終戦がもたらす静寂
砕けだ光の刃がまた戻通りに戻るまでの間、それがオセロの切り札が作った隙の全てだった。
そしてすぐさま、変わらない攻撃がオセロを襲う。
緑の光に照らされてもなお敵の動きに変化はなく、後方に控える連中にも動揺すら感じられない。ただ明るくなって見やすくなっただけだ。
……最後の切れる札も不発に落ちた。
追い詰められ、手が尽きて、そこで、初めて、オセロは獣のように笑った。
もはや、後先などどうでもよくなっていた。
▼
…………狂ってやがる。
ミジアクラが無表情を崩し、苦笑したのは、恐怖の裏返しだった。
それだけ、槍を受け止めたオセロは、常軌を逸していた。
その瞬間を思い出すのに瞬きすら必要ない。
回避も防御もできなかった連撃、その中の横薙ぎの一撃、対してオセロという男は右腕を放して左手一本で鉄棒を持った。
そして右腕を引いて腋を絞め、防御の構えをとって見せた。
……ここまでは、たまに見かける捨て身の防御、あえて身で受け、止まったところをカウンターする、追い詰められた弱者の戦術だった。
見飽きた、なんの面白味もない戦術のはずだった。
そんなことをしたところで、肉にただ結晶の刃が当たって刺さり、折れて離れてカウンターから逃げるだけ、想定済みの悪手、のはずだった。
だから遠慮なしにオセロの右腕へ、横薙ぎをぶちこんだのだ。
対して、オセロは右の肘を張った。
間抜けな鶏の真似事、その先端は、槍の先端よりやや上、枝刃となって上を向いている結晶へ、だった。
そして当然、最初の接触は肘から当たって、それだけで軸をずらされてた。
その動作一つで、本来なら垂直に刺さったであろう枝刃が斜めにずらされた角度でわき腹に激突した。
ボロいレザーアーマーに肌に筋肉に肋骨、そのまま刺さればそれらまとめて貫通して肺に届いたはずの一撃を、たった一動作で角度を微調整し、ボロいレザーアーマーに肌に筋肉に肋骨だけで済ませやがった。
致命傷にならない一撃を喰らうやいなや、痛みに唸るより先にその右腕を槍に巻きつけてみせた。
手首、腕、二の腕、脇の下、どこも柔らかく鎧もロクに守ってない肌に直に、当然枝刃は食い込み、血を流す。
そうやって、オセロはミジアクラの槍を捕らえたのだった。
……いかれてやがる。
ミジアクラは脳内で繰り返す。例え思いついても、何の覚悟もなしにいきなりそこまでやれるものなのか?
ミジアクラ自身も、やれる自信がない。それでも、と槍を掴む手に力を入れる。
だががっちりと掴まれた槍はびくともしない。それでも刃先が骨に達していると感触でわかる。
……ただ痛みを軽んじて掴んで後悔するやつならいた。恐怖を忘れたジャンキーならそれも試みるだろう。しかしこのオセロはその前に冷静に、致命傷を避けるべく肘で微調整までして見せた。
それはいかれたジャンキーではできない芸当、それに出血のようにあふれ出る脂汗が痛みを感じているのだと示していた。なのにがっちりと捕らえて離さない。
理性と技術を併せ持ち、なおかつ片腕を捨てる覚悟で力強く対峙するオセロ、何がそうさせるのか、ミジアクラが思考を巡らすより先に、その顔面が鉄棒により打ち抜いかれた。
左手一本、なのに頭を吹っ飛ばされかねない一撃、なのにお互いの身が離れなかったのはお互いが槍をつかみ合っていたからだ。
そして、頭が吹っ飛ばされなかったのは、代わりに砕け散った魔法の仮面のお陰だったとミジアクラは悟った。
悟った頭をまた魔法、プロテクション・クリスタルが庇い、守もすぐさま次の一撃で突かれて砕ける。
それが繰り返される。
絶え間ない連撃、まるで貧乏ゆすりの間隔で打ち出され、その度に魔法の仮面が砕かれ続ける。
破壊と再生、絶え間ない連突き、魔力が急速に失われる。その消耗は全力疾走に等しい。
そこまでして防いでいるにも関わらず、その全てを魔法が防ぎきれるわけもなく、溢れた衝撃がミジアクラにも伝わり頭を揺らされる。
始めこそ筋肉増加で耐え凌ぐもそれも溢れて揺らされて、ついには痛みも加わりその対応に自動回復まで使わされている。
それらは無限ではない。自身の魔力はもちろん、後方支援の魔力が途切れれたとしても、今まで強化されてた体が元に戻り、それを今と同じように動かすのためにまた魔力が割かれる。
魔力の枯渇は顔面の陥没を意味していた。
本能から、腕で顔を庇うべきかとも迷うが、それでダメージが分散すれば自動再生も分散し、余計に魔力がロスする。
オセロの連突きはまるで駿馬の速足のように、絶え間なく続いて確実にミジアクラの死へと駆けてゆく。
打開せねばと連突きの向こうに視線を向ければ、オセロの腕、突きの度により刃が棘が肉に食い込み、骨から剥がれんとしている。
相当なダメージ、なのに突きの威力は緩まない。
槍を手放すべきか?
