立ち塞がるは一人ではなく二人

 瞬殺、などという表現は使いたくなかったが、コロンの目の前で行われた戦いは、その決着は、瞬殺としか言い表せなかった。


 ドムラは決して弱くはない。その突撃、威力、速度、どれも一級だ。


 そのドムラの、しかも背後からの奇襲を、受け流し、投げ飛ばした上すぐさま追撃、叩き潰した。


 瞬く間の決着は、それだけ実力差があるという表れだった。


 そんな男から、コロンは視線を外せなかった。視界の中心に添えて、動向を伺いながらも背景として、ドムラの安否を図る。。


 ……痙攣している指が見える。生きてはいる。まだ命までは尽きてはないようだ。が、それも長続きしない、危険な状態だろうともわかる。


 そんなドムラには、もう興味がないらしく、このオセロという男は、こちらに向き直った。


 ……黒い肌、長い髪、額当てに鉄の棒、その姿は、あのレイディが話していたオセロその人だった。名乗りも含めて、間違いなく本人その人なんだろう。


 そいつが、敵対している。


 レイディに話を聞いた時、こうなるだろうことは予想がついていた。ただそれをレイディにどう伝えるのか、ごまかすべきか、考えつく前に、本人が来てしまった。


 レイディには二度、今までのこととこれからのことを謝らなければなるまい。


 一つ目は彼女の話を誇張と思っていたこと、語る武勇伝が尾ひれの付いたものと判断していたことだ。だが実物は本物だった。


 そうしてもう一つは、そんな彼を、オセロを叩き潰すことだ。


 想いながらコロンは息を呑む。


 冷静に、状況と実力とを考えて計算した結果は、勝利だった。ただし条件としては手加減無しの全力、捨て身、片手片足あるいは片目を失う覚悟で臨めば、勝てはする。ただし、この男は、生け捕りは無理だろう。


 それでもやらねばならない。王子として、人の上に立つものとして、コリンはヌンチャクを構えた。


 が、その間に立ちふさがる影一つ、二人がいた。


「退くのだグディーシチェ、グドーチェク、こいつは私でなければ、相手にもならない」


「「だめです」」


 双子のミノタウロスは声を揃えて逆らう。


「王子、約束したはずです。敵が入城したら何を置いても速やかに脱出する、と」


「だがそれは、こいつを無力化すればその必要もないはずだグドーチェク」


「できますか? この男は、強いんでしょ?」


「……グディーシチュ、お前は、普段は軽口ばかりなのに、こういう時はいつもずばりと核心を言う」


「恐れ入ります」


「だがだめだ。この男は強いからこそ、孤立している今、ここで倒さねばならない」


「なら他も呼んで囲んじゃいましょう」


「それもだめだ。それでは損害が大きすぎる。それに、私が抜ければ非戦闘員を守る手が足りなくなる」


「王子、われらは全員、とっくの昔に死ぬ覚悟など」


「貴様らの覚悟など知らん。私は私のやりたいように王子をするだけだ」


「……なら、あの少女は見殺しですね」


「グドーチェク」


「おいそれは」


「黙れグディーシチェ、俺は例えあの娘を、無関係な子供を人質にしてでも、絶対に王子を説得するぞ。王子、彼女は我らには無関係です。それに脱出できる人数は限られている。なら守るのに最も適任なのは最も優れた戦士一人だけ、すなわち貴方です、王子。あなたしか守れないのです」


 まっすぐな眼差しは、そうだった、こいつは例えこの場で泥にまみれようとも忠義を尽くす、グドーチェクはそういう男であったな。


「……お前はずるいな、グドーチェク」


「申し訳ありません。ですが」


「言うな。お前の気持ち、確かに受け取った」


 言ってコロンは、折れた。


「ここは、お前たちに説得されよう。だがしかし、条件だ。いや命令だ。必ず生き残れよ」


「余裕です」


「こちらは二人かかりですから」


「……そうだな。だが気を抜くな。あの男は、間違いなく強い。無理に倒そうとせずに適度に時間を稼いだら引け。ドムラの回収は、できればでいい」


 グディーシチェ、グドーチェク、頷く二人、想いはすべて伝わったと見える。なら、長居は不要だ。


 双子をその場に残し、コロンは踵を返す。


 目指すはレイディ、つまりルルーの元へだ。


 ……オセロは何故だか、鉄棒を弄ぶばかりで話の間何もしてこなかった。


 ▼


 言うまでもなく、右のグディーシチェと左のグドーチェクは産まれた時から常に一緒だった。本来は別々に産まれるはずだったが、何かの拍子で子宮内でくっつき、そのまま一体となってしまった、と偉いお医者様は言っていた。


