遺棄胎(いきたい)
バークシー
第1話 基本行動ルーチン
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君がやっているのは仮定という不確かなものを盲目的に信じ込んで、それを土台に砂の城を築くような危うい行為でしかない。
1
ボク達の一生も天気と同じようなもので、生命力溢れる活動的な晴れの日もあれば、先の見通せない世界を当てもなく彷徨う霧の日だってあるし、荒れ狂う暴風の中で吹き飛ばされないように必死に堪えなければならない日だってある。
そして往々にして天気は急に変わるものだ。さっきまで晴れていたと思ったら次の瞬間には雨になり、雨が上がったらまた日がさしてボク達を優しく包み込む。
そんな気まぐれな天気の様子を自分の運命と何となく重ね合わせたりして、そんな移り気な天気の調子を他人の宿命と都合よく語り明かしたりして、地に足を着けたボク達はその日その日を懸命に、あるいは低迷に生きていく。
そして。
「わー! すっごい雨だね、かばんちゃん!」
「え、何、雨の音でよく聞こえないよサーバルちゃん!」
そしてボク達は今、突然機嫌を損ねて滝のような雨を降らせてきた大自然に翻弄されている最中だった。
辺りは真っ黒な雲に覆われていて非常に暗い。行く先を照らすバスのライトが唯一の道しるべだ。
遮るものがない草原でジャパリまんを食べながら休憩したのが日中、太陽が少しずつ地平へと傾きだしてきた頃のこと。そこからバスで再び移動し、ボク達は次の目的地を目指していた。空はどこまでも青く澄んでいて、道は果てしなく遠く続いていく。そんな心まで爽やかになる風景に、ボクとサーバルちゃんの会話――時々ラッキーさんも加わって――もおのずと弾んでいった。
……
今から。
今から思えば。
その時既に、雲行きが怪しくなっていたのかもしれない。目をよく凝らしたら、行く手に不穏を孕んだ影を見つけることができたのかもしれない。
でもあの時、ボク達はそんな予兆さえ感じ取ることもできずに、バスに揺られながら他愛ないやり取りで笑い合っていた。
何も知らない幼子のように。
そうして気がついてみれば、いつの間にか黒雲が辺りを包み込み、バスは針を連想させる鋭い雨に打ちつけられていた。ザアァッという激しい音が異様なまでに耳に反響する。本当に突然のことで、それまでの世界が一瞬のうちに180度変わったんじゃないかと錯覚するほどだった。
「ねー、かばんちゃん、雨宿りできる場所にはまだ着かないのかなー!?」
サーバルちゃんはボクの帽子の羽にじゃれつきながら問いかける。
この雨の中をバスで移動するのは危険だし、加えてもうじき夜になるので、近くにある建物で一泊しようと言うラッキーさんの提案により、ボク達はその建物を目指していた。
「どうだろう、もうそろそろじゃないかな! ちょっとラッキーさんに聞いてくるよ!」
頭にまとわりついているサーバルちゃんを剥がしながら座席を立ち上がったボクは、ラッキーさんのもとへと向かう。
「ラッキーさーん、目的地まであとどれぐらいかかりますかー!?」
ボクは雨音に負けないように声を張り上げて、運転席を覗き込んだ。
「ってラッキーさんが雨ざらしに!?」
そこには土砂降りの雨に打たれながら黙々と運転するラッキーさんの姿があった。暗くてよく見えないけど、運転席も水浸しになっているようでひどい有り様だ。
「あと10分ぐらいかな。もう少しで到着するよ」
ラッキーさんは雨も意に介さない様子でボクの問いに答える。ちなみに声のボリュームもいつもより大き目だったので、この雨の中でも何とか聞き取ることができた。
「あ、そうなんですか……じゃなくて! ラッキーさん、大丈夫なんですか、びしょ濡れですけど!?」
「平気だよ、僕は防水加工されてるからね」
「え、漏水加工ですか!?」
「違うよ、防水加工だよ」
「放水加工!?」
「ぼ・う・す・い・か・こ・う」
「透水加工!? すみません、よく聞こえないんですが!」
「要するに僕の体はどんなに雨が強くてもへっちゃらなんだ」
「へー、すごいですね! 便利だなぁ!」
「だからあとちょっと待っててね」
「わかりました!」
ボクは運転席を離れ、窓から外を眺めているサーバルちゃんのところに移動しながら話しかける。
