第16話 裏切りの理由
その頃、吉川敦彦は文房具店で可愛らしいボールペンを手にした。熊のキャラクターのイラストが印刷されたシンプルなデザインの物とハート柄が散りばめられた黒い物。
合計二本のボールペンを手にして彼はレジに向かう。すると、レジの前で三十代後半くらいの女性が店員に話しかけていた。
「聞いた? モール内に警察がいるって。高身長のイケメン中学生が警察に保護されてるのを見たよ」
客の話を偶然聞いてしまった吉川は握り拳を作った。焦りによって額から汗を流した吉川は、売り場に戻りカッターナイフを手に取る。
そして彼は、レジに行き店員の前に商品を置いた。
「この二つのボールペンは別々に包装してください。カッターナイフはテープを張って構いません」
客の注文に対し店員は笑顔で対応する。
「かしこまりました」
そうして予算の大半を使い切った吉川は、商品を受け取り他の参加者を探すため、近くにあった階段を降った。
「これからどうする?」
谷村太郎は周囲を見渡しながら、真紀と凛に尋ねた。真紀が案内したのは階段の近く。ここは防犯カメラの死角になっている。
黒墨凛は右手を挙げた。
「一番簡単な方法は、服装を変えて周囲に溶け込むこと。休日に学生服でショッピングモールに行く人なんていないから目立つ」
黒墨凛の考えに対して、真紀は首を横に振った。
「でも、私達は服を買うためのお金を持っていません。このショッピングモールには古着屋もないので、着替えは不可能でしょう。万が一買えたとしても、警察は防犯カメラの映像をチェックしているのでしょう? 2時間ドラマで知ったんだけど、警察は顔認証システムって奴を開発したそうです。それを使えば、防犯カメラの映像からどこに誰がいるのかを特定できるんです。だから服を変えても意味がありません」
普段2時間ドラマなんて見ない谷村は、初耳な情報に驚き感心した。
「そんなことができるのか。警察はスゴイな」
「でも、顔認証システムを使う確証もない」
凛は真紀の考えに対する疑問点を口にした。すると、真紀は何かを思い出しながら彼女と視線を合わせる。
「警察官らしい黒いスーツの男が言っていました。5分もあれば拉致された中学生と教師を保護できるって。多分あれは、顔認証システムを使うということなんだと思います。確かに確証はないけれど、保護された池澤君が拉致事件の主犯が地下駐車場に現れるって証言したら、警察はゴール近くで張り込みをするでしょう。そうなれば隠れながらゴールに向かっても意味がありません」
「手詰まりか」
攻略法すら分からず、ただ警察に保護されるしかない。谷村太郎は悔しそうに呟いた。だが、黒墨凛と椎名真紀は顔色を変えない。
「そんなことない。何か攻略法があるはず」
真紀は黒墨の発言に賛同するように、首を縦に動かした。
「着眼点は手元にある物。お釣りは自由に使っていいというルールだから、何かを買うことが攻略法なんだと思います。例えば……」
「事件を起こして、警察の注意を引く」
階段から吉川敦彦が降りてきて、真紀の言葉に続けた。突然現れた吉川に真紀たちは驚く。
「吉川先生。どうしてここに?」
黒墨凛が尋ねると、吉川敦彦は説明を始める。
「警察がいるっていう客の話を聞いた。何とかしないとラブって奴に殺されるんじゃないかって思って探していた所だったんだ。このゲームは全員で協力しないと攻略できないんじゃないかって思った。客の話によると、東君が警察に保護されたらしい」
吉川の話を聞き、凛は溜息を吐いた。
「そう。池澤君も警察に保護されたから、現在モール内で自由に動けるプレイヤーは、私達だけってこと。この四人で協力したらゲームクリアも簡単」
「ちょっと待った」
谷村太郎は凛の発言に異議を唱えた。すると彼女は無表情で聞き返す。
「何?」
「やっぱり説明してくれないか。何で黒墨さんは、蒼乃さんや吉川先生を裏切ったんだ?」
それを裏切られた吉川敦彦の前で聞くのかと椎名真紀は目を点にする。だが、凛は表情を変えることなく彼の疑問に答えた。
「私が裏切ると思ったら見当違い。裏切った理由を一言で説明するなら、復讐という表現が適切。吉川先生を裏切った理由は言いたくないけど、蒼乃さんを罠に填めた理由だけなら言える。通り魔事件が起きた日、蒼乃さんは、薫子を傷つけた。もう東君に関わらないでって、彼女を突き飛ばした。蒼乃さん、何度も薫子を目の仇にしていた」
「それが許せなかったから、裏切ったってわけか。それじゃあ、次に森園さんと椎名さん、山吹さん、吉川先生の関係を教えてほしいです。僕の推理では、ゲームのプレイヤーは彼女と何かしらの関係のある人物ではないかと思っています」
「やっぱり、予想通りの推理。吉川先生との関係は、本人に語ってもらうから割愛。山吹さんは私と一緒に蒼乃さんが薫子を突き飛ばす現場を目撃。椎名さんは放課後、薫子の下駄箱に手紙が入っていたことを私に教えてくれた。それだけの関係」
「手紙でゲームセンターの前に呼び出して、森園さんを襲った奴がいるってことですか?」
谷村の疑問を聞き、凛は首を縦に振った。
「そうだと思う」
疑問に答えた後で、凛は吉川の顔を見た。教師は仕方なく、薫子との関係を生徒に告げる。
「あの通り魔事件の日、森園さんは職員室に尋ねて来て、俺に質問した。数学で分からない所を五分くらい聞いた。森園さんとは教師と生徒の関係で、それ以上でもそれ以下でもない!」
強調する教師の発言の後、椎名真紀は右手を挙げる。
「森園さんと私達の関係は分かりました。でも、それとゲームは関係しているのでしょうか? 関係しているとしたら、どうしてこんなことをしているのでしょう? こんなことをしなくても、警察に捜査を任せておけばいいのに」
この最大の疑問点の答えを、この場にいる四人は知らない。大きな壁にぶつかった谷村は咳払いして、もう一度周囲を見渡す。
「それは分からないが、これ以上の長話はやめておきましょう。吉川先生。これからどうしますか?」
「……大丈夫だ。椎名さんと谷村君は知らなくていい。その代り、必ず東君と池澤君を助けて、全員でゴールするって約束する。ここは黒墨さんと俺に任せて、二人は逃げてくれ」
吉川敦彦は覚悟を決めた。その顔を見た真紀は首を縦に動かし、谷村の右手を掴む。
「先生のことを信じます」
たった一言を教師に告げた真紀は、頭を下げ谷村の腕を引っ張り、その場から逃げた。
二人の生徒の後姿が見えなくなると、吉川は先程買ったカッターナイフを取り出し、その刃先を凛に向けた。
そして、二人は階段を昇り二階に向かい、大声を出し多くの買い物客の前に姿を晒した。
「動くな! こいつがどうなってもいいか!」
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