第8話 彼の策略
気が付いたら教室で二人きりになっていた。五分程前に古川先生と黒墨凛が一緒に出て行き、それを椎名真紀が追いかけた。谷村はトイレに行ってくると言い残す。ゲームマスターのラブはいつの間にか姿を消していて、今では池澤と山吹しかいない。
偶然にも二人きりになるという状況に、山吹はドキドキしながら、池澤の顔を見た。
「日奈子。こんな時に聞くことじゃないと思うが……」
唐突に彼が尋ねてきて、山吹の心臓が激しく震えた。少女の顔は明るくなる。
「やっと付き合うって決めた?」
赤面しながら行った彼女の質問を、池澤はあっさりと否定する。
「違う。聞きたいのはお前と吉川先生との関係だ。風の噂で聞いたんだが、お前は先生とデートしたそうじゃないか?」
「そんなこと聞いてどうするの? 池澤君は一度私を振ったから関係ないでしょう」
「だから、一度離れてくれって言っただけで、振ったつもりはない」
慌てる池澤の姿を見て、山吹はクスっと笑った。
「そう。だったら全てのゲームが終わったら、デートでもしようか? 吉川先生から恋愛映画の試写会のチケットを譲ってもらったんだ。ここだけの話、吉川先生とは相談を受けていたんだ。何の相談かは言えないけど、チケットは報酬」
「そうか」
「安心したんなら、抱き着いていい?」
「えっ?」
突然のことに池澤は顔を赤くする。山吹は同じように赤面して、彼の答えを確認するよりも先に、少年の体に抱き着く。お腹の位置に未発達で小さく弾む少女の胸が触れた。
二人の抱擁は、僅か三秒で終わりを迎えた。その時、教室のドアが開き、東が戻ってきたのだ。東の存在に気が付いた山吹は、慌てて池澤から離れる。
「結構仲良くやっているな」
東はニヤニヤと笑いながら、周囲を見渡した。黒墨凛の不在を知った彼は舌打ちすると、すぐに池澤に視線を向ける。
「池澤。相談がある。俺と一緒に黒墨を追い詰めないか? 俺達が協力すれば、アイツを窮地に追い詰めることができるんだ。十分くらい考えた末の策略。聞いてみないか?」
黒墨凛がやったことを思い出した池澤の怒りがヒートアップする。この時、池澤の考えは決まった。
「分かった。協力しよう。どうするんだ?」
「まず池澤は、次のターンで黒墨の八票以上のマニフェストを、ライターで書き換えるんだ。内容は東大輔に赤いバラを渡す。次に俺とお前で、アップっていうアイテムを使ってそれぞれが二票ずつ黒墨に投票する。これで黒墨の獲得票数が八票以上になる。後は俺が黒墨を無視し続ければ終わりだ。これでアイツはハートを六個失うことになる」
一通りの作戦を聞いた池澤は、右手を挙げる。
「質問だ。何で俺がライター使わないといけないんだ?」
「一度に最大二つまでしかアイテムを使えないんだ。俺はオープンを使っているから、残り一つしかアイテム使えない。確実に獲得票数を八票以上にするためには、どうしても俺もアップを使わないといけないんだよ。頼む」
「それならオープンを解除すればいいじゃないか?」
「それができたら、そうしているさ。色々と試してみたが、アイテムを解除することはできなかった」
「忘れてないか? 今の俺のハート所持数は十個。それでアイテム購入に使うハートも十個だ。つまり、俺はアイテムを購入した時点でゲームオーバーだ」
池澤の状況をすっかり忘れていた東は、頭を掻いた。
「忘れていたよ。だったら妥協して、六票にするか? 俺がバンクで脱落しない程度のハートをお前に預ける。もしくは、ガード対策で山吹さんを仲間に引き込んで、確実に八票以上を目指す。山吹さんが最初に黒墨に攻撃を仕掛けて、ガードを使わせるんだ。ガードは一回しか攻撃を防げないから、これで確実に八票以上を狙えるようになるってわけだ。これなら文句ないだろう?」
「ダメだ。東、ハートが多いお前がライターを使うべきだと思う……」
語尾を付ける前、池澤は悪魔の囁きを聞いた。一気に五個もハートを失った絶望を味わった池澤は、悪魔のような作戦を口にする。
「東。お前は甘いんだよ。俺はアイツが所持しているハートをチェンジで交換するつもりだ。俺とお前が組めばハート六個消失確定だろうが! チェンジとアップっていうアイテム買えば、俺の所持ハート数は四個になる。それをアイツに押し付ければ、一巻の終わりだ」
悪魔のような作戦を聞き、東は頬を緩めた。
「面白い。これで黒墨を脱落……」
「ちょっと待って!」
そう言い彼らの話を中断させたのは、近くで聞いていた山吹日奈子だった。彼女の顔は怒りと悲しみの色に塗りつぶされているようだった。
「見損なった。本当にそれでいいの? 全員で助け合うって話はどうなったの?」
「山吹。アイツは俺たちを裏切ったんだ。これは当然の報いだと思う」
反対意見を東は切り捨てる。何を言っても聞く耳を持たないと思った山吹は、二人の男子の顔を睨み付ける。
「幻滅した。本当に黒墨さんを追い詰めるんだったら、私にも考えがある。仲間にならないし、この作戦を黒澄さんに教える。さらに、
森園さんの事を吉川先生に告げ口するから!」
「薫子の事だと! お前に何が分かる」
森園薫子という名前を聞き、東大輔は動揺した。その隣で池澤は顔を青くしている。
「あの通り魔事件の日、私は聞いたよ」
通り魔事件の関する秘密が明らかになろうとした頃、校舎の廊下を歩いていたラブは、携帯電話を耳に当て、仲間からの報告を受けていた。
「そう。森園薫子が通り魔に襲われた事件。あの事件の犯人が、今回のプレイヤーの中にねぇ。もしかしたらって思ったけど。面白くなってきました」
仲間からの電話を切ったラブは、覆面の下で頬を緩めた。
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