それから
熱々の鍋を火から下ろしてカボチャを冷ます間、今度はオセロが話す番だった。
別れてそれからどうなったか、どうしたか、驚いたことにオセロは人を集めていた。それも口を上手に使って、言ってることが全部本当ならば詐欺師の才能があるのかもしれない。
それで、あの怖いつり橋の辺りにたどり着いたころにカボチャは冷めて、それを食べながら続きを聞いた。
甘くてねっとりとしたカボチャ、種にも栄養があると言われたところまでは覚えている。だけど食べてたら急に眠気が襲ってきて……気が付いたら瞼を閉じていた。
▼
朝、喉が渇いて目覚めるとルルーは変わらず暖炉の前だった。
今度はオセロも横にいて、静かに寝息を立てていた。
暖炉を見れば火は消えてるけど、また鍋がかかっていて、中には湯冷ましの水が張られていた。
そこから一杯、掬って飲もう、とコップを探してる時に、違和感を覚えた。
そして違和感の正体は、すぐに指に触れた。
冷たい金属の塊、黒色で、つるりとしていて、そんなのが二つ、今しがたまで寝ていた床に転がっていた。
なんだろう?
見覚えのあるようでないような不思議な感じ、好奇心に任せて拾い上げ、いじくりまわすと二つは一つにピタリとくっついた。
それで、出来上がったのは、鉄の輪だった。
それが何か判明して、だけどもにわかには信じれれなくて、ルルーは思わず自分の首元へ手を伸ばした。
……そこには、あるはずの首輪が、奴隷の証が無くなっていた。
沸き上がる感情は喜びよりも驚きだった。
カラカラの喉に唾を飲む。
落ち着いて、思い返して、考えれば、心当たりはある。
いつかはオセロに捕まれて攻撃を受けたこともあった。背中の地図を溶かされた時にも幾分かかかってたのかもしれない。そうでなくても、普段の生活から大事にしようとは一切考えてなかった。
あれだけ雑に扱って、掴まれて、殴られて、それでようやく、壊れて外れた。
……あぁ、終わったんだ。
それが、何となく溢れた感情の続きだった。
ルルーはオセロが起きてくるまでずっと、喉の渇きも忘れて、壊れた首輪を弄んでいた。
▼
今度のカボチャはちゃんと切って串焼きにしながら、今日中に出発すると言われても、ルルーは驚かなかった。
ここは先導してきた連中には知らせてないらしいけど、だからといって見つからない保証はない。それに物資も限りがあるし、速めに離れるのが良いというのは理解できた。
ただその前に、この家を掃除したいと言い出した時、一瞬だけオセロは驚いた顔をした。けれど、反対はしなかった。
……それで、残りのカボチャとかを食べて、持っていく水の補充も終わって、物資の補充も何もかも準備が終わってから掃除を始めた。
掃除と言っても、汚れた包帯やカボチャのごみを外に埋めたり、束ねた草でざっと掃いたり、後は動かした家具をもとに戻したりして終わりだった。
きっと、このまま後にしても、持ち主は戻ってこないだろう。
……それでも、綺麗にしていくのがけじめだと、ルルーは思った。
それで、全部終わったのはまだ朝と呼べる時間、荷物を持って出発した。
ルルーは、カボチャ畑を抜けたところで一度だけ、家に振り返った。
……またいつか、ここに戻ってきたい、と思った。
だけどそれはまた今度、と前を向き直り、一歩踏み出したところで首輪を置いてきたことに気が付いた。
まだ何かに使えるかも、と一瞬考えたけど、ルルーはそのまま置いてくることにした。
未練はなかった。
▼
無言で家を出て、しばらく歩いて、まだカボチャ畑が見える林の中、ルルーの前を歩くオセロの足が止まった。そしてミジの端、林の奥を見つめる。
不審に思いながらも追いつき、並んでオセロの見るものを見て見れば、そこにあったのは嫌と言うほど見せつけられた印、円の中に三等分する線、あのアンドモアを示すマークを象った、あのバカでかい金属の輪だった。
あのチンチロが振るっていた超重量の、武器と呼ぶには不格好なその輪は、地面に垂直に立てたられ、下の部分が地面に埋まっていた。
それが墓だと、ルルーにはわかった。
「チンチロ、だけどよ」
並び立つルルーへ、オセロはぼそりと呟いた。
「あいつ、死んでなかったぞ」
「……ぇ?」
突如として言われた言葉に頭が真っ白になる。
そんなはずは、ない。
殺した。ちゃんと殺した。
思い出す。思い出せる。
あの瞬間、全力で振るった。
血の匂い、感触、音、覚えてる。
この手が、目が、鼻が、覚えてる。
殺した。あそこまでやって、生きてるわけない。
殺したんだ、とルルーが訴える前にオセロは続けた。
「だから止めは刺しといた」
…………一瞬、言葉が頭に入ってこなかった。
殺した?