「サーバルちゃん、ラッキーさんが濡れねずみになってたよ! ……いや、服は着てないからこの場合濡れねずみとは言わないのかな……?」
すると彼女は驚いたようにボクの方を振り向いた。
「え、ボスってねずみだったの!?」
「違うよ! ものの例えだから!」
サーバルちゃんの隣に座り、ボクはこのバスの構造的欠点について指摘する。
「ジャパリバスはちょっと運転手に優しくない造りになってるね! オープンすぎるよ! 暑い日には向いてるけど!」
ついでに言うと、ボク達が今座っている後部座席はギリギリ雨にさらされてはいない。
しかし今の今までラッキーさんが大変なことになりながら運転していたなんて全く気がつかなかった。運転席の前面やドアがかなり開放的になっていることは、僕の記憶にまるっきり残っていない。あんな見たら目につくようなものを忘れるなんてと言われるかもしれないけど、ヒトの記憶力や認識力なんて結構いいかげんなもので、あまり重要ではない情報は容赦なく忘却の彼方に葬られる。それが脳の仕組みであり、目に映ったものを何でもかんでも記憶していたら頭がすぐにパンクしてしまう。ボクは運転はしないしこれからもする予定がない。つまり運転席の形状はボクにとって優先度の低い情報ということになるので、脳が不要と判断して処理したのだ。と、理屈を並べてみたところで、結局はボクが覚えていなかったという事実は変わらないわけだけど。
それにどっちにしろ、ボク達が最近の定位置にしている後部座席からでは、この暗さだと運転席が雨に侵食されているのに気づくことはできない。ボクの隣りにいるサーバルちゃんでさえ、輪郭と表情がかろうじてわかる程度なのだ。視界の悪さは推して知るべしだろう。
だったら音を聞けば運転席に雨が降り込んでいるのかどうか感じ取れるのではないかと考える人もいると思う。しかし言っておくと、雨音はバスを包み込むように全方位からほぼ均一の音量で鳴り響いている。少なくともボクの耳にはそう聞こえる。よって、音を判断材料にするというのも無理な話だ。
……いや、でも。
「ねぇ、サーバルちゃんは夜行性だから暗くても目が見えるんだよね!? それなら運転席に雨が降り込んでるって気づけたんじゃないかな!? あと耳もいいんだし、音で運転席の状況を判断することだって……!」
ボクの疑問にサーバルちゃんは大きな耳を一回、ピクッと動かして、ちょっと照れくさそうに頭を掻いた。
「んー、わたし、さっきから調子悪くて目も耳もいつもより利かないんだ! 天気のせいかな!」
「え、大丈夫なの!?」
「うん、体がだるいってわけじゃ全然ないから! 雨がやんだらきっといつも通りに戻ってるよ!」
「そう!? それならいいけど……!」
大事というわけではないようで、ボクはホッとする。
「でもかばんちゃん、だったらボス、びしょびしょなんでしょ!? カゼひいちゃうよ!」
「ああ、ラッキーさんはいくら大雨が降ってても平気なんだって! だからカゼもひかないんじゃないかな!」
「へー、すごーい! 便利だねー!」
ボクと同じ反応をするサーバルちゃん。
「それで、目的地にはもう少しで着くって言ってたよ!」
「そうなんだ! あ、じゃあ」
サーバルちゃんが何か言いかけた時、急にバスがガクンと振動し、急停止した。ボクはバランスを保つために体に力を入れる。
「うみゃ!」
と、何故か必要以上に大きくバランスを崩したらしいサーバルちゃんがボクの方に勢い良くもたれかかってきた。
「わ、びっくりしたぁ! どうしたの、サーバルちゃん!?」
「え、うーん、何となく!」
おそらくバスによる移動が続いたから体を動かしたくなったのだろう。ボクはそのまま頭をすり寄せてきたサーバルちゃんの髪を指でいじりながらそう考える。
しかし。
「なんだろう、何かあったのかな……ラッキーさーん! 大丈夫ですかー!?」
「なになに!? バス壊れちゃったの!?」
ボクとサーバルちゃんが連れ立って運転席を覗きに行くと、ラッキーさんは振り向きながらこう言った。
「ごめんね、急に止まって。この先には川があるんだけど、雨宿りできる建物はその向こう側なんだ。でもこの大雨で川が増水してて橋を渡ることができないかもしれない。ちょっと見てくるから、ここで待ってて」
