もなく、

自分が怒られるだろうことも全て飲み込んだ上で――


爽に向かって狙いをつけていやがった!


「くそっ!」


もう悩んでいられない。


急いで上着を脱ぐ

/丸沢と爽を繋ぐ射線に入る。


発射の気配――

弾道とタイミングを必死に掴みに行く。


が、走りながらではそれもおぼつかなくて、

確実性を重視するために、やむを得ず足を止めた。


体を反転させて、丸沢に向き合う。


同時に、それが来るのが分かった。


人間が撃ち出したとは思えない、

超威力を持った見えない弾丸。


けれど、球状であるため、

弾道さえ分かれば防ぐだけならそう難しくはない。


予想される軌道に上着をはためかせ、

弾に服を持って行かせた。


恐らく、布地は突き破られただろうけれど、

威力は十分に減衰したはずだ。


軌道を五センチもずらしてやれば、

もう爽に届くことはない。


でも、僕にできるのはこれだけ。


今からじゃ片山たちを止められない以上、

後はとにかく爽に急いでもらうしかない。


のに――


爽は、開いている扉を探して、

片っ端から試している状態だった。


そのすぐ後方には、僕のほうへと

ファックサインを出しながら走る片山たちの姿。


もう何秒の猶予もない。


仮に当たりを引いたところで、

校舎に入った直後に捕まえられてしまう。


無理だ。


この後、爽が捕まって人質にされた上で、

僕を殺しにくるという展開が目に見える。


だったら、

もっと合理的に考えたほうがいいんじゃないか?


温子さんと爽、僕、もしかすると佐倉さんも含めて、

一番多くの人が助かる方法は――


「違う!!」


そうじゃない。そっちじゃない。


間違ってはいないけれど、

それは僕がしたいことじゃない。


鬼塚と話した時のことを思い出せ。


賢くなるのはまだ先だ。

今はとにかく、もっと欲張れ。


「爽!」


そうして、走った。

間に合わないのを承知の上で走った。


片山が転んだり、靴が脱げたりと、

まだ何かが起きる可能性は十分にあると信じて。


けれど、昇降口は遙かに遠く、

足をどれだけ動かしても辿り着けない。


腕をどれだけ伸ばしても届かない。



かつてどれだけ頑張っても、

声が出せなかったように。


ゲラゲラという片山の笑い声。


いてよという爽の悲鳴じみた懇願。


役立たずだという無力感が込み上げてくる場景――


視界が涙でにじんでくる。


受け入れたくなくて、

全てぼやけて見えなくしようと体が反応しているよう。


それでも、捨てたくなくて――捨てられたくなくて、

必死になって追いかける。


そうして、走る中で涙の粒が零れ、

視界が鮮明になったところで――目を見張った。


視線の先にあったのは――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る