運命が結びつけた二人
……オセロの腹を刺し貫いたのは針のような錐だった。
柄の長いが針先は短い、首やせき髄なら脅威だが、腹部なら痛いのと腫れるの以外に問題じゃない。
問題はそれを持つ青白い手が、男の腹から飛び出てることだった。
でっぷりとした男の腹は横に皺があるが、そこに人が入れる隙間などあるわけもない。
だが実際、飛び出し、こうして突き刺して抉ってくる。この腕は生きている。
▼
リップクはガキ大将だった。
オークの中でもひときわ大きく、暴力的だったリップクは何でもぶん殴って解決した。
それは学校に入ってからも変わらず、何も学ばず、それどころか授業も出ず、どんな生徒も、教師も、一発ぶん殴れば黙って従った。
リップクにとって学校は縄張りだった。
……だが、ぶん殴って何とかなるのは学生までだった。
卒業し、成人し、社会に出た状態で誰か氏らをぶん殴れば、それはすなわち犯罪だった。
当然逮捕され、手痛い目に何度もあった。
それでも、ずっとぶん殴ることで問題を解決し、ぶん殴ることしかしてこなかったリップクには、ぶん殴ることしかなかった。
なので、ぶん殴っても大丈夫そうな裏社会へと自然と入っていくことになった。
そこでやっと学んだのは、この世にはぶん殴っちゃいけない相手もいるということだった。
リップクはぶん殴った落とし前として麻薬の密輸をすることとなった。
その大きな腹を利用して、油紙で包んだ麻薬を大量に飲み込むことで、税関をすり抜ける作戦だった。
税関は、すっきりと越えられた。準備や脅しに対してあまりにもすっきりすぎて、これが天職なんじゃないかとさえも思った。
……しかし、隠れ家について、飲み込んだ麻薬を取り出す方法が、口からでも下からでもなく横から、腹を裂いてと聞いてそんな考えもぶっ飛んだ。
逃げようと暴れ、ぶん殴ろうともがくも、手慣れた物量に取り押さえられ、縛り上げられ、あっという間にギザギザのナイフで腹を裂かれた。灼熱の激痛に泣きながら聞こえた、その男が「やべ、ちょっとこぼれた」という一言から、どうでもよくなった。
感じるのは、痛みに隠れてにじみ出る幸福感、みなぎる力で縛り上げていたロープを引きちぎると、同じ要領でそこにいた敵を全員引きちぎり、ぶん殴った。
全てをぶん殴り、取り出された麻薬を取り戻し、更なる幸福に溺れて、もう虜だった。
リップクは、更なる幸福を求めて辿ってきた密輸ルートを逆走し、この村にやって来たのだった。
……しかしぶん殴る以上の能力を持たないリップクは、村の役には立てそうになかった。
絶望したその時、運命の出会いを果たした。
▼
ペーシャンは左利きだった。
村の床屋の長男として産まれ、跡を継ぐことを鍛えされながらも、左利きゆえに右利き用のハサミは使えず、右利きの父親はどう教えたらよいのかわからなかった。
また字の書き方やテーブルマナーも、すべて右利きを想定して作られており、左利きのペーシャンは倍の努力で習得し、やっと右利きの最低ラインに突立つできるか、というレベルだった。
当然のように左利きのペーシャンは落ちこぼれだった。
あらゆる手を使う技術は右利きを中心に考えられており、左利きはそれだけで劣等種のギッチョだった。
ペーシャンは、憎しみを募らせていった。
右利き絶対主義の社会に対しての怒りは、しかし大人になるにつれて諦めへと変化していった。
そして最後には、左利きに産まれた失敗作である自分への絶望へと続いていた。
社会からはじかれた、左利きの自分へ、限りない憎悪、失望、絶望、そして鬱……長い年月をかけて積もりに積もった負の感情は、あくる日、ペーシャンに決心させた。
左手を切り落とそう。そうすれば嫌でも右利きになれる。
それ以外に方法はない、追い詰められていたペーシャンに、他の考えは浮かばなかった。
だが、それは痛い、とわかる程度には理性の残っていたペーシャンは、切り落とす前に、痛みを和らげるため、友人に譲ってもらった麻薬を服用した。
効果は抜群だった。
あれだけ深く考えてたのが馬鹿らしく思えるほどに気分は晴れて、利き腕なんてどうでもよくなった。だから自然と左腕を切り落とすのは中止したのだった。
……しかしそれは一時的なものでもあると自覚していた。麻薬がなければ元に戻る。それは嫌だ。
どこをどう聞いて、落ちて、たどり着いたのか、本人ももう忘れてしまったが、そういう経緯で、この村にやって来たのだった。
