第9話 2人の密会
東が池澤と手を組んだ頃、古川敦彦と黒墨凛は、図書室の中にいた。幾つもの本棚が並んだ空間の中で五分間二人きりで過ごす。それが吉川敦彦のマニフェスト。
まさか五分間密室で黒墨凛と過ごすことになるとは。これは古川にとって想定外なことだった。
「黒墨さん。暇潰しに話でもしないか?」
いつの間にか椅子に座り本を読み始めた凛は、顔を上げてイジワルそうに笑った。
「名前呼ばないの? 二人きりだから別にいいのに?」
静かな図書室が気まずい空気に包まれた。そんな状態で吉川敦彦は頭を掻く。
「分かったよ。凛。話がある。お前の作戦はスゴイと思った。だから、俺と組んでほしい」
数秒の沈黙の後、凛は首を小さく縦に振った。
「賛成。次は誰?」
「谷村君か池澤君で悩んでいるんだよ。でも作戦はちゃんと考えているよ。このゲーム、男子対女子みたいな構図だと思われているが、実際は違うんだ。まず……」
吉川の口から語られる作戦を聞き、黒墨凛は頬を緩めた。
「面白い。でも、早く標的決めて」
「どっちでもいいんだけどなぁ。だから悩む」
「相変わらずの優柔不断。悩んでいても仕方ないから、標的は池澤君にする」
黒墨は早々に吉川の悩みを打ち切った。それに対して、吉川は目を丸くする。
「ちょっと待て。お前は、池澤君死なないって言っただろう。あれはウソか?」
「ウソ。私のマニフェスト、池澤君を慰める」
「これをやったら、池澤君はもっと凛を恨むようになるだろうな?」
吉川が率直な感想を口にした直後、凛は突然立ち上がり、彼の前で全身を振るわせた。
「やっぱり怖い」
それは彼女が古川敦彦にだけ見せる素顔だった。その顔を見た吉川は、彼女の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ。先生はお前の……」
先生の声に安心したのか、凛の涙は止まっていた。
「ありがとう。ここで確認だけど、それをやるためには、ハートが九個くらい必要になるけど、大丈夫?」
「心配ないさ。こっちは作戦に使うアイテムを買っている。後は凛がアイテム買えば準備完了だ」
「そう。分かった」
マニフェスト達成まで残り一分といった所で、吉川は右手の人差し指を立てて、黒墨に尋ねた。
「凛。一つ教えてくれ。どうしてお前は池澤君を狙うんだ? 即断即決だってことは何か理由があるんじゃないのか?」
吉川の疑問を聞いた黒墨は、しばらく沈黙した後で、淡々とした口調で答えた。
「私は池澤君が嫌い。薫子の頭にゴミ箱のゴミをぶっかけたから」
直後、吉川敦彦の端末にマニフェスト達成の知らせが届いた。
図書室の前では谷村太郎と椎名真紀が待ち構えている。真紀と隣り合って立っている谷村は、チラっと真紀の横顔を見た。
「吉川先生に用があるんでしたね?」
「はい。先生と手を繋ぐのが私のマニフェストです。そういう谷村君は何で私の隣にいるのですか?」
「黒墨さんに用があるんです」
「そうですか? 私も黒墨さんに聞きたいことがあるんですよ。もしかして谷村君は黒墨さんのことが好きなの?」
とんでもない質問が真紀の口から飛び出し、谷村は思わず顔を赤くした。
「違う。僕が好きなのは……」
動揺した谷村は、言葉を詰まらせる。
「好きなのは?」
自分と何かしらの関係がある男子に興味を持った真紀は、再度彼に尋ねる。だが、谷村は照れ隠しのつもりなのか、質問に答えず別の話題を振った。
「そんなことはどうでもいいんです。それよりも椎名さんに聞きたいことがあります」
その時、図書室のドアが開き、中から目的の二人が出て来た。
「椎名さん。僕が聞きたいことは別の機会です」
そう告げた谷村太郎は、黒墨凛の前で立ち止まった。一体何を聞きたいのかと訳の分からない真紀は、首を傾げた。
その後で彼女は、本来の目的であるマニフェスト達成に集中するべく、目の前を通り過ぎようとする吉川先生に狙いを定めた。
そして、電光石火の如く、彼の右手を掴んだ。突然の出来事に吉川は驚きを隠せず、真紀の顔を見た。少し照れた真紀は、先生の指に自分の指を絡ませる。
「先生。この状態で五歩歩いてください」
そう頼まれた吉川は首を縦に振り、二人は歩き始めた。結婚指輪が填められた先生の指を見て、少しの罪悪感を覚えた真紀は、照れながらも五歩歩く。その時、椎名真紀の端末からクラッカーの音が鳴り響いた。
こうしてプレイヤーたちはマニフェストを達成した。ただ一人、最初から達成できなかった池澤文太を除いて。
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