abyss調査3(分岐ポイント)


――生徒会室には、

予想通りぷんぷんモードの琴子が待ち受けていた。


「お兄ちゃん、何で一人で先に行っちゃったの?

挨拶は一緒にしようって言ってたのにっ」


「はい。ごめんなさい」


弁解の余地もないくらい僕が一方的に悪いため、

素直に頭を下げる。


「……ちゃんと先に言ってくれれば、

琴子だって早起きしたのに」


「起きたらお兄ちゃんがどこにもいなくて、

しばらく探したんだよ?」


「あー……ホントごめん。

遅刻しなかった?」


「しなかったけど、

そんなのどうでもいいの」


「お父さんたちみたいに、

お兄ちゃんまでいなくなったって思ったんだから」


ああ……そういうことか。


僕としては先に家を出ただけのつもりでも、

琴子からすればそうじゃないんだな。


起きたら、

いきなり僕がいなくなってたようなものだ。


叔父さんたちっていう前例もあるし、

余計に敏感になってるんだろう。


「ごめんね、琴子。

僕がもっと気を遣えばよかった」


「……本当に反省してる?」


「してる。凄く」


「もう本当に一人で行かない?」


「行かない。予め琴子に声かけるし、

仕方なく先に出たとしても連絡するから」


「だから……明日からまた、

一緒に登校しよ?」


「……うん」


「あー。じゃあぼくも一緒に登校するー」


「っ!?」


先輩!? いつの間に……。


「で、何時に登校するの?

待ち合わせ場所は?」


「いや……先輩の家って、

僕らと全然違う方向ですよね?」


「大丈夫だよ。

ちょっとくらいの遠回りはお散歩気分だし」


「それでも、わざわざ僕と一緒に

登校する意味はないんじゃないかなと……」


「意味はあるものじゃなくて持たせるものだよ。

遊びの計画を立てるとかね!」


「いや、それはちょっと……」


っていうか、さっきから僕の背後ことこから、

何だか物凄い不機嫌オーラを感じるんですが……。


僕も望んでいないことは前提として――


これ、どう足掻いても、

先輩と一緒に登校なんてできないだろ……。





ややあって。


「……それじゃあ、報告会を始めます」


「ごーごー!」


「えー。昨日、琴子の持ってきた相談の件で、

黒塚さんに会ってきました」


「それで、例の件をぼかして聞いてみたんですけれど、

よく分からないという返答でした」


「特に目立ったリアクションもなく、

この件に関しての黒塚さんはグレーなままです」


「えっ、白じゃないの?」


「うーん。黒塚さんに会ってみた印象を考えると、

断言するのは難しいかな」


「魔女って言われるのも分かるなっていうか……

『やっててもおかしくない』っていう感じ?」


……さすがに

『恐らくABYSSです』とは言えなかった。


そもそも理由を説明できないし、

僕は死刑宣告までされたような状況だ。


こうなっては、琴子はもちろん、

真ヶ瀬先輩も巻き込むわけにはいかない。


「というわけで、もし黒塚さんと接触する必要があれば、

また僕に声をかけて下さい」


「窓口は一つのほうが、

何かと都合いいでしょうしね」


「オッケー。報告は以上かな?」


「あ、もう一件。今度は僕の友達からなんですけれど、

不審者への対応を生徒会に依頼されました」


「あー、他校の生徒が

うちの学園に入ってきてるってやつだね」


「あ、私もそれ、

ゆんゆんから聞いたことある」


……二人とも知ってるってことは、

僕が寡聞なだけで、結構有名な話なのかな?


