スズランと夏の花
有坂有花子
俺があいつに会った頃
胸に重みを感じて首を動かすと、完全に不意打ちで少女の顔が目の前に飛びこんできた。純粋な驚きと、今の状況を認識してすぐに心臓が耳元で鳴り始める。大丈夫かと言おうとした言葉も、鼓動にかき消されて出てこない。
少女は床に仰向けに倒れた俺の胸に乗り上げる形で倒れていて、目を見開いて俺を見つめていた。間近で見ると瞳が茶色いのがよく分かる。ミルクティー色の髪も、「お前は色素薄いから黒髪よりそっちの方がいい」と言おうと思って、結局言えずじまいだったなんてことをこのタイミングで思い出した。
それより、見開かれた目の下の頬が赤く染まっているのを見て、俺の心臓は壊れるんじゃないかと思う程、鼓動を増した。
いや、でもな。
どうしてこんなことになってんだろうな?
俺が中二の時、親父が再婚した。
実の母親は俺が物心つく前に離婚しており、俺も人並みに小学校中学年くらいまでは母親を恋しがったりしていた。
けれど中学生になり、この年頃の奴らが高確率で発症する病『中二病』にかかると、俺は親父の再婚話を聞いてこう言った。
「母親なんていねえ方がいいし。てか何で親父今更再婚すんの? 母親とかいらねーんだけど。でもまあ親父がどうしてもって言うなら認めてやらねーこともねーけど?」
この頃の俺は『反抗しつつでもやっぱ最後には折れてやるよ大人だからな』という態度を貫くのに余念がなかった。
そんな俺の精一杯の演出を気にも留めずに、頼りなさをそのまま具現化したような俺の親父は、子供のように純真な笑みを浮かべながら俺の手を取った。
「
この父親でよく俺非行少年にならなかったなと思う。いや、逆に親がしっかりしてないと子供がしっかりしてしまうのかもしれない。
その後、顔を合わせた新しい母親は
そうして俺は、自分を理解してくれるものは認める、認めたものにはあまり逆らわないという中二の性質により、良子さんを母親と認めた。
ここまでは特に問題なく進んだのだが、実は一つものすごく重要で重大な問題があった。
良子さんにも連れ子がいたのだ。
そいつと初めて顔を合わせたのは、俺が良子さんと二度目に会ったレストランでの食事会で、親父から同い年の女の子がいると聞いていたから、俺の胸は躍るに躍っていた。
俺も健全な男子中学生だ。同級生の女子と同じ家に暮らすかもしれないなんて、期待しないでいられるだろうか。いや、するに決まってる。しない方がおかしい。するべきだ。
良子さんの後について心躍らせる俺の前に現れたのは、すらりとした
その日は三月の頭でまだ寒く、その子もコートを着ていたが、コートを脱いだ後の紺色のセーラー服から伸びる脚が白くて眩しかった。我ながら下心全開だったが、透き通った肌が人形みたいに綺麗だと思った。
「こんばんは。良子さん。
親父が席から立ち上がって、女の子に手を差し出す。エミ、と呼ばれたその子ははにかみながら親父の手を握った。
「あの、
高めの声は緊張しているのか多少こわばっていた。何だか消えてしまいそうだ。白いから雪みたいな子だなと思った。
「ほら、
親父にうながされ、俺は慌てて立ち上がる。
「あれ、何か緊張してる? あ、もしかして
言うな馬鹿親父! たとえそう見えたとしても言うな! ていうかお前が可愛いとか言うと犯罪者っぽいからやめろ。
良子さんが思わずといった様子で吹き出す中、俺はぎこちなく手を差し出す。
「
あまり目は合わせられなかったが、その子は俺の手を握って、ほんの少しだけ微笑んだ。
「
握られた手が思ったより温かくてびっくりした。外を歩いてきただろうから冷たいと思ったのだ。何だかすごくむずがゆいような、くすぐったいような気持ちになり、俺は手を離した。
食事会はつつがなく終わり、数ヵ月後、二人の再婚と同時に俺達はマンションの新しい部屋に引っ越して一緒に暮らし始めた。
正直、俺はラッキーだと思っていた。エミは大人しくて静かな、雪みたいな女の子で、何となくこれから仲良くなっていってあわよくば……みたいなことを考えていた。
けれど俺は自分の認識が甘かったことをすぐに知ることとなる。
「
弾丸のような勢いで俺の部屋のドアが開き、エミが飛びこんでくる。
驚いたのもつかの間、俺は散乱している物品の数々を神速でかき集め、机の下に放りこむ。
「ちょ、おま! ノックしろって何度も言ってんだろ! ていうか勝手に入ってくんな!」