「え、危ないですよ!」
「そうだよ、やめておいた方がいいよボス!」
「大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから」
ボク達は引き止めようとしたけど、言うが早いか、ラッキーさんは運転席からピョンと飛び降りて、土砂降りの雨の中に吸い込まれていき、やがて見えなくなった。
ゴロゴロと。
空が低い唸り声を上げている。
……
後悔するのは簡単だ。
でも後悔しないようにするのは難しい。
それは未来は不確定で見通すことができないからだ。
告白すると、ボクは後悔している。
ここでラッキーさんを引き止めていたのなら。
ボクは生涯、暖かい日だまりに包まれて生きていくことができただろうに。
もしも、この救いようのない物語に致命的なミスがあったとすれば、間違いなくここが、この今、この瞬間が分岐点だった。
ラッキーさんをを引き止めるか否か。
そんな単純なことで、ここから先の道のりが幸せなものにも色彩が欠落したものにも分かれていくなんて、ボクは未だに信じられない。
しかし全ては。
全ては単純で、あまねく明快なのかもしれない。
単純なものがたくさん重なって、混ざり合って絡み合って、それをボク達は世界の複雑さだなんて嘆いたりするけど、なんのことはない、元々複雑なものなんてなかったのだ。
そう、頭ではわかっているのに。
ボクはまだ諦めがつかず、この袋小路のどん詰まり、行くも帰るも戻るも進むも一切合切意味さえ持たない路地裏小道のそのまた裏で、一人孤独に自問自答を続けている。
……本筋に戻ろう。
「行っちゃった……大丈夫かなぁ……!」
雨の圧力でラッキーさんが押し潰されるんじゃないかと思うほどのひどい天候に、ボクは心配する。
「でもどうしてボスは歩いて行ったんだろう!? 川の近くまでバスで移動すればいいのに!」
「それだと川の水が溢れてた時にボク達が危険だからだよ!」
こう大声で会話していると見方によっては喧嘩と受け取られてしまうかもしれないけど、別に二人とも怒ってるわけじゃない。
「……悩んでも仕方ない、ボク達にできることはラッキーさんが無事に帰って来ると信じて待つこと、それしかないんだから!」
「そうだよね、でもきっと大丈夫だよ! じゃあボスが戻ってくるまで何してよっか!? 狩りごっこでもする!? わたし追いかける側ね!」
「気持ちの切り替え早いね! あとそれ色々と無理があるから! バスの中でやったら逃げる側がすごく不利だよ!」
「大丈夫、わたし夜行性だから!」
「それってもう夜になってるだろうからサーバルちゃんがすごく有利ってことじゃない!」
「ならかばんちゃんが逃げやすいようなルールの狩りごっこにしようよ! どんなのがあるかな!?」
「え!? うーん…………そうだね、カニごっこなんて言うのはどう!?」
「え、カビごっこ!?」
「カニごっこだよ!」
「ダニごっこ!?」
「カ・ニ・ご・っ・こ!」
「ワニごっこ!? ごめん、雨がうるさくてうまく聞き取れない!」
「えーと、要するにカニさんみたいに横向きにしか移動しちゃいけない狩りごっこのこと!」
「それでかばんちゃんが逃げやすくなるの!?」
「実際にやってみればわかるよ!」
「なるほどー、カニごっこだね! よーし、じゃあそれにしよう!」
サーバルちゃんの合図とともに、ボク達はバスの窓を背にしてお互いに向かい合い、この妙な遊びを始める。
「……」
「……」
ボクが左に行けばそれに従いサーバルちゃんも左へ。右に行けば右へ。しかしボクと彼女の距離が縮まることはない。何故なら横歩きをしているから。傍から見れば形容しがたい緊張感が漂っているように見えるかもしれない。
「かばんちゃん、横歩きはわかったけど、これどうやって捕まえればいいの!?」
サーバルちゃんはボクを掴もうとするけどギリギリ手が届かない。
「いやまあ、頑張って手を伸ばすしか方法はないんじゃないかな!」
「ずるーい! これじゃどうやってもかばんちゃんを捕まえられないよ!」
確かにちょっとボクに有利すぎるルールだったかもしれない。
でもサーバルちゃんには悪いけど、さすがにバスの中で狩りごっこは色々と無理がある。
