これは、ルルーのお話

 …………言葉に詰まる。


 続きを話そうとしたルルーの口は半開きで、そのまま固まってしまった。


「なぁ」


 オセロの心配そうな声に、大丈夫、とルルーは首を振る。


 話すのは、思い出すのは、正直辛い。


 だけどオセロがいるから、話せそうだった。


 問題は、順番だった。


 どこから話すべきか、普通に考えたら、時系列準だけど、それは実際の時系列か、あるいはルルーが知った順番か、迷っていた


 迷って、考えて、そして一番大事なことから話そうと思った。


 一番大事なこと、一番気になっているであろうこと、それは地図の印についてだと、ルルーは考え突いた。


「……この、デフォルトランドから東に何があるか、ご存知ですか?」


「あ?」


 急に質問されて、オセロは変な声を上げる。その顔は何言ってるか理解できてない顔だったけど、だけども応えてくれた。


「俺が知ってるのは、荒野が続いてるってことだ。それもはるか向こうまで」


「そうです。そうですって言っても私も見たことないんですけど、ここから先は不毛の荒野が続ています。そこを旅するとして、私たちは何日ぐらい進めると思いますか?」


「何日って」


「水も食料も、持ち運べるだけで現地では調達できない、岩と砂だらけの土地を帰りを気にしないで進み続けて何日もつか、です。何となくですが、三日が限度と言ったところでしょうか」


「いや、荒野は乾燥していて日差しが強いと聞いてる。なら水飲みまくるから、下手すりゃ一日もたないんじゃないか」


「ですかね。もしも馬を連れてきても同じぐらいでしょう。運ぶ馬そのものが飲み食いしますし」


「まぁ、な」


「それで、話は変わりますが、ラクダ、という動物を知ってますか?」


「ラクダ?」


「大きさや体つきは馬みたいで、だけど毛だらけで、まつ毛とかが長くて、背中に瘤があるそうです」


「聞いたことないなそいつ、旨いのか?」


「そこまでは。聞いたのは、そのラクダという動物が暑さに強くて、何日も、何週間も飲まず食わずで荷物を担いだまま歩き続けられるんだそうです」


「……なぁ、それって」


「デフォルトランドがデフォルトランドになった原因、魔王の襲来、その時にこのラクダが用いられたのかはわかりません。ただ、その遥か以前から、あの荒野を旅してた民族が存在してました」


「初耳だぞそんなの」


「だと、思います。彼らの存在は、この地の貴族たちによって隠蔽されてたらしいので」


「隠蔽? 隠してたってことか?」


「そうです。ここは荒野に面した端の端、ロクな特産品もなければ交易路もない。人の出入りが少なければそれだけ隠し事は簡単だったでしょう。その分、経済的に不利でしたが、それを理由に国へ治める税金も低く抑えられてたらしいです。そんな中でこの民族、名前は失われてしまいましたが、遥か東の土地から珍しい調度品やスパイスなんかを持ち込んで、しかもそれらの半分が水と食料との交換してたんだそうです」


「マジかよ。ぼろもうけじゃねぇか」


「そうですぼろもうけです。だから独占するために秘密にしてたんです」


「あーそりゃ、そうか」


「そうなんです。それで、彼らとこことの貿易がいつから続いてきたのかはわかりませんが、終わりははっきりとわかってます。ずばり、あの魔王が現れた時です。さすがに魔王は、ご存知ですよね?」


「まぁ、おおよそはな」


 応えられて、ちょっと馬鹿にしすぎた質問だったな、とルルーは反省した。


 それほどまでに魔王という存在は、大きかった。


 突如として現れて、世界の半分を支配し、残る半分、つまりこちら側と戦争を初めて、そして突如として封印された、デフォルトランドでさえも常識とされるほどの歴史上の人物だ。ただ、学のないここで聞けるのは、真偽不明でわからないところを想像で補ったお話だけども、それでも途轍もなく強大な存在だったとは間違いなさそうだった。