引っ越しから少したつと、なぜかエミは俺の部屋によく来るようになった。しかもいつも突然に。エミと俺の部屋はさすがに別だが、子供部屋には鍵がない。だからノックしろと何度も言っているのだが、いまだ守られたためしがない。
するとエミは気付いたように申し訳なさそうな顔になり、「あ」と小さく声を上げる。
「ごめんね。じゃあやり直すね」
「やり直さなくていいっつーの! 今度こそ次から気をつけろ! 何か用事あったんじゃねえのかよ」
出ていこうとするエミを呼び止めると、エミは思い出したように俺を見つめる。エミは女子としては身長が高い方だが、一応俺の方が少しだけ目線が高かった。
茶色い目に見つめられて不覚にも鼓動が速くなる。
はっ。駄目だ、騙されるな。一緒に暮らすようになってからまだ少ししかたっていないが、こいつは典型的な『あのタイプ』だ。
そんなことを考えていたらエミが少し不安そうな顔をする。
「あのね、
俺はすぐに反応できなかった。いや、だって、こんな時どういう顔をすればいいのか分からないの、じゃなく、えー……えええええ……。
「一応聞いとくけどさ……何で?」
無駄なことだと思いつつも尋ねてしまうと、エミの顔がわずかに輝きを取り戻す。
「あのね、
「いや、どうかな? じゃねーよ! てか説明になってねえし!」
「え、もしかして『野』と『一』でノカズの方がよかった?」
「よくねえ! てかどっちもやめろ!」
一瞬エミが伺うような顔付きになったので俺はすかさず一刀両断する。
「そうだよね。じゃあ
俺の叫びを完全に無視し、エミは「イルキ」と何かとても大切なもののように口にし、花が開くように微笑んだ。
息がつまるように爆発的に鼓動が速まってしまった俺に、誰か言って欲しい。
目ぇ覚ませ、と。
エミは満足そうに笑って、部屋を出ていった。
嵐は過ぎ去り、部屋には俺だけが残される。一体何をどう間違って、この現代社会であんなファンタジックネームで呼ばれなければいけないのか。アホみたいにときめいてしまった俺もアホだが。
でも、あのまま続けていてもエミを説得できたとは思えない。
とどのつまり、エミは典型的な『黙ってれば可愛いのに』タイプなのだ。
食事会の時に騙された俺を責めることはできない。エミも最初は緊張していたのか大人しかったが、最近になり先程のような本性を存分に現し始めた。多分、天然というやつなのだろう。いや、不思議ちゃん? 電波……? だがしかし見た目とか態度は可愛いので先程のようにうっかり丸めこまれることはある。
けど俺はエミを好きにはならない。ていうかなりたくない。俺の好みは電波ではなくてもっと大人しい恥じらいのある普通の子だ。
第一、一応
そんなことを思っていたら、数日後、またエミが俺の精神衛生上非常によろしくないことをやらかした。
「ただいま」
いつものように部活を終え、(ちなみに吹奏楽部で、ユーフォニウムというあまり知られていない金管楽器を担当している)玄関で靴を脱いでいると、廊下のドアが開いた。そこは洗面所に繋がるドアで、俺の予想に百八十度反するものが視界に飛びこんできた。
エミが頭にタオルを巻きつけて、バスタオル一枚で出てきた。分かりやすく言うと、明らかに風呂上がりだった。遠目から見ても廊下のオレンジ色の照明に浮かぶ肩と腕はつるつるで、バスタオルが白いからなのか風呂上がりだからなのか、白い肌には幾分色がついているように見えた。
ここまで数秒、しっかりエミの姿を記憶してしまい、俺は我に返って思い切り回れ右をして叫んだ。
「服着ろアホかー!」
背後で驚いたような悲鳴が上がり、珍しく慌てたエミの声が続く。
「えっあっお、おかえり」
「いやおかえりじゃねーよ! そうじゃねえだろ!」
「え、えっと、ただいま?」
それもちげーよ! ともう叫ぶ気力もなく、俺は膝を折りたい衝動を何とかこらえた。
こんな弱音を吐くと、全人類(男)の敵め犬畜生がこの状況に小躍りしない男などもはや男ではない多摩川に沈めなどと文句を言う
だがしかし考えてみればいい。お前らはまったく恥ずかしがらない女子にそういう気持ちを抱くのか? 恥ずかしがるからこそ燃えるんじゃないのか? 堂々とされてたら逆に引くんじゃないのか? 引くだろ? 普通(変態は除く)。俺が恥ずかしがってて相手が恥ずかしがってないこの状況をおかしいと思え。
エミはようやく思い出したというように申し訳なさげに小さな声を上げた。
「あ、ご、ごめんね。服? まだイルキ帰ってきてないと思って」
おせーよ! 普通真っ先にそこだろ! ていうかいてもいなくても常に着てろ!