ごめんねサーバルちゃん、狩りごっこはもう少し広い場所でやろう。
そんなことを考えている時だった。
パッと。
一瞬、世界が白く光った。
明滅。
そして間を置かず、辺りに凄まじい爆音が轟く。
「うみゃーーーーー!?」
その音に驚いたサーバルちゃんがボクの首にしがみついてきた。
「あだだだだ! サーバルちゃん、ヒビが! 首の骨にヒビが入っちゃう!」
ボクは首に巻き付いているサーバルちゃんの腕をペチペチ叩いてアピールする。
「わぁ! ごめんねかばんちゃん! 大丈夫!? 痛かった!? あ、そうだ! こうすると痛いの飛んでっちゃうから!」
サーバルちゃんは腕を解き、今度はボクの首を執拗に舐めだした。ボクは思わず声を上げる。
「ひゃぁ! サ、サーバルちゃん、くすぐったいよ! あははははは!」
ボクは身をよじって逃げようとするけど、サーバルちゃんの方が力が強くて無駄な抵抗に終わった。次第にボクは床に押し倒され、サーバルちゃんが上に覆いかぶさるような体制になる。そうしてしばらくの間、ボクはサーバルちゃんのなすがままになっていた。
「どうかな、かばんちゃん! 痛くなくなった!?」
「はぁ……はぁ……あ、ありがとうサーバルちゃん、もう平気だから……!」
笑いすぎてお腹が痛い。
ボクが立ち上がろうとすると、再びピカッと辺りが光り、割れるような音が響き渡った。
「みゃーーーーーー!?」
「がああああああ! サーバルちゃん、折れる! 首の骨が砕けちゃう!」
そんなさっきと同じやり取りをあと2回ほど繰り返し、ようやくボク達は落ち着きを取り戻した。
「あー、びっくりした! ドカーンって大きな音で!」
サーバルちゃんは両手を広げて驚きをアピールする。
「すごい雷だったね、近くに落ちたんじゃないかな!」
自分の言葉で、ボクはハッとして辺りを見回した。
「そうだ、ラッキーさん!」
「ここにいるよ」
声のした方を向くと、ちょうどラッキーさんが戻ってきて運転席に飛び乗るところだった。
「ラッキーさん! 大丈……あれ、なんかラッキーさんの体から薄っすらと煙出てませんか!?」
「ボス、ちょっと焦げ臭くない!?」
「平気だよ」
ラッキーさんは短くそう言うと、状況について話し始める。
「予測した通り川が増水、悪いことに橋も崩壊していたよ。こっちは老朽化が原因かな。とても渡れる状態じゃないね」
「じゃあどうするんですか!?」
「少し遠くなるけど、もう一つ休憩できる建物があるんだ。そこに行こう。いいかな?」
「わかりました!」
「うん!」
「了解。じゃあ出発するよ…………………………………………………………………」
「ラッキーさん、どうかしましたか!?」
「何で固まってるの!?」
「…………少し遠くなるけど、もう一つ休憩できる建物があるんだ。そこに行こう。いいかな?」
「ボス、それ今聞いたよ!?」
「大丈夫ですか、ラッキーさん!?」
「平気だよ。じゃあ出発するね」
ラッキーさんは落ち着いた様子で言って、バスを発車させた。
バスはUターンして、来た道を少しだけ戻り、鬱蒼とした森が続いている方角へと身を沈める。
今までの遮蔽物がない草原とは一変して、黒々とした樹木がそのシルエットを浮かび上がらせた。
バスは森の中を行く。
どこまでも。
常夜でも。
闇に飲まれながら。
「……」
後部座席でラッキーさんの様子が少し変だったことを思い返しているボクに、サーバルちゃんは嬉しそうに話しかける。
「良かったね、かばんちゃん! もう少しで一息つけそうだよ! それにボスも! ずっと運転してたから疲れてるだろうし!」
「……そうだね! でもサーバルちゃん、さっきのラッキーさん、どこかおかしくなかった!?」
「んー、確かにちょっと変だったかもしれないけど、ボスが平気だって言うんなら、問題ないんじゃないかな!」
楽観的なサーバルちゃんとは反対に、ボクは言葉では言い表せない違和感のようなものを感じた。
「……」
胸騒ぎがする。
それは根拠のない不安。
なぜだかわからないけど落ち着かない。
どうにも居心地が悪い。
気を紛らわせるように、ボクは前方を流れる風景に目をやる。
と、何かこの森には似つかわしくないものがバスのライトで遠目に照らし出されていた。
(……コンクリート……?)
