神託システムの成長と自立
阿井上夫
起
事の発端は、平成二十九年七月一日に新しいサイトがひっそりとオープンしたことだった。
事前に何のアナウンスも行われていない新規サイト。
しかもトップページには短い文章とテキスト入力ボックス、OKボタンの三つしかないというシンプルな構成である。
仮に検索で引っかかったとしても、それを見た大抵の者は、
「なんだよこれ?」
と考えてブラウザバックするに違いない、奇妙なサイトだった。
その「短い文章」というのは、こういうものである。
「問題を解決したい場合は、性別を以下の欄に入力して、OKボタンを押して下さい」
他に説明は一切ない。
「性別だけで何かが分かるわけじゃないよな」
そう考えて面白半分で入力してみると、画面が変わって文章が変わる。
「次に、血液型を以下の欄に入力して、OKボタンを押して下さい」
その下にはテキスト入力ボックスとOKボタン、入力された性別が表示されている。
「なんだよこれ?」
と考えて、やはり多くの者がここでブラウザバックし、少数の者が面白半分で血液型を入力する。
すると、画面が変わって文章が変わる。
「次に、生年月日を以下の欄に入力して、OKボタンを押して下さい」
その下にはテキスト入力ボックスとOKボタン、性別と血液型が表示されている。
ここで殆どの者は、
「なんだよ、つまんないな」
そう考えてさっさとブラウザバックするが、完全な暇つぶしでさらに入力を行う者も中にはいる。
それで、画面が変わって文章が変わる。
「次に、生まれた都道府県を以下の欄に入力して、OKボタンを押して下さい」
その下にはテキスト入力ボックスとOKボタン、性別と血液型と生年月日に対応する星座が表示されている。
そこでやっと、
「ああ、占いか何かね」
と、サイトの意図を察することになるのだが、それで満足して立ち去るものは逆に少数派となる。
人間心理のおかしなところで、ここまで深入りして真相の一端をチラ見せされると、逆に更に知りたくなるものなのだ。
既に自分の情報を入力することに慣らされているから、その後の質問への回答入力は、さほど躊躇いなく行われる。
それは、個人情報の保護レベルが低いものから、次第に高いレベルのものになってゆくのだが、入力者自身は次第に抵抗感を失ってゆく。
自分が抱えている問題の内容。
それに関する現時点での自分の思い。
知り合いにはとても話せないことすら入力した後、彼はこのような文章を目にすることになる。
「最後に、貴方の氏名を以下の欄に入力して、OKボタンを押して下さい。偽名でも構いませんが、本名のほうが正確な回答が表示される可能性が高くなります」
さすがにここで自分のやってきたことを冷静に省みる者が続出するが、逆に「偽名でも構わない」という点に救いを求めることになる。
「ああ、じゃあ仮に問題になっても、それは俺じゃないと言えるかもしれないな」
そんなことはないのだが、ここまでくると危機意識は完全に働かない。
氏名を入力してOKボタンを押す。
すると、
「只今、回答を作成しています」
という文字と共に、オルゴール調に編曲されたパッヘルベルの「カノン」が流れる。
これが十五秒ほど続く。
意外に長い時間がかかることで、入力した者は何らかの複雑な処理を期待すると同時に、少々不安になる。
――もしかしたら、このまま何も表示されないのでは?
そんな疑問が頭を掠めたところで、画面が変わる。
安堵した入力者の目の前に画面一杯のテキストが表示され――
入力者はその文章を無心で読むことになる。
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