あの、いなくなってた朝の間だろうか?
いや、そこまで生き残れるはずがない。ちゃんと殺したと手応えが…………ここまで考えて、ルルーはやっとオセロの真意にたどり着いた。
この世界には、人を殺せない人がいる。
例えそれが、生き残るために、仕方なく、相手がクズであったとしても、人を殺したという罪悪感にとらわれる人がいることを、ルルーは見てきた。
それを弱いとあざけるのがここだが、ルルーはそうだとは思ってなかった。
それに、ルルー自身も、あんな筋肉でも殺した瞬間は吐いていた。
……だからオセロは。ルルーに、気を使ってくれたんだ。
「……そう、ですか」
「あぁそうだ」
それだけ会話を交わして、オセロはまた歩き始めた。
気を使われた。
その事実が心に染みる。
これから先、いつの日にか、殺した罪悪感で苦しむ日が来るかもしれない。
だけど今は、オセロの好意が嬉しくて、だから、ルルーは甘えることにした。
▼
二人でそれなりに長い間旅をしてきて、薄々気が付いていたことだが、やっぱりだとルルーは思った。
オセロはわざと危険な道のりを選んでいた、らしい。
その証拠と言っては何だけれども、あの白い家を出てからの旅は、ビックリするぐらい平和だった。
もちろん道中、町や村みたいな人の多い場所にも立ち寄ったし、人とも話した。だけどいつも盗賊、山賊、屯するジャンキー、喧嘩売って来るあほ、誰一人としてかかわることなく、トラブルなんか全くなかった。
たまに、身の危険を感じることがあったとすれば、野生動物ぐらいで、それさえも片手のオセロは瞬く間に倒して、その日のごちそうに変えて見せた。
ここがどこかわからなくなるほどに平和な旅、オセロが言うには、逃げるルートもちゃんと根回ししてきた結果、ということらしい。
こんな旅ができるなら初めからそうして欲しかった、と思う反面、それをしなかったオセロがそうしなければならないほどに余裕がないのだ、とルルーは思って、黙っていた。
そうして平和な旅は、あの『コックローチハーバー』から始まった旅に比べて、三分の一にも満たない期間で、もうあの壁を超えていた。
オセロに連れられ、当たり前のように下水道に入って、当たり前のように出ればそこは、蛮族から切り離された文明の地だったのだ。
カルチャーショック、というものはデフォルトランドに外から入る人に起こるものだと思っていたが、そこから出てきたルルーにも起こるのだ、と言うのが初めて言葉にできた驚きだった。
それほどまでに、産まれて初めての壁の向こうは、ルルーへありとあらゆる驚きを叩きつけてきた。
綺麗な街並み、ゲロの少ない道には文字が溢れて、壁や木々の上には猫や小鳥が普通にいて、そこを歩く人々はほとんど武装してなくて、中には子供も年寄りもいた。当然彼らの首には奴隷の首輪なんかなくて、ただ歩いているだけなのにその姿は輝いて見えた。当然襲われないし、死体も転がっていない。空気なんか、こんなに人が溢れてるのに血どころかゲロの匂いすら漂ってこない。
その中で一番驚いたのは年寄りだった。
年寄りは、デフォルトランドでの定義は使えない死にぞこない、と言う風にルルーは理解していた。だけどここでは普通に元気で、そこらの猫をとって食おうとしたオセロを見つけるやいなや集団で表れてまくしたてながら箒やらなんやらもちだして囲ってボコボコにした。その勢いはすごくて、あのオセロが防戦一方になるぐらいだった。
まさに別世界、ルルーの知らない世界が広がっていた。
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