ボクは運転席に近づき、それをよく見ようとする。
それは壁だった。
高さはバスよりもかなりあるだろうか。
古ぼけて植物のツタが絡まっているところを見ると、誰も近づかず、手入れされていないのだと推測できる。
ライトに照らされている以外の部分は暗くてわからないけど、おそらくこの一帯を囲んでいそうだ。
ただバスの行く手だけに、壁がポッカリと口を開け、来訪者の侵入を許していた。
「……」
壁は境界だ。
二つを分かち明確にするための。
じゃあこの場合は、何と何を分け隔てているというのか。
(嫌な壁だ……)
理由はないけど、ボクはそう感じた。
壁は次第に大きくなっていき、バスはゆっくり、その内側へと入っていく。
ということは、ラッキーさんが言っていた目的の建物はこの中にあるのだろう。
(……あれは……?)
バスが壁の入り口を通過する一瞬、ボクの目に飛び込んできたのは、そこに書き殴られた乱雑な文字だった。文字の大きさから、この距離でないと小さくて読み取れず、加えて掠れていたので一部しか判読できなかったけど、大体の意味はわかった。
”立――禁――”
「…………ラッキーさん、この道で合ってるんですか?」
ボクは静かに、だけど念を押すように問いかけた。
「大丈夫だよ、まかせて」
「本当に? 本当に間違えたとかじゃなく?」
「大丈夫、心配しないで」
「でもラッキーさん、今ライトに照らされてチラッと見えたんですけど、ここって入ったらいけない……」
「大丈夫だよ、かばん」
「………………そうですか」
ラッキーさんは頑なに問題ないと言う。
杞憂だろうか。
この胸のざわつきは。
ラッキーさんの言う通り何も異常なんかなくて、全てはボクの恐怖心が生み出した幻想なのだろうか。
ボクはサーバルちゃんの隣に戻る。意識していないのに、ボクの手は自然と顎を撫で、想像してしまう。
何か良くないことが起こるんじゃないかと。
一度疑念に囚われるとそれが次の疑念を生む。
連鎖する。
どこまでも。
終わりのない。
底なし沼。
絡め取られる。
思考を。
束縛。
見えなくなる。
周りが。
直線的。
近視眼。
イメージ。
侵食する。
闇。
無音。
自己の喪失。
溶ける。
消えていく。
希望という光。
残ったのは。
一つだけ。
救えないもの。
それは。
それは――
「かばんちゃん、かばんちゃん!」
「……あ」
俯いて深刻な顔をしていたからだろう。横を見ると、サーバルちゃんがボクを心配そうに覗き込んでいた。
「どうしたの、お腹でも痛い!?」
「サーバルちゃん……ごめんね、何でもないよ」
ボクは独り言のように呟いた。
……やめよう、こんなことをしても気分が沈むだけだ。
サーバルちゃんじゃないけど、ボクも少しは物事をポジティブに考えよう。
それにこの雨だ。
視界も悪い。
あの文字はボクの見間違いということだってある。
あの文字は。
血を連想させる赤い色で書かれたあの文字は。
「……」
ボクはもう一度窓の外を見た。
雨はさっきより一層激しさを増して、ボク達を穿とうとしているような気がした。
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