いや、無手で対峙するのは無理だ。
ならば手は一つだ。
空いている右手で後方へとサインを送る。
緊急支援、わかりやすく言えば『助けて』だ。
自分から進んで一騎打ちを望みながらの泣きのギブアップ、みっともないという感情は薄いが、それでも士気が下がる。部下が言うことを聞かなくなるなるのは考え物だが、それよりも今は勝利だ。
三度のサイン、それでやっと視界の端に影が見える。
男の名はフチス、ナイフ二本を同時に使う暗殺者だ。今回のチームの中ではミジアクラに次ぐ実力だが、向上心が強く、反抗的で下克上を隠しもしない。隙あらば取って代わろうと画策してる男だった。
恥の概念が薄いミジアクラでも、舐められて離反されることは良しとしない。今回こそは助けを求めるが、それで増長するようならば叩き潰さねば、とミジアクラが考えるフチスが踏みつぶされた。
……踏みつぶしたのは、まるで墓石のような、真っ黒い鳥のような何かだった。
月明りにオセロの灯り、合わせてなお黒く、そのシルエットはうかがい知れない。
それが何か、ミジアクラが想像するより先に、どっと倦怠感が襲う。
同時に視界がくらみ、槍が重くなり、痛みが引かなくなる。
つまりこれは、各種強化の魔法が切れたことを意味していた。
同時に連鎖し、魔力が切れて魔法も切れる。
絶望の中で、槍や手足からも半透明の結晶が霧散し消えてゆく。
時間切れ、いや後方が襲われたか?
確認よりも思考よりも、オセロの次の突きがはるかに先だった。
ミジアクラはもう、なりふり構わず槍を捨て、両腕を交差し、突撃より顔を守った。
……オセロの鉄棒は軽々と、ミジアクラの両腕と顔面の骨をまとめて打ち砕いた。
▼
「こんなところでどうでしょうか?」
「あ、あぁ」
オセロは応えて治療し終えたばかりの右腕を動かす。
刺さるような痛み、消えない傷跡、それ以外は問題なく腕は動いた。
「十分だ。ありがとう」
オセロは礼を返しつつも、表情は暗い。その目は、ここでは珍しい魔法を目にし、経験したた喜びも、強者との戦いを楽しみ、勝利した喜びも、何もなかった。
「オセロさん」
背後から声をかけられ、振り返れると同時にちょうど月に雲がかかって影となったが、そのシルエットは間違いなく輝いている。すなわちオセロの知る人物のもので違いなかった。
「村長」
オセロが呼びかけると、その影が一歩、肯定するかのように近づいたのがわかった。
「そんな、気を落とさないでください。あなたは大変役に立って下さいました」
気を遣うような、いたわるような、女の声だった。それがオセロに嫌なことを思い出させる。
「どこがだよ」
それを振り切るようにオセロがぶっきらぼうに返すと、影の中でも村長が微笑んだのがわかった。
「あなたが倒して下さった方は、拝見する限り全身を魔法で守っていました。それに腕も立つようで、もしもあなたが一対一で対応して、倒してもらえなければ必要以上の被害が出ていたことでしょう。そうならずに済んだことは、誇れる功績ですよ」
「だけど、契約は守れなかった。だからご褒美もなし、だろ?」
オセロらしくない茶化すような言葉に、村長は何も返さなかった。
それは肯定しているのだろうとオセロは肌で感じた。
「……そんな顔しないで下さい。確かに今回は、失敗です。他のものの手前、おまけするわけにもいきません。ですが、明日にはまたお願いしたい仕事が控えています。ですから、オセロさんは、もう村に戻ってお休みください。後片付けは我々でやっておきますから」
そう言って、村長が片手を上げると、オセロの治療をしてた者たちも含めた襲撃者たち全員が速やかに従い、雑談もなく、横に列に整列した。
「それでは皆さんも、もう遅いですから説明は朝にして、先ずは今夜の宿にご案内しますね」
先行する村長に付き従う元襲撃者たち、そこには争いも蟠りもなく、村の延長線上にある平和があった。
こうやってこの村は人を増やしてきたのか、とオセロは思いつつ、銀の麦の畑を見渡す。
月光の下、ここは静かだった。
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