「もういいから! 早く着ろ」
「え? ごめんね、よく聞こえなかったんだけど」
背後から裸足の足音がぺたぺたと俺に近付いてくる。俺の思考はついにオーバーヒートした――。
ていうか、エミ、お前、わざとか? 天然のふりして俺の反応見て楽しんでるだけか? そしたらお前はとんだ小悪魔だな。
「ちょっとー、あんた達何騒いでんのー? ケンカ?」
リビングに繋がる廊下のドアが開く音がして、良子さんの間延びした声が聞こえた。
あ、これって俺もヤバくないか? 完全にただの被害者とはいえ、バスタオル一枚の女子と一緒にいる俺、ヤバくないか?
「りょ、良子さん、違……」
「絵美イイイイー!」
弁解しようと弱々しく発せられた俺の言葉は、良子さんの怒声にかき消された。
「あんたタオルでうろうろすんなって何度言ったら分かんのよおおお! もう二人じゃないんだからいい加減覚えてお願いだからあああ!」
ああ、良子さんが常識人でよかった。俺は心の底からそう思った。
「ご、ごめんなさい」
「
「あ、これはあたしがイルキの言葉聞き取れなくて」
あ、馬鹿エミ。思ったのもつかの間、振り向けない俺でも分かる程、背後に重いプレッシャーがのしかかる。
「
「いや思ってねえから! 振り向けないのに何でそんなこと思う余裕あるんだよ!」
「ん。そっか。確かに。正直者のイルキには夜ご飯のシューマイ一個サービスしよう」
良子さん、あなたもそのファンタジックネームで俺を呼ぶんですか。お願いだからあなたは綺麗なままでいて下さい。
「ただいまー……って絵美ちゃんえええええ!」
「絵美イイイイ! 服うううう!」
タイミング悪く帰ってきた親父が叫び、良子さんは再び絶叫し、結局この件は大惨事となり幕を下ろした。
俺でさえ四人で暮らすようになってからは半裸でうろつくのはやめたというのに、あいつは一体どこに羞恥心という大切な気持ちを置き忘れてきてしまったんだろうか……。
そんな大切な気持ちを忘れたエミと俺の関係も、とある出来事により転機を迎えることとなる。
それは中三の九月中頃、一緒に暮らし始めてから四、五ヶ月がたとうとしていた時、親父と良子さんが新婚旅行に出かけることになった。
本当は家族旅行にしようかという話だったのだが、「もう家族で旅行とかって歳じゃねーし」「せっかくだから二人で行ってきなよ」という思春期溢れる俺の言葉と、エミの無駄に気の利いた発言により、二人は二泊三日で京都に出かけていった。
ちなみに家族旅行は結局年末に行くことになり、エミは自分以外のことだと割と気を回したことが言えるということが最近分かってきた。
親がいない時間が長いのには慣れているし、もう子供じゃないんだから二、三日くらい家に二人しかいなくても特に問題ない。別に親が留守だからエミと二人きりだぜ! ヒャッホウ! とかそんなことは思わない。俺はエミを好きじゃないからだ。家族と留守番しててもドキドキしない。そういうことだ。
ただし、エミが何も仕掛けてこなかったらの話だけどな。
留守番一日目、金曜日学校から帰ってきて、良子さんが作り置きしておいてくれた夕食をチンしてエミと一緒に食べた。
