父のキャッチャーミット

かすけ

第1話 父の光



「野球だけはさせないからね。」


病院で初めて我が子をみたときに、おめでとうでもありがとうでも、他の気の利いた言葉でもなく、その台詞を選んだ。


妻の緑は言った。

「それはこの子が選ぶことよ。それよりほら、パパ、抱いてあげて。」


この世に生を受けたばかりの純真無垢な命が私の手に渡された。

つい涙が溢れる。


「緑、ありがとう。」


「そんなに怖い顔で泣かないでよ。最初くらいはかっこいいパパの顔を見せてあげて。」

緑が笑う。出産という最大の痛みを、つい先ほど乗り越えたばかりだというのに、こんな顔ができるものなのか。

女性は本当に、強く、優しい。


「パパだよ。これからよろしくな。」


小さな命の表情は読めない。とにかく真っ白で、右も左も天地もない。喜びなのか、今後への不安なのか。私はひどく混乱していた。しかし、それは決して悪いものではなかった。


どんな顔をしていただろうか。このときの感情はなんとも言い表せない。


「あのね、名前ね。」

緑がにっこりとこちらに顔を向けた。もう30歳手前にもなるのに、まるで出会った19歳の頃のような、無邪気な笑顔を見せた。


「男の子だから、パパから一文字もらいます。」


私は少しだけ顔をしかめた。こんな真っ白な命に、自分から一文字を渡して良いのか。このときの私には、我が子の存在がとにかく眩しかったのだ。


「いいのかな?俺の名前なんか、使って。」


「いいのよ。パパは私が認めた男だから。この子は孝輔君。輔の字はパパはからもらいます。」


嬉しいのか、気恥ずかしいのか。それを隠すために、一生懸命笑った。


「わかったよ。よろしくな孝輔。」


彼は私のもう一つの光になった。日々の残業でシミついた、目の下の影も、照らされて消えてしまう思いだった。


緑、きっといい子に育てよう。ママのように優しく、パパよりも強く。


孝輔、君は強くなれ。

ほんの少しだけ、彼の手を強く握った。

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