決着に集う

 コロンがヌンチャクの多様性に気が付き、それを体得し始めたのはこの地がデフォルトランドと呼ばれるようになってからだった。


 裏切りを受け、見捨てられ、多くの物資と仲間を失い、ただ生き残るに精いっぱいで、武器の自作などする余裕もない時分、残された中で最も質の良い武器が今使っているヌンチャクだった。


 当初こそヌンチャクを、ただ振り回すだけの鈍器として使っていた。だが、場数を踏み、経験を重ね、それらを踏まえての道化集とのスパーリングから、ただの鈍器を脱却するようになり、段々と技に、使い方にバリエーションが増えていった。


 単純に束ねて棒として使ったり、鎖の根元をもって一対としたり、相手の関節に巻き付けて固めたり、あるいは首を絞めるのにも使えると、実戦に学んだ。


 ……あくる日、奥義の片鱗はブーベンとのスパーリングの時に現れた。


 偶発的な動きに、だが体は適応し、後追いでの合理性も産まれ、奥義と呼ぶにふさわしい技だと確信が持てた。


 それから幾度とシミュレーションし、練習し、狙って放てるようになってようやく名が付いたのがつい先日だった。


 だが、本番での使用は、未だになかった。


 ▼


 全ては刹那に行われた。


 ヌンチャクの鎖にレイザーイの踵が触れた瞬間、繰り返されてきた反復運動がなせる反射によりぐるりとその足へ鎖は巻き付かれる。


 そして捕らえたヌンチャクを手綱とし、レイザーイの落下を受け流して右へとそらす。


 同時にコロンは体を合わせて回し、慎重に素早く足運び、すぐさま円の運動へと移行する。


 そして一周、直線運動が遠心力に置き換わったところで、ヌンチャクの片方を放した。


 落下の力をそのまま真横の力へ、抗うことできずにレイザーイは飛ばされ向かいの家の壁へとぶん投げられた。


 突如、力の流れが捻じ曲げられたレイザーイは、足掻くこともできないまま、壁へと激突し、落ちて動かなくなった。


 これが奥義『しがらみ』だった。


 名前まで付けてなんだが、原理自体は単純だった。


 要は素手で行う受け流しの動きの中で相手を捕らえる、という部分を、ヌンチャクで巻き付ける、に置き換えただけだった。


 だが置き換えたおかげで応用範囲が格段に広がった。


 特に、相手が素手では触れないような、例えば刀剣使いであったとしても、ヌンチャクを通して捕らえることで受け流し、ぶん投げることができる。


 そして、奥義は実戦にて成功し、完成へと至った。


 この村で、レイザーイ以上のスピードとパワーを持つ敵は確認されていない。何より村長は、レイザーイよりもスピードもパワーもない。


 ならば通じるが通、これで、勝てる。


 奥義の完成と障害の排除、同時に完成し、コロンはマスクの中で笑った。


 流れが来ている。あとは終わらせるだけだ。


「待たせたねレイディ、これであんし……」


 そこにレイディ、ルルーの姿はなかった。


 ただ、半開きの扉だけがあった。


 ▼


 ルルーの判断もコロンに負けじと早かった。


 空から降ってきた敵、あの恐ろしい顔の敵から逃げるにはどうするべきか?


 降ってくるのは雨だ。雨は雨宿りする。雨宿りは屋根の下だ。だから中へ入ろう。


 導き出されたのはシンプルな回答、ゆえにすぐさま実行に移せた。


 どうせ中に入るのだ、と追加したのは鍵がかかってないとわかってからだった。


 そして踏み入って、ルルーは唖然とした。


 ……中は、ものすごく散らかっていた。


 マスクで越してるのに空気が淀んでいるのがわかる。端に積まれた布の塊に無秩序に重ねられた本と本、台の上には花瓶が置かれ、その上にまた台が置かれ、更になんだかわからないガラクタが絶妙なバランスで重ねられていた。撒かれた藁束に転がるコップと皿と、あと何かで床は見えない。空の酒瓶と半分は行った酒瓶の間をゴキブリが走り抜け、それをネズミが見下ろしている。壁の模様はカビか汚れか、近づく気にもなれない。


 それでも辛うじて、ここがまだ廊下で、奥に部屋があるとわかるのは、点々と蝋燭の灯りが灯って道しるべとなっているからだった。


 ここは、とても人の住む場所だとは思えなかった。


 少なくとも、聖域だなんだと言って守るような場所ではない。むしろ空き家、それも蛮族がその日の宿に使って、片付けもせずに出った後、数日たった後、といった感じだった。


 ……そんな中でも、耳をすませば奥から音が聞こえてくる。


 どうするべきか、ルルーは迷わず奥へと進んだ。


 一歩、歩くたびに何かが割れて、壊れて、破けるのがわかる。その音は響くほどには大きくなく、だけどルルーを慎重にさせる程度には小さくなかった。


 そうしてたどり着いたのは、大きな両開きの扉の前だった。


 奥開きらしく、何かの布を挟んだ扉は完全に閉じ切らず、隙間から灯りと、音が漏れ出ていた。


 その音は人の、それも女性の声だった。


 遠く、くぐもっていて女性が何を言っているのか、ルルーに聞き取れた単語はただ一つ『オセロ』だけだった。


 それで充分だった。


 焦る気持ちを焦らしながらも、ルルーはゆっくりこっそり扉まで来て、隙間から中を覗く。


 ……最初に目に入ったのが一番奥のカラフルなガラスの壁、ステンドグラスというものだ。描かれているのは背中に白い翼を生やした女性の姿、天使というやつだろう。


 その手前には一段高い台があって、その上にまた大きな蝋燭立てがあった。銀製なのかピカピカで、いくつもの枝の先にはいくつもの蝋燭を突き立てて、明るくしていた。


 そしてその前に、一組の男女が見えた。


 そのうちの一人は、間違いなくオセロだった。


 長い髪を束ねて、鉄棒を傍らに置いて、膝をついて見上げてるその顔は、寂しげに笑っているように見えた。


 そんなオセロが見上げてる女性は、光り輝いていた。


 比喩ではなくて、蝋燭の灯りを受けて顔や肩や体や腕が、全部きらきらと煌いているのだ。その煌きに、体つきこそ女性らしくあるが、あとは輝きに潰れて顔も判別できなかった。ただ、頭に何かしら付けているっぽいのは何となくわかる。


 この、光ってるのが、村長だろうか?


 ルルーの思考は肩を叩かれ、消し飛んだ。


「レイディ、勝手にどんどんと一人で進まないでくれたまえ」


 声に振り返り、コロンの顔を見上げてルルーはやっと息ができた。


 チラリと見ただけだけど、その体に怪我はないようで、あの降ってきた敵から無事に逃れられたようだった。


「……中に二人、一人はオセロで、もう一人は、なんだか輝いてます」


「そいつが村長だ」


 予測通りの答えを返しながら、コロンはルルーの頭上を越えて扉の中を覗き込む。


 それに続いてルルーもまた、覗きなおす。


 ……未だに見上げ続けてるオセロの頬に、優し気に、女性が、村長が手を添える。


 それは優し気で、まるで昔姉さまがルルーにしたように親し気で、それをオセロにされているのに、ルルーの胸がなんだかざわついた。


 こんな姿、見たくなかった。


 ……ルルーの願いが通じたのか、オセロが頬を撫でる手を引き剥がす。


 刹那、オセロの手がこちらに向かって振るわれた。


 同時に、ルルーは前に押され、扉が弾かれ開かれ、ヌンチャクが振り下ろされた。


 硬い音、叩き落されて、床ではねたのは、オセロのナイフだった。

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