明日は外食かピザか寿司のどれにするかなどと話しながら(俺もエミも料理が特別好きではないので自炊するという選択肢はない)、何となくテレビを見たり漫画を読んだり一応受験勉強もしたりしてすごし(エミは俺より成績がいいので推薦を受けるらしい)、風呂に入り(あれ以後エミがバスタオル一枚でうろつくことはなくなった)、
今このドアをノックできるのは親切な泥棒かエミしかいない。いや、そんな泥棒はいねーよと思いつつドアを開くと、当たり前だがエミが立っていた。でもノックされたの初めてじゃねーかな。
エミは何だか申し訳なさそうな顔をして「あの」とか「えーと」とか言っていたので、「何だよ」と言ってやった。
「い、一緒にいてもいい……?」
普段の元気が嘘のように消え入りそうな声で、しおらしい表情などしているものだから、何も知らない男子なら間違いなく脳内ガッツポーズをしたことだろう。ただ、最近はここまでされると、こいつ実は俺のこと好きなんじゃね? と思うようになってきた。絶対にそんなことはないが。
時刻は午前零時、俺も一応思春期の中学三年生なので、エミがここに来た理由を聞いておかなければいけない。
「何で?」
エミは小さく肩を震わせ、言葉を濁していたが、小さな声で喋り始めた。
「えっとその、怖くて。泥棒とか変な人とか来たらどうしようって」
一応こいつにも普通の感覚はあるのかと妙なところで納得してしまった。まあ気持ちは分からないでもない。親が家にいないのには慣れているとはいえ、夜中もずっといないのは確かに少し心細いだろう。
「こっちで寝ちゃ駄目?」
エミの茶色い目が助けを求めるように見つめてくる。全然関係ないが、エミは割と色素が薄い。目も茶色いし、黒髪もよく見ると茶色寄りで、肌は白い。ハーフとかクォーターとかそういうのではなく単にそういうものらしい。
一瞬脳内逃避してしまったが、エミとしては怖い夢を見たから一緒に寝てと母親に言っているのと同じだろう。ドキドキなんてしない。する訳がない……いや、嘘です。しました。すみません。つーかするだろ! いくら裏がないとはいえ事実一緒に寝たいとか言われればするだろそりゃ! でもいくらなんでも同じ部屋で寝るのはちょっと……。
また脳内から多摩川に沈めコールが聞こえてくるが、だからよく考えてみろよ。同じ部屋で寝たとしたって生殺し飼い殺し状態でただ眠れない辛い時間をすごすだけだぞ? 眠れない夜って滅茶苦茶長いんだぞ? 世の男子諸君は自分がそんな物語の主人公のような状況に置かれたら実際どうするのかを考えてから物を言うといい(馬鹿じゃねーの。俺なら迷わず襲うぜという変態は除く。できるか)。
「部屋交代したいってことじゃないよな? ……違うよな」
エミは一緒に寝たいという意味で言ったんじゃないかもしれない。俺何勘違いしてんの馬鹿じゃねーの。といきたかったが、残念ながらエミは首を横に振った。極めつけのように、俺のTシャツの裾をきゅっとつかむ。
「ご、ごめんね。狭くなっちゃうし、もしかしたらあたしいびきとか寝相とかすごいかもしれないけど、駄目かな?」
いや、心配すんのそこかよ。寝る気満々じゃねーか。俺は思わず顔を伏せて額に手を当ててしまい、ここにいない誰かに助けを求めたくなった。神様、俺どうしたらいいですか?
