ビードロの瞳

@blanetnoir

第1話

人の心の有り様が、見える眼を持って生まれてきた。生まれてこの方、会う人全ての心が見える。

どう見えるのか。

光って見えるのだ、胸の当たりが、ぼんやりと。

すりガラスのランプに似てると思う。

体の中が透けて見える訳でなく、こう、その人自身がランプのような感じ。その光の色が、人によって様々に違う。この色味の違いが、“人柄”の表れで、これで大概の善し悪しがわかる、と感じている。恐らく殆どの人は人の第一印象を、顔立ちとか表情、あるいは服装の趣味、身だしなみなどで感じ取っているだろう。表情筋の動かし方から読み取れる内面や、服の趣味から推測される人格の傾向を、意識的になのか無意識なのか、判じているんだと思う。

私の場合は。

人を見たその瞬間に、細かな部分を見る前に、色で、全てを感じ取ってしまう。

たとえば。

今私の前を歩いている、小柄なこの女性、後ろ姿で顔は見えないけど、うっすら肩のあたりが光っている。淡いクリーム色の優しい色味で、可愛らしい。角がなくて、安心感ある。そんな印象。その彼女の横にいる男性、大分背が高くて、大柄な体型で後ろから見てもいかつい印象だけど、やはり肩のあたりで見える光の色はモスグリーンの落ち着いた色で、彼も安心感ある人だと思う。そして2人は恐らく恋人同士(手を繋いで歩いてる)、色の組み合わせも綺麗で、きっと相性もいいと思う。ふと、お互いが顔を見合わせた時に見えた横顔は柔らかい表情の美男美女、光の印象と違わず、微笑ましい。


そんな、幸せそうな2人に見惚れていて、自分の足元に注意が向いてなかった。歩道と車道の境目あたりでよくある、ちょっとした段差につま先が引っかかった。あ、と思った瞬間にこらえられればよかったけれど、そのまま頭から倒れてしまった。周りが一瞬の出来事に驚き立ち止まる。ざわざわとした空気のなか、あまりに気まずく顔を見られたくない気持ちで体を起こした。転んだ人が無事動いた様子を見て、ドジした人の顔を見るような野暮をせず、周りは直ぐに歩き出した。ドライな優しさに感謝しながら、ふと体を起こしきる前に自分の手を見た。

手の色が、いつもと違う。

打ち身の黒ずみや出血ではない、肌色が私の肌色に見えない。

あれ、妙に白い?

アルビノの肌のように白い。

まるで憧れのナスチャのよう、なんて思いながら気のせいかと眼をこすった。

眼球に触れると思った手は、空っぽな眼孔の中に突っ込まれて、瞼を指の関節で奥に伸ばした。

あれ?

眼が、右の眼球が、ない?

あまりの違和感に思わず右目のあたりを手で覆った。そっと、指の腹で瞼を押す。押した分だけ奥に伸びる。こんなことって?

その時、転んだ瞬間を目撃していたらしい親切なおばあちゃんが声をかけてきた。

「あなた、大丈夫?これ、あなたのものじゃない、転んだ時に飛んでいったわよ!」

そういって、わたしの前にしゃがみ、指につまんでいるものを私に渡した。

渡されたのは透明なガラス玉、手のひらにコロンと収まった。

「あの‥‥」

身に覚えのないものだった。これが、私から飛んでいったって?

どう言葉を返したらいいか分からないまま、曖昧な声を出した。

「あなた、立てる?大丈夫?」

「ああはい、大丈夫です‥‥」

心配そうに顔を見てくるおばちゃんに、顔の右側が見えないよう横を向いて、大丈夫をアピールするように立ち上がった。

立ち上がれた様子を見て安心してくれたらしい彼女は、よかったわ、気をつけてねといいながら立ち去っていった。

私は、右目を手で覆いながら、しばらく足を踏み出せずに立ち尽くした。

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