「でも、今のところ実害もないんだよね。

構内に入ってきてるってだけだし」


「未然に防ぐって考えもあるかもしれないけど、

現状では放っておいてもいいんじゃないかな」


「え……そうですかね?」


「うん。やるとしてもぼくらじゃなくて、

先生たちがやればいいよね。面白くなさそうだし」


「あーっと……」


うわ……これまずいやつだ。


面白くないだけの理由で却下されてきた案件が、

今までどれくらいあったことか。


温子さんからの依頼だし、何とか先輩にとっての

“面白い要素”を提示しないと……。


「……あー、この余所の学園の生徒って、

実はABYSSと関連してたりしませんかね?」


「えっ、なんで?」


「だってABYSSって、

悪さをしてる学生の団体なんですよね?」


「だったら、普段から悪い評判もあるでしょうから、

その学生たちの中にいても不思議じゃないと思います」


「その理屈は分かるけど、

それはないんじゃないかなぁ」


「主流になってる噂だと、ABYSSのメンバーって、

全員うちの学園の生徒みたいだし」


「いや、それは――」



「……本当にそうなんですか?」


「らしいよ。あくまで噂だけどね」


……まあ、真実と噂が全部合致してるほうが、

むしろ不自然だしなぁ。


その辺りの食い違いは、

あまり気にするほどでもないか。


「でも、自分からABYSSの話を出してくるなんて、

晶くんもついにやる気になってくれたんだね……!」


いえ、温子さんの依頼を通すためと、

先輩の目を本物のABYSSから遠ざけるためです。


……まあ、そんな本音を言うわけにはいかないので、

とりあえず曖昧に頷いておく。


「晶くんがそこまでやる気を出してくれた今なら、

ぼくの秘蔵資料を出すことができるよ」


「秘蔵資料……ですか?」


先輩はうんっと元気よく頷いて、

棚のバインダーの中から二枚の紙を選び出してきた。


「はいこれ。

ぼくの調べた怪しい人物リストだよ」


「へぇ……怪しい人」


ABYSS候補ってことかな――と理解し、

改めて一枚目に目を通す。


『要注意人物』――

鬼塚耕平、黒塚幽、今川……。


「……今川龍一!?」


「ああ、そういえば晶くんは

彼のお友達だったね」


「龍一がABYSS候補なんですか?」


「いや、このリストはあくまで、

素行不良の生徒をピックアップしただけのものだよ」


「基準は色々だけど、行動だけじゃなくて、

先生たちの評判とかも加味してって感じだね」


ああ……そういうことなら、龍一は確かに、

遅刻に早退とサボリ常習犯だしなぁ。


他にも、一年生の頃はよくケンカしてたって言うし、

入ってても不思議じゃないか。


……むしろ龍一で不思議なのは、

テストで赤点回避し続けてることだと思う。


三橋くんもあの軽さでかなり成績いいほうだし、

人は見た目で判断できないってことなんだろうけれど。



「あれ……二枚目のほうが人数多いですね。

三十人近くいますか、これ?」


「うん。二枚目は二軍っていうか、

軽い素行不良でも載せてる感じなんだ」


なるほど……『抽出事由』という欄を見ると、

飲酒や喫煙といった理由での停学がほとんどだった。


まあ、ABYSSだからといって、

重大な悪さをしてるとは限らない。


一枚目と比べると見劣りはするけれど、

これはこれで価値があるか。


むしろ、普段は優等生みたいなタイプが、

夜の儀式で憂さ晴らしをしている可能性もある。


思い込みで判断して、後悔するのは自分だし、

もっと客観的に判断していかないと。


……龍一の件だってそうだ。


私情を捨てて単純にデータだけを見れば、

ABYSS候補とするには十分過ぎる。


ただ……。

考えたくもないことだけれど――


もしも、知り合いの中に

ABYSSがいたら……どうする?


先の龍一や、爽や、温子さんがABYSSで、

仮に僕を殺そうとしてきたら。


僕は……どうすればいいんだろうか?


「……お兄ちゃん、

本当にABYSSなんて信じてるの?」


「ん? えーっと……何で?」


「だって、さっきからずっと真面目な顔してるもん。

単なる都市伝説なのに」


「ああ……別に、

噂通りに信じてるわけじゃないよ」


「噂を真似して悪いことをする人はいると思うから、

そういう人を引っくるめてABYSSって言ってるだけ」


「えー。晶くん裏切るのー?」


「いや、全部引っくるめてなんで、

先輩の考えるABYSSの要件も一応満たしてますよ?」


「でも、ぼくは都市伝説のABYSSを

やっつけたいだけだし……」


「ダメです。先輩の変な妄想に、

お兄ちゃんを巻き込まないで下さい」


「変な妄想って……」


……僕もそう思えたら、

どんなにいいことか。


まあ、嘆いていても始まらない。

やれることからやっていかないと。


「僕が先輩のABYSS対策を手伝いますから、

先輩も僕のABYSS対策を手伝ってもらえませんか?」


というわけで、まずは温子さんからの依頼を通すべく、

持ちつ持たれつの折衷案を提示。


「どうですかね、先輩?」


「んー……じゃあ、それでいいよ。

その代わり、ぼくのABYSSもちゃんと手伝ってね?」


「分かりました。それで行きましょう」


「じゃあ、外部の学生に関しては、

生徒会のほうで対策する方向でいいでしょうか?」


「いいよ。見回りとかでいいかな?」


見回りか……。


適当に選んだのかもしれないけれど、

思ったよりもいいかもな?


先輩は何かしらの形で動いていない限り、

いつ変なことを始めるか分からないし。


なら、常に動いている感覚のある見回りは、

本物から目を遠ざける効果もそれなりに高いはずだ。


「いいですね。見回り」


「じゃあそれでいこうか。

詳細は明日でいいかな?」


「あれ、まだ時間ありますよ?」


「んー、本当は今日やりたいところなんだけど、

この後予定が入っちゃってるんだよねー」


「それとも、

今日のうちに決めたい感じだったりする?」


*ここから分岐があり「今日中に決める」ことにすると以下のURLから「幽篇」第一章 図書室の魔女1に飛ぶことが出来ます。(初めて読んでいる場合は、そのまま次場面に進むことをお勧め致します)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883115712/episodes/1177354054883270161




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