どうにかエミを部屋に入れないですむ方法はないか考えたが、何も浮かばず神の声も聞こえなかったので、俺は抗えない運命を受け入れるように結局エミを部屋に入れることになった。
「ごめんね。お邪魔します。あ。あたしここで寝るから気にしないで。イルキは起きててもいいし」
先程のしおらしさはどこへやら、いつものように戻ったエミはベッドの隣の床を指差した。
いや、さすがにそれはないだろ……。自分の部屋とはいえ女子を床に寝かせる男はないだろ……。
「アホか。普通にそっちで寝ろよ」
俺がベッドを指すと、エミは手を振る。
「え、いいよ。入れてもらっただけで迷惑かけてるし」
迷惑かけてる自覚はあるんだな。多分全然違う方向にだろうが。
「いいから素直に寝ろよ。俺がやなんだよ」
何で微妙に恥ずかしい台詞を言わなくてはならないのか。自分の言った言葉に何ともいえない羞恥心を噛みしめていると、エミが言い辛そうに切り出す。
「ベッド半分にする? 寝相とか」
「しねーよ! 大人しく寝てろ!」
みなまで言わせず俺はエミの言葉を断ち切った。エミはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、諦めてくれたのか大人しくベッドへ近付いていく。
「じゃあ、ありがとう。借りるね」
そう言ってベッドに横になった。もう早速寝るつもりなのかと思っていると、エミはベッドの上でごろごろ寝返りを打って、うつ伏せになる。Tシャツから伸びる腕と、ショートパンツから出ている脚が目によろしくない。白いから余計にだ。
エミは枕に顔を
「イルキの匂いがする」
エミの言葉に心臓が跳ねる。え、それは臭いってことか? そういえば親父は常々「枕は加齢臭がねー」とか言っていたし、さすがに加齢臭はないとしても汗臭いとか?
「え、わ、わりい。今あれ持ってくっから」
某布用消臭・除菌スプレーの名前を口にして
「あ、違うよ? 何か、すごくいい匂い」
そう言ってエミは顔をほころばせて、陽だまりの猫のように幸せそうな顔で笑った。
心臓が急に高鳴ったせいで、一瞬息が止まった。
馬鹿、反則だろ。ふざけんな。そんな顔してそういうこと言うんじゃねーよ。だから、ふと思ってしまったのは気の迷いだ。
もしかして本当に、こいつは俺のこと好きなのかもしれないって。
「あのさ」
いつも以上にぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「その。いくら毎日一緒にいて慣れてるからって、俺にその……へ、変なことされるかもとか思ったことねえのかよ」
「変なことって何?」
ああああ……。そうだよな。
エミが小さな声を上げて言い辛そうに言葉を濁す。
「し、下着盗んだりとか排水溝の髪の毛集めたりとか……?」
「しねーよ! 犯罪者か! キモいわ!」
「あ、えと、じゃあ襲ったり襲われたりとか?」
いきなりどストレートだなおい! 間違ってはいないけどよ! ていうかそういう知識はあるのかよ!
「まあ滅茶苦茶はしょって言うとそういう……」
ことになるかもしれないな。決してそれが全てではないが。
エミは特に恥ずかしがりもせず、んーんーとうなりながら枕にあごを沈めた。俺は今、裸で衆人環視されているくらい恥ずかしいというのに、こいつの場合恥ずかしい場面で恥ずかしがっているのを一度も見たことがない。どうなってるんだおかしいだろおい。
エミは考え終わったのか仰向けになって寝転がったまま俺の方を見上げた。あんまりそういう無防備な格好をしないで欲しいんだが。
「イルキのことは信じてるよ」
あ、何かヤバい。次に来る言葉が何となく予想できてしまって、俺はそれによって生じた自分の感情の方に激しく動揺した。
「だって大好きな弟だもん」
エミは邪気のない顔で優しく微笑んだ。
それからのことは、あまり覚えていない。別にエミを襲ったとかそういう訳ではなく、エミは普通に俺のベッドで眠ったし、俺はあまり眠れなかった。けれどそれは浮わついた気持ちからではなく、当たり前の事実を知ったからだった。エミと俺は姉弟で、エミにとって俺はただの弟だ。ただそれだけの当たり前のことだ。
けれど、認めない訳にはいかなかった。認めたくなかったけれど、もう分かっていて、分かってしまった。
だってこんなにも胸がえぐられるように痛い。
俺は、エミのことが好きだったんだ。
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