 少なくとも、このデフォルトランドほどの土地を投げ捨てでも逃げ出したくなるような存在、その影響下にルルーも含まれていた。


「……魔王が戦争を始めた時、その砂漠の民が属していた国は敗れて、生き残った者たちは難民になりました。逃げる先は当時はまだ安全だった西へ、この地へとやって来たんです」


 オセロの表情が、何となく変わった。


 きっと、この話のオチに気が付いたんだろう。


 だけど、これは大事なことなので、端折らないで、ルルーは続けた。


「……この地を治める貴族たちは、なだれ込んできた難民にパニックとなりました。いきなり増えた人口、魔王の脅威、物資は足りず、匿う土地もなく、何よりも増える一方な彼らの存在が、隠し通せなくなるまであふれたんです。そこでこの地の支配者は集まって、相談して、決めました」


「あの……黄色い大地か」


 ……オセロの一言に、ルルーは頷いて返した。


「……やっぱり、わかってましたか?」


「いや、思い出したのはつい最近だ。ここらじゃまともに処理しないからちょくちょく見かけるからな。だが、あれだけの量は、常識から言えばありえない。だけど、その民族が大挙してってんなら、あの量もあり得るだろうさ」


 言って、オセロは一度息を整えた。


「…………あの黄色は、全部死体なんだろ?」


 ▼


 …………オセロの一言からどれだけ時間が経ったのか、ひょっとすると一瞬だったかもしれない時間、ルルーは目を瞑っていた。


 黄色、おびただしい黄色、それら全てが、さらに下に埋まった死体、それがルルーの背中に描かれた地図の、印の示すものだった。


 ……覚悟はしていた。


 衝撃の事実、夢の終わり、宝などなく、あるったのは夥しい亡骸の、黄色、楽しいものがあるとは限らないと覚悟してたのに、知った時の衝撃は、大きかった


 ……いや、本当に覚悟がいるのは、これからだ。


 ルルーは大きく息を吸って、吐き出して、目を見開いて、また息をして……だけど言い出す覚悟ができてなくて、代わりに話を繋げた。


「あれは、ミイラって言うんですってね。乾燥させた脂が固まって黄色くなって、筋肉や骨にしみ込んで黄色くなる。いかれた宗教では薬にしたり燃料にしたりしたそうですが、ここでは単純に処理に困って、野ざらしにしてたみたいです」


「……なぁ、もうお話はいいぞ」


 オセロに言われてルルーは目を丸くする。


 いいぞ、とは、もう終わらせていいぞ、の意味だろう。


 こんな発言、初めてで……だけどオセロの顔を見ればそれがつまらないから、ではないことがわかった。


 ……オセロに気を遣わせるほどに、今の自分は酷い顔になってるのだろう。


 だけど、ここまで来たら、最後まで話したかった。


 もう一度だけ、息を整えて、覚悟を決める。


「……アンドモアの、あのバカラとかいう男が言ってました。あの黄色の正体と、私の正体を」


「なぁ」


「言わせてください」


 言うと、オセロは怒られたみたいな顔をして見せた。


 それでも、続けた。


「……私の名前、聞かされたました。ルルーって本名だったんです。だけどマップバックはやっぱり偽名でした」


 話すたび、視線が落ちる。


 もうオセロの顔も見えない。


 だけど、続ける。


「私は、私の名前はルルー・レキ・ドライカンター、この地を支配する貴族のドライカンター家の末娘、つまりは大地を黄色く染めた一族の一人だったんです」


 言えた。言ってしまった。


 後はもう勢いが吐き出させた。


「……難民を黄色に変えるのに忙しい私の親は、産まれたばかりの世話を、その難民たちにさせてたんだそうです。そうしてる間は生かしておく、とでも言ったのでしょう。それで、難民が減って、ひと段落ついて、その世話役も黄色になって、そしてここを離れる段になってやっとこの背中に地図があったってわかったんだそうです」