そして村長に出会い、村の生活になれ、麻薬に癒されたペーシャンはもはや利き腕のことなど、どうでもよくなっていた。
そんなある日、ペーシャンは左腕と両足を己の右手で切り落とした。
ただし理由は、負の感情からではなく奉仕の感情からだった。
麻薬をはじめ薬というのは服用する生物の体の大きさが、体重が大きければ大きいほど多く必要となる。なら逆に、体を小さければ小さいほど、少ない麻薬で幸せになれる。だったら小さくしよう。
短絡的決断による独自の切断は一晩で終わった。
そして切断面の出血が収まったころ、これでは何もできない、あの醜いフリークスと同じに堕ちたことに気が付いた。
もう役に立てない。村にいられない。麻薬がもらえない。
絶望したその時、運命の出会いを果たした。
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ぶん殴ることしか知らないリップクに、頭と右手だけしか残ってないペーシャン、足りない二人が出会ったのは、村長の紹介があったからだった。
最初こそ、他人行儀だった二人だが、ペーシャンがリップクの腹部が切り裂かれたまま油紙が癒着してポケットのようになっていることに気が付くと、一気に関係は進んだ。
それからというもの、リップクの腹の中にいて、耳を澄ませ、喉を通してアドバイスを上げるのがペーシャンの役割となった。
……そして、必要ならば手を出すのが、二人の関係だった。
▼
オセロが思い出すのは、いつの日にか戦った四本腕だった。
……そんなのもいたなぁ、程度でそれ以上は思い出せない。
とにかく生きた右腕が腹から飛び出して腹を刺してくる。それが全てだった。
「ふんが!」
思考を妨げるかのように腹から腕を生やした大男が右手の棒を振り下ろす。
その手首をオセロの左手が抑えるのとほぼ同時に、大男の左手も伸びてくるのにオセロも右手を伸ばした。絡み合う指と指、がっつり絡み合い、掴み合う。
お互い両手が両手を捉えた力比べの構図、素手の戦いでたまになる。そしてこれで負けたことは、オセロはなかった。
が、それはどれも腹を刺されてない状況でだ。ましてや現在進行形で何度も何度も刺され続けながらは、未経験だった。
「わかったペーシャン!」
オセロに聞こえないペーシャンとかいう男の声に応えるリップクとかいう大男、そして絡み合う指に力が入り、腹を刺す腕の動きが早まる。
ダメージはまだ軽微、だがジリ貧だ。
どうしたものか、考えるオセロの動体視力が新たに動く何かを捕らえた。
……オセロ目には何とか『動物図鑑』と読むことができた。ここで読みかけの本だと思い出す。
その分厚い本を両手で持って、オセロとリップクとの腹の間に差し入れたのは、ルルーだった。
そして表紙側の文字『動物』と『図鑑』の間辺りに錐が刺さった。
「このガキがぁあああ!」
今度はオセロにも聞こえた。腹からの、腕の付け根辺りからの叫び声、伸ばしてた右腕を振って刺さった錐を引き抜こうと暴れる。が、錐は深く本に刺さっていて抜けず、ただルルーの手から本を奪い、その重さに耐えきれない右腕もまた錐を取りこぼした。
それを見下ろすオセロとリップク、一瞬の間、気を抜いたのはリップクで、それを逃がさなかったのがオセロだった。
無心に力む。
「うがあああああああああああああああああああああああああああああ!」
リップクの絶叫が、オセロの右腕が指を握りつぶす音をかき消した。そして落ちる棒の音も誰にも聞こえなかった。
「おいどうしたリップク!」
辛うじて聞こえたペーシャンの声に返事する余裕もリップクにはないらしく、涙目で潰れた左手に右手を添える。
そして自由になったオセロの右腕が、ペーシャンの右腕を掴んだ。
……後はもう、力任せに引き抜くだけだった。
一息でずっぽりと腹から抜け出たのは、腕と同じく青白い肌の男、卵型の頭に毛はなくて、服の代わりに何やら黄色い紙を張り付けていた。その体は小さくて痩せていて、足も左手も見当たらない。
普段のオセロならばもう少し観察してたいところだが、腹を刺され続けたのが地味に痛くて、すぐさま反対側の壁までぶん投げた。
残るリップクも、へたり込んで、潰れた指を抱えて泣いていた。これ以上戦う気力もなさそうだ。
……それで、部屋に立っていられるのは二人だけとなった。
「……よぉ」
「はい」
……なんだか久しぶりな感じがした。
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