 二人の体は未知に満ちていた。


 頭部は独立しており思考は別々、また味覚、聴覚、視覚も個別に感じていた。だが空腹や感触、痛み、魔力、心肺機能、便意に尿意は共通していた。一方、体を動かす神経は独立していて、右手右足がグドーチェク、左手左足がグディーシチュの担当となっていた。なので二人が歩くときは交互に足を動かす必要があり、長年共に暮らした現在でも、素早く走ることは苦手だった。


 そして例に漏れず、その姿から奇異に見られることは多かったのだが、常に二人そろっていたからか、または温和な性格だったからか、さほど辛くもなく、比較的平凡に成長し、平和な生活を送っていた。そんな二人が軍に入ったのは、周囲の同町圧力が多分にあった。


 とは言え、走れないから歩兵としては役には立たず、両腕が独立してるから弓も使えない。それ以前に瞬間的な判断が必要な戦闘では左右の動きがバラバラになって立つことすら難しくなる。魔法に関しては二人とも単純に才能がない。つまり兵士として使い物にならなかった。


 それでも人手不足に加えて、ミノタウロス特有のでかい体と腕力、それに奇異な姿から道化集管轄の補給部隊に入隊となった。


 二人が王子に出会ったのはその研修期間の間、二人が受けた公衆衛生に関する資格所得のための筆記テストの会場で、王子が監督官として現れたのが最初だった。そこで王子は二人の試験の受け方に異議を唱えたのだった。


 二人は当然、一緒に試験を受ける予定だった。だがそれはつまり二人で一つの試験を行うようなものだと、それでは公平ではないからと、やり方を変えろというものだった。


 周囲は、他の監督官も含めて、何をバカなことを、と笑った。どうせ一緒に行動するしかないのだ。だったら一纏めでも問題ないだろう。どうせまとめて一人なのだ。


 ……それを笑わなかったのは王子と二人だけだった。


 それまで一纏めにされ続け、二人で一人が当たり前だと信じて疑わなかった二人が、実験以外で、個別の人格を指摘されたのは初めての経験だった。それどころか、本人たちはどちらがグディーシチュでどちらかグドーチェクなのか、自分の名前を自信をもって名乗れないほどだった。


 そうして二人は王子に従い、試験の間お互いの答案が見えないように首と首との間に仕切りの板を挟み、右手と左手でそれぞれ試験を受けた。結果は揃って不合格となるも、それから猛勉強して遅れを取り戻し、最終的には二人そろって正式に王宮道化集へと入ることができたのだった。


 それと同時期に、二人はそれぞれの時間を持つようになった。


 流石に仕切りを置くようなことはないが、それでも個別に別々の本を読むようになった。プライベートというものが産まれたのだった。


 ……二人が王子に抱くのは忠義ではない。あるのは、それぞれを個人として、自由を気づかせてもらえた感謝だった。


 ▼


 双子特有のテレパシーなどと言うものがあるが、少なくとも今の二人は言葉で意思疎通するまでもなく、ここで戦うつもりだった。


「「名乗らせてもらおう」」


 重なる言葉はお互いがお互いを奮起するための、一種の儀式だ。


「グディーシチュ!」


「グドーチェク!」


 それぞれ名乗りに、相手の男は、笑った。


「俺は、オセロだ」


 男は名乗り、そして右手の鉄の棒を、まるで軽い、ただの木の棒のようにくるくると回す。


「お前らみたいなのは初めてだが、これはこれで面白そうだ」


 ピタリ、と鉄棒を止めてまっすぐ先端を二人の間の胸元へと向ける。


「とはいえ悪いが楽しめない。仕事があるんで、手早く終わらせるぞ」


「上等だ」


「やれるものならやってみろ」


 グディーシチュとグドーチェク、息を吸い込み言葉を合わせる。


「「こいや!」」


 二人と一人の戦いが始まった。

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