 何故か頬が上がる。笑うような話でもないのに、顔は笑顔になる。


「宝でも何でもない、殺された同族の恨みを告発する地図、それも一日二日で彫り終わるようなものでもないのに、ましてや赤ん坊ならさぞや泣き叫んだだろうに、全部終わっていざって時にようやく気が付いたんです。その証拠も、ちゃんと書類で残ってるんですよ? 監督不行き届けの始末書とかで、重要な情報を外部に漏らすところだったーって、しかもそれをここに残してるんです。それが私の親です。でも、殺されないで奴隷として売られたのは愛があったからでしょうか?」


 こんな話、オセロでなくても聞きたくないだろう。


 完全な愚痴、独り言、ただ言いたいだけ、面白くもなんともない。


 ……いや、でも続きは皮肉が利いてて少し面白いかも、とまた口の端が歪む。


「……いつか、話しましたよね? 私はお姫様かもって。あれ、あのままほおっておかれたらそうなってたかもしれないんです。アンドモアの五人が私を生かしてた理由を知ってますか? 私の生存を知った両親が買い戻したがってたんだそうです。条件は地図の抹消と、人形のようにしてくれって、そしたら可哀そうな子供として政略結婚に出せるって、これでも腐っても貴族の血縁ですから、価値はあるんだそうです。それで相手が王子ならお姫様、笑えるでしょ?」


「笑えねえよ」


 オセロの返事、その声は怒ってるのかあきれてるのか、感情が読み取れない。話すばっかで、空回りして、今の私は可愛くない。


「だけどよ、それってあいつらが言ってたことだろ? なら」


「あいつらが言ってたから、信用できるんです。これが作り話なら、万が一それが知られたら私は救われてしまいます。そんなリスク、侵すような連中じゃないのはご存知でしょ? 確実に傷つく真実だけど並べる。だから、嫌でも信用できるんです」


 言って、たてついて、ますます可愛くない。


 嫌われる。オセロに、嫌われる。


 なのに、にやける自分が抑えられなくて、押さえようと指に力を入れてるのに、力も入らなくて、体温だけが下がっていく。


 と、体が跳ねた。


 反応、反射、防衛本能、体が動いたのはこちらに向かって伸びた影にだった。


 それを作ってたのは、オセロの伸ばした右腕だった。


 それを引っ込めるオセロ、私と同じぐらいに驚いての反応だった。


 何をしようとしたのか?


 殴るためではない。それは、あぁそれは、私を慰めようとしてくれたんだろう。


 頭をなでるとか、そっと抱き寄せるとか、ずっと昔にねえ様がしてくれたようなこと、きっと不器用だからねえ様ほど上手じゃないだろうけど、しようと、してくれたんだろう。


 思うルルーの見ている前で、オセロの動きが角つく。


「まぁ、あれだ、そのだ」


 しどろもどろの言葉、一息入れ、その右手で軽く自分の頬を殴ってから、オセロは続けた。


「お前は、お前だろ?」


 一言に、ルルーは思わず目を見開いた。


 べたなセリフ、まるで物語みたいな、ありきたりな一言、なのに、これが心に染みるのは、そうとう弱ってたみたいだ。


「だから、なんだ。まぁなんだ」


 続けてまたいいことを言おうとするオセロ、その姿が嬉しくってかわいくって、やっとちゃんとした笑い方を思い出せた。


 話せて、オセロを見て、なんだかすっきりして、大きく息を吸った。


 ……鼻に吸い込まれたのは甘くて良い香りだった。


「あ、あぁそうだな」


 言ってオセロは救われたみたいにカボチャへ右手を伸ばし、刺さってるナイフを掴んだ。


「うぉちゃあああああ!」


 絶叫と共に飛び退く。


 熱々の炎に焙られた熱々の鍋に熱々で煮える湯に浮かぶ熱々のカボチャ、そこに刺さるナイフもまた熱々だった。


 飛び退いて手の平に息を吹きかけるオセロ、その手に飲みかけの水を滴らせて冷ますルルー、なんだか、やっと、戻ってこれた気がした。

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